第197話 第一ラウンド

    ▽第百九十七話 第一ラウンド

 展開されたボス・フィールドは他とは異なります。

 場所は深い森の中。

 生命の吐息ひとつ聞こえてこない、死の森でした。その静かな森の中にて、魔女と死神幼女とが対峙しています。


 互いに必要なバフや準備は終えています。


「さあ、最後のお遊びだ!」


 魔女が杖に乗って飛び立とうとします。

 ですが、それよりも先にアトリが呟きました。


【ヴァナルガンド】


 一瞬でした。

 開いていた距離は一瞬で詰めきり、魔女の腕を大鎌で切断していました。衝撃で魔女が吹き飛んでしまいます。


 首を狙わなかったのは、魔女を評価してのこと。


 なんらかの対策はしているだろう、という考えでした。首を奪っても反撃されるならば、腕を奪って反撃を封じたほうが強い、とアトリは判断したようですね。

 吹っ飛ぶ魔女に、アトリは即座に追撃をしかけようとします。


 一歩を踏み出した時。


「【魔眼起動】」

「――っ」


 踏み出したアトリが凄まじい勢いで地面を転がります。彼女の足が木っ端微塵に砕けていました。

 状態異常【石化】でした。

 それによって足を石に変化させられ、アトリは自身の踏み込みに耐えきれずに足を失いました。足から徐々に石化が広がっていきます。


「アトリ【狂化】です」

「【狂化】! ですっ」


 スキル【狂化】には【行動不能】系の妨害を無効化する力があります。

 石化が解除され、咄嗟に【再生】を行使しようと試みます。ですが、魔女は手加減しませんでした。


「【魔眼起動】」


 アトリの肉体が業火に包まれます。

 と同時、魔女が間近で杖を振り上げていました。あらゆるドーピングによって魔女のステータスは壊れています。


 アトリでも一撃死させられかねぬ、頭部破壊の一撃でした。


「っ」


 アトリは拳で地面を叩いて後ろに跳びます。魔女の振るった杖が大地を砕き、衝撃波を生み出します。ぶわり、と白髪が風に揺れました。

 スキル【再生】で部位を回復。

 すでに【狂化】は解除しています。


 が、魔女は杖に乗って空に飛んでしまったようです。上空でフラスコや薬草を取り出し、投擲攻撃の準備を終えているようでした。

 腕も回復させてしまいました。


 ぜえはあ、と肩で息をする魔女。汗で青色の前髪が額に貼り付いています。

 対するアトリは平然としながら、全身から光炎こうえんを放っていました。


「さすがに……」

 失った腕を薬草で癒やし、アトリの炎光で受けたダメージで血塗れの魔女が言います。

「格がちげえな、あちしとは」

「お前も強い」

「はっ」


 やり取りするアトリに向け、私は控えめに提案します。


「私は手を出さないほうがよろしいですか?」

「全力。です」

「では役に立ちましょうかね」


 アトリの全力とは私も含めています。

 いずれは私を守れるようになる、と言ったアトリですけれど、アトリの戦闘スタイルは私が入ることによって完成に近づきます。


 アトリはヘレンとは違い、使えるモノは神でも使う……のかもしれません。本人に私を使っている、という認識はないようですけれど。

 いえ、勝つために私以外と契約しろと言ったら自死を選ぶ勢いですが。


「【エンチャント・ダーク】」


 私は闇魔法のアーツ【エンチャント・ダーク】をアトリに付与しました。このアーツは闇系ダメージを上昇させると同時、闇への耐性を付与するアーツでもあります。

 掲示板での動画を見た限り、魔女は攻撃的な【常闇魔法】の使い手でした。

 セックのような召喚系のアーツは最低限しか取得していないようですね。


 アトリは静かに【死導刃】と【魔断刃】を起動しています。


「喰らいな!」

 魔女が魔道具を取り出します。

 それを発動されるよりも、私が次の台詞を放つほうが早かったです。


「アトリ、せーの」


 私が【クリエイト・ダーク】モードステップを瞬時にいくつか展開します。それをアトリは見ることもなく踏みつけていき、一瞬で上空の魔女の真上に辿り着いていました。

 まだ魔女は地上に視線を置いたままです。

 強風に煽られ、アトリの白髪が大きくはためく中。呟く。


「【玉兎ぎょくとばつ】」


 縦方向への斬撃アーツ。

 魔女を真っ二つにする軌道は、その勢いで魔女の乗っていた杖さえも切断してしまいました。肉塊が地面に激突します。

 

 大量の返り血を浴びたアトリは着地と同時に【ヴァナルガンド】を解除しました。

 引っ込んだ狼耳の箇所を軽く押さえてから、アトリは血塗れの大鎌を一閃。武器の血糊を弾きます。


 ぴちゃぴちゃ、と血が大地を赤で彩ります。

 死神幼女が鮮血色の瞳を見開き、可愛らしく首を傾げました。


「終わり?」

「……まださ」


 空からフラスコが落下してきます。

 肉塊だった魔女にぶつかって砕ければ、即座に彼女は再生しました。落とした魔女帽子を被り直し、指をぱちんと鳴らしました。


「今度は地上戦と行こうぜ」


 箒を手にした魔女が獰猛に笑いました。

 アトリはバトンのように大鎌を振り回してから、いつもの位置で深く構えました。


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