第200話 母娘の会話

   ▽第二百話 母娘の会話

「なに。ちょっとした野暮用じゃよ、勇者」


 そう微笑んだ魔王の背後から、にょきりと生えるように少女が現れました。その姿形は魔女とそっくりです。

 ですが、何処かが致命的に異なっていました。


 強いて指摘するのでしたら、目がじとりと濁っていることくらいでしょうか。


 息を呑むアトリを尻目に、現れた厚着の少女――《神薬劇毒》のピティがフラスコを取り出しました。


「……ちっ、自分を生け贄にするなんてふざけてやがるぜ。死ぬならもっとマシな手を使えよな」


 舌打ちを零したピティは、何もない空間に液体を振りかけました。それから腐敗した猫とネズミの死体を取り出し、箒でぐちゃぐちゃに擦り合わせていきます。

 リストカットをして血を注ぎ、次には魔王からも血をもらいました。


「これで良いだろう。あとは……」


 ピティがぐちゃぐちゃの死体に手を突っ込みました。まるでキーボードをタッチするように、その死体の上で指を踊らせます。

 四天王が悪辣な笑みを浮かべました。


「莉句?縺輔○縺ヲ繧ゅi縺?●縲∬ェー縺ォ縺ァ繧ょ━縺励>縺?縺代?繧ッ繧ス逾」


 ピティの周囲にノイズが走り、彼女の周辺がコマ送りになっていきます。処理オチしているようでした。

 私もアトリも、魔王でさえもその様子を眺めていることしかできません。


 それから。


       ▽

 ピティが何かを終えた後、突如として世界に大音声が鳴り響きました。それはイベントの時などに耳する声でした。


【ごっめえーん、ね! ワールド・アナウンスに入れてたシステム・メッセージをピティちゃんに壊されちゃった! 残念だよお。でもでもお、その代わりにザ・ワールドちゃん本人がメッセージしちゃう! 嬉しいね、みんな! みんなとお話しできて嬉しいよお】

【でね! でね! なんとなんと第三フィールド・ボスが書き換えられちゃったんだ! すっごおーい! その代わりに高難易度ダンジョンを用意しちゃう! それをクリアしたら第四フィールドに入っちゃって良いからね! きょかー!】

【じゃあねー! 今後とも救世を頑張っちゃおう! えいえいおー! 以上、みんなの女神さまザ・ワールドでした! あ、ザ・フールちゃんも何か喋る? 喋らない? え、べつに無理はしてな――あ、だ、だめ! そこはぁ! ぁん!】


 何ですか、これ。

 ともかく、ハイテンションなイベントが介入したことにより、フィールド・ボスの仕様が変更されてしまったようですね。


 これってMMOとして良いのですかね。

 ちょっと上限を超えてしまっているような……コンテンツに関わるイベントを私以外が楽しめない、知ることができないのは不親切すぎるような気がします。


 まあ、このイベントだけ録画して、あとで掲示板に流しましょうか。


 非難されても気にしませんけれど、かといって過剰に絡まれたら面倒ですからね。


 なんと魔女は蘇生されてしまいました。

 愕然、と周囲を眺め回す魔女。彼女はアトリを見て、魔王を見て、ピティを見てそこで視線を止めてしまいました。


「なんであんたがここに……」

「てめえは良くやったかもしれねえが、無能は要らねえんだよ。とっとと消え失せろ、カス」


 突如として暴言を吐き散らすピティに、魔王が肩を竦めて口を挟みます。


「なんじゃ、その歳で素直になれんのか? 普通に現し身として永久に人類種のサンドバッグにするのが申し訳ないから助けに来たし、ついでに自由にしてやると言えば良いじゃろう? ミリムが言っておったツンデレというやつじゃろ。萌えー、というやつじゃ」

「ちげえよ、黙ってろガキ」

「なんじゃ其方! 此方は上司じゃぞ!」

「黙れ、クソガキ。色気づいてんじゃねえよ」

「い、色気付いてなどおらんもん!」

「化粧品を忙しいおらに強請って作らせたのは、どこのチビだぜ、おい」


 和気藹々とした職場のようです。

 魔王を無視してピティが魔女に向き直ります。


「ま、これからは好きに生きな。迷惑かけちまったな」

「……あんたはそれで良いのかい? そりゃあ、あんたらに比べたらあちしなんてゴミみてえなもんだろうけど」

「ちっ。てめえはアトリみてえな化け物を食い止めた。それで良いだろうが。仕事は果たした……おらはさ」


 ピティは肩を落としました。


「後悔してたんだ。神が憎かった。人類種にスキルなんて言う過ぎたモノを与えながら、それを制御する力は寄越さなかった。人類種に力を与えたら、魔女が殺されるなんて当然だ。ヒトはそんなに賢くあれねえ」


 女神ザ・ワールドは期待したのだろうか。

 過ぎた力を与えられても、神の想定さえも越えて協力し合う可能性を。だが、ザ・ワールドが考えるほど、人類種という生態は効率的ではありませんでした。


 そして残忍でした。

 なんだか悲しい設定ですね。同じ天才としては。


「ま、おらたちがもっと強けりゃあ、スキルを贈与するなんて発想も生まれなかっただろうぜ。スキルがなけりゃあとうの昔に人類種は負けてるしな……」

「此方が無敵過ぎたのじゃ!」

「その通りだな、黙ってろクソ魔王」


 ピティに睨まれ、魔王は小さな肩をすくめました。

 咳払いをしたピティが、俯き加減で続けました。


「だから、おらの動機は逆恨みさ。もう付き合わなくて良い、ステリア。反抗心だけで現し身に人格を与えちまった……おらの罪だ」


 深く深く。

 ピティは自分の現し身たる魔女に頭を下げました。


「善良なあんたを苦しめた。おらたちみてえな人類目線での悪に加担させちまった」

「……」


 言われたステリアは何かを言いたげにしていましたが、言葉を選ばずに微笑みました。二人にしか解らない情緒というモノがあるのでしょう。

 私やアトリの知らない、バックエピソードがあるのでしょう。

 無言で魔女はピティを抱き締めました。


「あちしはあんたを母親だと思ってた」

「おらは出来の悪ぃ娘だと思ってたぜ。じゃあな。二度と面を見せんじゃねえぞ。元気でな」


 抱擁を引き剥がしてから、ピティはアトリを一瞥します。冷たい、怒ったような表情からは考えられないほどに優しい声音でした。


「ステリアのダチになってくれてサンキューだ」

「お前の感謝は要らない」

「はっ! だろうな。あと勘違いしてほしくねえが、おらはステリアから世界樹素材を提供されちゃいねえぜ。おらの蘇生はもっと悪辣だ」

「勘違いもしていない」

「そうかい。ま、感謝はするが……おらのところに来れば殺す。魔王軍を滅ぼしたくば、おらに会わずに魔王だけを殺すんだな」


 そう言ってピティは魔女の髪を一撫でしてから、消えました。

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