第199話 決着

   ▽第百九十九話 決着

 すべてのバフを失ったアトリに、魔女の豪腕が迫っていました。


「……視えてた」


 紅瞳を見開いたアトリは、迫った拳に冷静な対処を行いました。魔女の腕に鎌刃を引っかけ、それを利用して敵の背後へ跳躍しました。

 魔女は回避されたのを理解し、即座に反転しようとしましたが――、


『がらあああああああああああああああああああああ!』


 ロゥロがいます。

 固有スキル【死者の船ナグルファル】が解除され、通常のがしゃどくろ状況ではありますが、彼女の物理破壊力は圧倒。


 魔女を叩き潰そうと、巨大な拳が振り落とされていました。


「舐めんな! 骨ぇ風情が」


 魔女は腕を一閃。

 自身の腕が砕ける代わり、ロゥロを木っ端微塵に砕きました。ロゥロの腕骨の破片がきらきらと舞う中、次に動いたのはモード【巨人ヨトゥン】を使用したシヲです。


 シヲは極太の触手で、魔女を雁字搦めに拘束しました。


「――【呪詛水晶】破棄。対象はシヲだ!」

『――』


 魔女が何かをしたことにより、シヲの触手がドロリと溶けてしまいます。かなりのダメージを負ったようですが、咄嗟にシヲは固有スキル【相の毒】の発動に成功。

 魔女が両目と口、鼻から血を流します。

 そこに【致命回避】で生存していたロゥロの薙ぎ払いが炸裂しました。


 全身の骨を砕かれた魔女は、地面をゴロゴロと転がって樹木にぶつかって停止します。


 私はシヲにポーションを使いました。

 回復したシヲが改めて触手で魔女を拘束してしまいます。


「……ま、まだ、だあ。あちしは。あちしは」

「もう無駄」


 シヲとロゥロが稼いだ時間にて、すでにアトリは【黒の聖典ネロ・ビッビア】を再起動していました。

 邪神器と化した大鎌を振り上げ、目を閉じて死神幼女は宣告します。


「ボクとお前とでは格が違う」

「そりゃ、そうだろうぜ……」


 魔女はよく戦いました。

 ですが、それは創意工夫を用いてアトリに抵抗していただけ。少しの綻びが生まれれば、生死の天秤には取り返しはつきません。


 ウィッチクラフトは厄介です。

 ですけれど、この実力差を覆せるほどには最強ではありません。もしも最強でしたら、プレイヤーは全員がウィッチクラフトを覚えていたことでしょう。


 まだ手札は残っているでしょうけれど、冷静なら対処可能なレベルでしょうね。


 少なくとも。

 アトリはそう判断したようです。私のような戦闘センス凡人には理解できませんけれど、アトリは死の気配に敏感です。


「投降すれば許す」

「しねえ。あちしはピティの現し身だからな。仕事は投げ出さねえ」

「……」


 溜息を吐いた魔女。

 彼女は血で真っ赤に汚れた唇で言いました。


「あんたはあちしのダチだ。でもな、ピティもダチなんだ。そして恩人なんだ。ピティに昔、あちしは頼まれたんだ。仕事を任せたって……だから裏切らねえ」


 魔女はピティによって作られました。

 本来、意識のない、幹部に操られるだけのお人形だったはずの肉体。そこに宿った意識は、魔女は固い決意を有していたようですね。


 鋭い意志の瞳が、アトリに突き刺さります。


「かつて世界にスキルがなかった頃。魔女たちは戦った。命を懸けて魔王の足止めをしていた。だが、人類種にスキルが与えられた時、お話しは一変しちまった」


 人類種は愚かでした。

 否。一部の人類種が愚かだった、とこの場合は述べるべきでしょう。


 ただでさえ強かった魔女たち。

 彼女たちがスキルを得たことに人類種たちは……脅威を感じてしまったのです。魔王を倒すよりも人類種は魔女の排除を優先した。


 魔王と人類種。

 すべてを敵に回した魔女たちは、為す術がなかったようでした。


 ――魔女狩り。


 あくまでも補助特化だった魔女たち。

 元々、人類種とは袂を分かっていた魔女や妖怪、鬼人はヒトの底知れぬ悪意によって絶滅寸前にまで追い詰められました。

 唯一、生き残ることができたピティだけが、スキルをもたらした神に復讐を誓ったのです。


「あいつはガチで神殺しを狙ってやがる。本質では魔王とでさえ、あいつは仲間にはなれねえ。だからこそ、あちしくらいは……あちしくらいは味方してやらねえといけねえんだ」

