第201話 お話

   ▽第二百一話 お話

 魔王は残されました。

 偉そうに腕を組む幼女は、しかし何も口を聞きません。


 アトリはゆっくりと息を吐き、静かに大鎌を構えます。臨戦態勢。遙か格上たる魔王にさえも、アトリは研ぎ澄まされた殺意をぶつけます。

 魔王は顔色ひとつ変えません。


「ふふん、なのじゃ。構えずとも良いぞ、アトリ。今の其方は多少なりとも消耗しておる。そのような手合いと遊ぶほどに、此方は理性なき獣ではな――」

「――っ!」


 容赦なく斬りかかりました。

 魔王は大鎌を手で握るように受け止めていました。刃によってグーギャスディスメドターヴァの掌から血が滴っています。


 魔王が嗤います。


「きちんと資格は得たようじゃな?」

「資格?」とアトリは大鎌に力を込めながら首を傾げます。魔王が返しました。


「魔王には資格者以外の攻撃は通用せぬのじゃ。悲しき仕様じゃな。神器使い、攻撃系固有スキル、魂技、霊気顕現……此方に通ずる方法は少ないのじゃな」

「ボクはおまえを殺せる?」

「可能じゃろうな。が……ただの最上の領域、、、、、、、、ていどが此方に勝てるとは思わぬことじゃ」


 魔王が手を握り締めれば【死に至る闇】が破壊されてしまいました。

 神器クラスの力を持つはずの【死に至る闇】が、こうもあっさりと。砕けた刃の破片を唖然と見つめながら、アトリは後ろに下がろうとして――両足を切断されていました。


 何属性とも解らぬ、魔の刃によって。


「悪くはない。が、其方はこの世界を知らなすぎるのじゃ。神の想定をひとつでも多く越えるのじゃ。神はあれでいて寛容で大ざっぱ……にしてくれておる」

「……!」

「…………うむ。勇者の成長具合も確認できた。其方はそろそろ帰ろうかな。どうしようかな」


 ちらり、と魔王がこちらを見ます。

 先程から魔王は不思議なほどに私の存在から目をそらしています。意識的に逸らしすぎて意識してしまうレベルでした。


 もしかして私、魔王に嫌われています?


 表情を見ればあるていどの感情は読めますけれど、魔王の場合、彼女の持つ威圧が凄すぎて正確な判断がくだせません。似ている感情としては、ファンの人が私に向ける感情でしょうか。ですが、心当たりがあまりにもなく。


 威圧のあまり感情を好意的に理解されてしまうのは哀れですね。


 そのような時。

 ふと空から精霊が降りてきました。その精霊は即座に【顕現】しました。二十代中頃の眼鏡をかけた、怜悧な印象のある女性でした。


 美女、ではありません。

 ただし、その一歩手前ではあります。世間的には十分な美人でしょうけれど。失礼ながらランク付けさせてもらうならば、中の最上といった感じですね。


 それはミリムでした。

 かなり現実に寄せたキャラメイクをやり直した様子です。


「魔王様」

 ミリムが銀縁の眼鏡の位置を整えながら言います。

「お話をせずともよろしいのですか?」

「う、うむ……たくさんお話したのじゃ」

「アトリとではなく」

「……う、うむ。だがな、ミリム。アトリとて此方の親友二人の子孫なのじゃ。多少は会話しておこうかなという気は本当にあったのじゃからな!?」


 ミリムと魔王は楽しそうですね。

 良い感じの関係を築けているようで何よりです。基本、ミリムは私の敵です。ですが……実際に彼女の容姿を確認して、ひとつだけ助言をすることにしました。


 なんと表現すべきなのでしょうかね。

 ミリムの容姿は――ちょうど良いのです。美人ではないけれども美人に近く、知的で出来る女感はありつつも適宜隙も窺えて。


 ハッキリ言えば女性のデメリットすべてに全力で振ったような容姿です。

 おそらく人生ではセクハラを受け続けたことでしょう。電車に乗れば男の手が無数によってきて、外を歩けばナンパの嵐で身動きできず、軽薄な男が周囲を覆ってまともな男性は寄ってこず……真面目な男もミリム相手には狂う。


 ちょっと可愛そうでした。

 ですのでアドバイスです。足を再生させたアトリに、私は伝言を頼みました。


「アトリ、ミリムに言ってください。アイライナーを紫系にすれば変な男性をだいぶ減らせます。あとは眉をもう少し太めに描くとなおよしですね。痴漢を減らすなら後ろ髪に赤を入れると良いでしょう」

「神は言っている。ミリム。アイライナーを紫系にすれば変な男性をだいぶ減らせます。あとは眉をもう少し太めに描くとなおよしですね。痴漢を減らすなら後ろ髪に赤を入れると良いでしょう」


 ミリムは「ちょうど良いルックス」が駄目なのです。彼女の容姿に合うメイクをして、印象を変えるだけで被害はぐっと減るでしょう。

 アトリのアドバイスを受け、ミリムは舌打ちをもらします。


「ちっ、女のメイクに口出しすんな! 大体、もう俺は社会生活なんざしねえんだよ! 全部を魔王様に捧げんだからな! まあでも、その……ちょっとは参考にしてやんよ。ありがとう」


 ツンデレみたいな言い方ですね。

 正直、ミリム相手には私でもうっかりセクハラ発言をしかねません。もはや才能の領域でしょう。早くメイクを変更してほしいですね。


 私のメンツのために……


 私はアトリが大鎌を再生したのを確認してから提案します。


「そろそろ出ましょう、アトリ」


 現状では魔王に戦意はなく、そして勝ちの目は乏しい。

 これ以上、ここに長居するメリットはありませんでしょう。それよりも私は第四フィールドに興味がありますね。


 掲示板に情報も載せねばなりませんし。

 アトリが問うて来ます。


「どう出る。ですか?」

「魔女に訊けば解ると思いますよ」


 こくり、と頷いてアトリは魔女に言います。


「ここから出たい」

「ああ、解った。ここはあちしの空間だからな。……アトリ、あちしは姿をくらませる。あちしは死んだ。ケジメとしてもう誰にも会うつもりはねえ」

「解った」

「達者でな」

「……うん。おまえも生きていると良い」

「あばよ」

「うん。あばよ」


 アトリが小さく手を振ります。

 魔女が返すように手を振れば世界が輝き始めます。

 魔王が何やら叫んでいますけれども、止まることはなく……こうしてアトリと魔女の縁は永遠に切れたのです。


 それでも、これはアトリにとっての精一杯のハッピーエンド。

 覚悟を決めねば手に入れられなかった、願い求めた終わり方。青春は良いことだけではなく、ほろ苦い。


 そういうものでしょう?

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