第206話 霊気顕現

   ▽第二百七話 霊気顕現

 ガスタンクサイズの巨大な光精霊――精霊王のアが言います。


「霊気顕現。精霊。の。本質。次元。変わる」

「霊気顕現……たしか」


 ゲーム時間で数日前。

 ピティ戦後に出現した魔王が、自分に通用する力のひとつとして挙げていたものです。すなわち、私が強化されるという当たり前の結論に至りますね。


「解りました」


 どうやら精霊王には【顕現】せずとも、私の言葉が伝わっているようです。

 精霊王が上下に浮き沈みします。


「精霊。自然。管理。する。システム。権限。行使。申請。訓練。思考。実施。迅速」

「申請……には覚えがありますね」


 じつのところ、私にはシステムに介入した実績がございます。

 かつてアトリに統合進化スキル【月光鎌術】を取得させた時のこと。システムが【鎌術】と【光魔法】を統合しようとしたところを、私はごねて【農業】と【光魔法】を統合させました。


 あれ、少なくとも掲示板上では続報がありません。


 つまり、私くらいしかシステムにごねて成功させた人物がいなさそう――私と同じように秘匿しているのかもしれませんが――なのですよね。


 このゲームのシステムはプレイヤーの想像を超えて柔軟なのです。


 まあ、普通の人はシステムに本気でごねません。セルフレジに向かって値下げ交渉しているようなモノですからね。

 それを実行する人物は、よほど頭が弱い人か、酔っ払いか、非常識な人、ヤバい人くらいでしょう。

 ……私やっちゃいましたね。


 あるいはごねている人はいるのかもしれません。

 ですが、何らかの条件を満たしていないので通されなかった可能性もございます。たとえば【鎌術】と【農業】のように互換関係のあるスキルではなかったとか。


 もうひとつ考えられるのは、私の称号である【偽る神の声】によるモノです。

 この称号はゲーム内の名称にも影響を及ぼします。もしかすれば【鎌術】と【農業】の名称の関係をシステムに誤認させたのかもですね。


 つまり。

 何が言いたいのかと申し上げれば――私は経験済みなわけです。


「やってみましょう」


 私は目を閉じ、心の中で何度も「霊気顕現」と呟きます。

 思考を重ねていく私をアトリが見守っているのが、その息遣いで理解できます。ちょっと見られているのは恥ずかしいですね。


 精霊王が言います。


「属性。本質。自分。定義。世界。使う。飲み込む。意志」

「大きい精霊うるさい。神様は今、お力を発揮しているのだ……」

「……辛い」


 精霊王が幼女の心ない言葉に傷を負う中、私は思考のギアを一段あげます。この《スゴ》はイメージが世界に影響を及ぼします。

 魔法アーツの使用などはその筆頭。

 数を増やしたり、発動のタイミングをずらしたりなどが思考操作でできるのです。


「――っ」


 ふと私の思考が闇に飲まれました。

 慌てて目を見開いても、広がっているのは闇一色。まるでいきなり宇宙空間に投げ出されたかのような錯覚。上下感覚も左右の感覚も消え失せて、頭がおかしくなりそうな闇が肉体を包み込んでいます。


「ログアウト……はできませんね」


 闇を自力で解除できません。

 これって出られるのでしょうかね。ちょっとだけ不安に思っていますと、肩を強く引っ張られるような感覚に陥ります。


 意識が戻ります。


 瞼を開けばシヲが私を触手で掴み上げていました。激しく上下にシェイクされていますね。かなり気持ち悪い……


 アトリがシヲの触手を大鎌で斬り裂きました。


「何をしてるの……!」


 アトリ、ガチ切れ。


 アトリはノータイムで【ヴァナルガンド】を使用。シヲに全力の【邪神の一振りレーヴァテイン】を叩き込んで消してしまいました。

 消滅する精霊の森の一角。

 肩で息をしたアトリが、私を申し訳なさそうに見上げます。


「神様……ボクの所為です。シヲ、いますぐ契約を解除。する。です……」

「いえいえ。シヲはファインプレーでしたよ」

「?」

「アトリがシヲを呼んでくれていたお陰で、私が助かったのです」

「! ボクのお陰……うへへ」


 ぽん、と私はアトリの頭上に乗ります。

 アトリはそれだけで機嫌を直しました。


 シヲがぶんぶんと振り回してくれたお陰で、どうにか意識を取り戻せました。アレがなければ私は動けなかったままでしょう。


 アトリは私の成功を疑っていなかった。

 シヲは失敗を確信して、私に干渉してくれたのでしょう。助かりました。


 問答無用で【邪神の一振りレーヴァテイン】を受けたシヲには申し訳ないですね。あとで課金して良い木材をプレゼントしましょう。

 シヲは不憫です。

 普通でしたら離反を警戒せねばならない扱いを受けています。


 ですが、シヲはミミック以外の万物を見下していました。

 アトリが酷い扱いをしても「人類種ってしょせんはこの程度の醜い生物」と見逃してくれます。

 たとえば、「知り合いの人が急に絶叫を上げながら粗相」をするのと「野生生物が絶叫を上げながら粗相」をしたのと似たような関係です。野生動物が漏らしても「しょうがねえよな」と思えることでしょう。


 こほん、と失態を誤魔化すための咳払いをひとつ。

 アトリに問います。


「私はどれくらい動いていませんでしたか?」

「? 二日です」

「……霊気顕現、ちょっと後回しにしましょうかね」


 戦慄です。

 もしかして霊気顕現とか関係なく、普通にバグっていただけかもしれません。フルダイブ型VRMMOでのバグは洒落になりません。


 私は精霊王に向き直ります。


「ちょっと私は霊気顕現に向いていないようですね」

「? 一度。境地。至る。才覚。精霊王。至る。可能。力。得る」

「えっと……とりあえず自主練習しておきますね」

「自己。定義。決定。申請。確定。世界。安定。自然。支配。管理。霊気顕現」

「こわ」

「自己。定義。決定。申請。確定。世界。安定。自然。支配。管理。霊気顕現」

「私。貴方。恐怖。練習。中断。後日。再開。善処」

「?」


 精霊王さん、お話が通用しません。

 こういうNPCって居ますよね。意見が通るまで同じことを繰り返すタイプ。

 とりあえず、私たちは精霊王さんを無視することに決定しました。まだ霊気顕現は私には早かったようですからね。


 バグだったら怖いです。

 ゲームに閉じ込められてしまう気がしました。

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