「……解った」

「そうかい。だったらもうクライマックスにしようぜ。あちしはあんたと殺し合いたい」

「うん」


 こくり、と頷いたアトリの頭上に……狼の耳が生えます。純白の頭部に咲くのは、愛らしい獣耳。ですが、その耳の出現により、アトリの次元は限度をぶち破っていきます。

 あのヨヨさえも上回る、純粋なステータスの暴力。


「【ヴァナルガンド】」

「……ははっ、あちしもあんたも狼だ! 悲しいことに気が合うな。だが、それもこれでお終いさ!」


 苦笑した魔女はシヲに拘束されたまま、またもやアイテムを使います。姿が消えて上空に出現した彼女は、全身から血を吹き出しながら叫びました。


「【魔女の夜ヴァルプルギスあらため! ――【怨毒黒狂死の慈雨エピディミー・カーニバル】!!」


 ぐちゃり、と空中で魔女が石榴のように内側から弾け散りました。

 肉体が失われた代わりに、魔女の肉体が黒い靄へと変貌します。やがてポツリポツリと黒い雨が降り出してきました。


 魔女が断末魔のような絶叫をあげます。


「これでお終いだ……アトリイイイ!」


 黒雨がザアザアと降り注ぎます。


【クリエイト・ダーク】


 私が闇で傘を作れば、雨に濡れた途端に消滅してしまいました。

 あの雨一粒一粒が上位の常闇魔法による攻撃に匹敵するようです。これこそが魔女の奥の手、必殺技なのでしょう。


 取り返しのつかない、技。


 アトリは覚悟を決めた目で上空を見つめ、その唇を開きました。


「終わるのはお前のほう――っ魔女!!」


 大鎌が濃密な死の闇を纏います。


「狂い開け――【死に至る闇】」


 雨が降り注ぎます。

 シヲが邪神器化を施した盾を使い、必死に雨を排除していきます。シヲでさえも数秒も生き残っていられない死の土砂降り。


 私も魔法で防御に専念します。

 アトリはただ闇と光の色を濃くしていきます。私やシヲに防御を任せて、ただ――友人を殺すための技を練っています。


 スキル【勇者】で伝わってくるのは、悲痛なまでの覚悟。


 辛く。

 悲しく、虚しく。

 そして少しだけ激怒の混じった、複雑な感情の色。


 それらはすべて友情に帰結し、同時に覚悟の殺意へと昇華されています。


「万死を崇めよ」


 つう、とアトリの眦より雫が流れ落ちます。

 叩き込むのは。



「【邪神の一撃レーヴァテイン】」



 黒雲に混沌がぶち込まれます。

 それは友との――決別の一撃となりました。


       ▽

 闇に満たされていた空が一息で晴れ渡ってしまいました。雲ひとつない美しい空を見上げ、アトリは何も言えなくなって地面に座り込んでしまいます。


 周囲を満たしていた木々が枯れ始め、死だけが世界に満ちていきます。

 やがて世界にはひとりぼっち。幼女だけが取り残されます。


 遅れて声が響きました。


【ネロがレベルアップしました】

【ネロの闇魔法がレベルアップしました】

【ネロのクリエイト・ダークがレベルアップしました】

【ネロのダーク・オーラがレベルアップしました】

【ネロの再生がレベルアップしました】

【ネロの鑑定がレベルアップしました】

【ネロの敏捷強化がレベルアップしました】

【アトリがレベルアップしました】

【アトリの鎌術がレベルアップしました】

【アトリの月光鎌術がレベルアップしました】

【アトリの造園スキルがレベルアップしました】

【アトリの光魔法がレベルアップしました】

【アトリの閃光魔法がレベルアップしました】

【アトリの孤独耐性がレベルアップしました】

【アトリの神楽がレベルアップしました】

【アトリの口寄せがレベルアップしました】

【アトリの詠唱延長がレベルアップしました】

【アトリの光属性超強化がレベルアップしました】

【シヲがレベルアップしました】

【シヲの擬態がレベルアップしました】

【シヲの奇襲がレベルアップしました】

【シヲの拘束がレベルアップしました】

【シヲの音波がレベルアップしました】

【シヲの鉄壁がレベルアップしました】

【シヲの触手強化がレベルアップしました】

【ロゥロのレベルがアップしました】

【ロゥロの攻撃上昇がレベルアップしました】

【ロゥロの破壊術がレベルアップしました】

【ロゥロの格闘術がレベルアップしました】


 そして。


【ワールド・アナウンスを開始します】

【プレイヤー・ネロと契約者のアトリの手により、第三フィールド・ボス《絶死狂鬼のステリア》】が討伐されました。第四フィールド獣妖帝国アルカブルスの時空凍結が解除されます】

【これに伴い、第四陣の受付を開始します。Spirit Guardian Onlineの新たな配布が決定しました。帝国の規模に合致させ、次のソフト配布は二万人を予定しております】

【以降、フィールド・ボス《絶死狂鬼のステリアは弱体化され―――――――――――――あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ】


 !?

 ワールド・アナウンスに耳を傾けていますと、突如としてシステムメッセージがバグりました。あまりバグのないことで知られる《スゴ》では異例の事態です。

 混乱する私。

 唯一、アトリだけが平然と立ち上がり、大鎌を深く深く構えました。


「……なに? 魔王」


 アトリが呟いた先。

 私が振り返れば、私の真後ろに――白髪紅目の幼女――魔王グーギャスディスメドターヴァが腕を組んで不敵な笑みを湛えていました。


 どす黒いと感じさせる紅が、じっとアトリを見つめています。

 魔王が放つ格はアトリさえも凌駕していました。それに対抗するアトリの格が、まるで矮小なモノに感じられるほど……その存在力の差は絶望的です。


「なに。ちょっとした野暮用じゃよ、勇者」

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