第198話 第二ラウンド

   ▽第百九十八話 第二ラウンド

 魔女が舌をチロリと覗かせ、そこに注射針を突き刺します。あっという間に薬剤が体内に浸透していき、彼女の美しい容姿が見る間に変貌しました。

 それは人狼。

 二足歩行の巨大な狼と変化しました。


「あちしの二つ名は《絶死狂鬼》……これがあちしの由来だ。べつに狂っても鬼でもねえけどな」


 一歩。

 魔女が地面を吹き飛ばして加速します。アトリも負けずに前へ。両者は同時に大鎌と箒で打ち合いました。


 鍔迫り合い。


 ステータスはなんとややアトリが不利のようでした。壮絶なまでのバフ効果のようです。ただし、動揺したのは魔女のほうでした。


「さっきの【ヴァナルガンド】抜きでこのステータスかよ!? カンストしてねえとか信じらんねえ」


 アトリが大鎌を巧みに動かします。それだけで箒が宙を舞い、アトリの斬撃が二連撃――魔女の四肢を切断しようとします。

 ですが、毛皮に防がれて刃が止まりました。

 どうやら防刃に特化した毛皮のようですね。アトリ対策は万全、といったところでしょう。


 魔女が組み掛かってきます。

 アトリを越える剛力に掴まれてしまえば、そこからの離脱は厳しいでしょう。伸ばされた腕に対し、アトリは冷静にこちらから腕を掴みます。


 外技――【腕投げ】


 ジャックジャックから習った投げ技のひとつです。

 相手の腕を掴んで投げ飛ばす技でした。体重差はありますけれど、アトリのステータスと技術でしたら問題はありません。


 どすん、という爆発音と共に魔女の巨体が大地を抉ります。彼女の肉体は半分、地面に埋まってしまっています。

 アトリが大鎌を振り上げます。


「開け【死に至る闇】」


 倒れた魔女に向け、アトリが邪神器を解放しようとします。

 振り下ろすは禍々しき一撃。


「万死を讃えよ! 【死神の鎌ネロ・ラグナロク】」

「返報の鏡!」


 アトリの大鎌が炸裂した瞬間、魔女が懐から何かを取り出しました。それが発動したと同時、アトリに【致命回避】が発動して大ダメージを受けます。

 埋まった状態で魔女が【常闇魔法】の弾丸を放ってきました。


「【ダーク・リージョン】」


 私の魔法で回避、アトリはHPを【再生】させました。おそらく、カウンター系のウィッチクラフトがあったのでしょう。

 スキル【致命回避】がなければロストするところでした。

 やはり魔女は何をしてくるか解りません。私が目配せをすれば、アトリはこくりと頷いて翼を発動しました。


 未来視――【イェソドの一翼】を発動状態にします。


 また、保険のために【ケセドの一翼】も使っておきましょう。これでクリティカル一撃死は考慮せずに済みます。


「まだだっ!」

「こっちも!」


 魔女がステータス任せの猛攻を仕掛けてきます。アトリは技術で攻撃を紙一重で躱し、反撃に大鎌での一撃を重ねていきます。

 アーツ【殺迅刃】で敏捷を下げようとしますが弾かれます。

 刃を【奪命刃】と【光爆刃】に変更。


 刻むと同時、光属性の爆発を放ちました。


 魔女は大ダメージに無反応です。完全なノックバック耐性があるようでした。拳がアトリの腹に炸裂、そのまま内臓を潰していきます。

 さらには腹の中に薬を仕込まれました。

 浮遊軟膏です。


 魔女といえば、というお薬を処方されてしまいました。アトリの小さな肉体がふわりと浮かびます。

 地に足が届かねば――動けません。


「――しっ! 強く死ね!」


 魔女の箒が乱打されます。

 アトリはその戦闘センスと未来視で箒の連打を鎌で防ぎ続けます。踏ん張れないため、一撃ごとに風船のように吹き飛ばされ、無防備なところにまた打撃を放たれます。


「シヲ、ロゥロ!」


 アトリがシヲとロゥロを呼び出せば、同時に魔女もスキルを発動します。


「固有スキル【魔女の夜ヴァルプルギス】」


 魔女が固有スキルを発動すれば、彼女の周囲に裸の女性が大量に召喚されました。その様はさながらサバトのようでした。

 闇を纏った魔女が、手を広げます。


「儀式を! 固有スキル【魔大釜作成】――贄を! 夜を! 混沌した夜と月を。狂宴を!」


 出現したのは人が浸かれるほどの大釜でした。

 裸の女たちが満面の笑みで煮えたぎった鍋に飛び込んでいきます。融解していく女たち。鍋から血と臓物が溢れていきます。


 危険な予感。


「消しましょう、アトリ」

「――【ホドの一翼】発動」


 アーツ【ホドの一翼】の効果はバフとデバフの無差別解除でした。【神楽】スキルの【奉納・授滅の舞】との差異は固有魔法にさえ対応する、という箇所です。

 鍋と女たちが消失します。

 またなお、アトリ自身のバフも一斉に解除されてしまいます。それは神器【黒の聖典ネロ・ビッビア】とて例外ではありません。


 大鎌が通常形態に回帰します。

 天使の輪や翼も消え失せてしまい、アトリのステータスが弱体化してしまいました。次の瞬間、人狼状態の魔女の拳がアトリの顔面に迫っていました。


「これは解除の対象外だぜ。どっちでもねえからな!」


 アトリがゆっくりと瞬きをしました。

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