第196話 友達
▽第百九十六話 友達
アトリはマリエラに帰還しました。
平凡ながらに発展していた町は、今や荒廃した瓦礫の山でした。多数のNPCや精霊たちは「手柄を求める」荒くれ者たちのみ。
一般人はあまり見受けられません。
顔をムッとさせたアトリですが、そのような彼女に声を掛けてくる者がいました。それは眼鏡をかけ、手に巨大な手甲を嵌めた女性――マリエラの冒険者ギルドマスターであるアーネストでした。
朗らかに血だらけのアーネストは笑います。
「アトリ、よく来たな。魔女を討伐しに行くのかね」
「そう」
「ほう! うちは住民や下級の冒険者を逃がすので精一杯でね。あんたが倒してくれるなら楽だ……が。アトリ、魔女とは仲が良かっただろう? ほんとに殺せるのかな?」
「殺すと決めた」
こくり、とアーネストが深く頷きました。
すっと細められた瞳は、普段は愚かな彼女とは違う「経験のある年長者」の瞳でした。
「冒険者を長くやっていれば仲間を殺す時もある。人は簡単に道を誤るし、理想や生き方は他者と相容れないことも多い。強者のすれ違いとはすなわちが殺し合いだね」
「ボクは殺すだけ」
「そうだな。だが、ひとつ先達としてアドバイスさせてもらえるなら――後悔を大切にすることだ。人類種はよくできている。無駄な部分は少ない。後悔だって必要なものだよ」
「? 解った」
軽く会釈をしてアトリがアーネストから離れました。
アーネストの主張は中々に新鮮でしたね。私は後悔しないほうが良い派ですが、彼女の考え方にも一理はあります。
合わぬ思考は参考にするていどですけれど。
さて。
マリエラはすっかりボス戦場となっております。
荒廃した街から上空に向け、無数の遠距離攻撃が放たれています。中には……ルーの弓攻撃も混ざっていますね。
「……神様」
「ええ、これではもう魔女も長くないでしょう」
頷いたアトリは杖を神器化し、私の【クリエイト・ダーク】モードアームで装備します。大鎌を深く構えて上空をにらみまず。
すでに射程圏内。
「【コクマーの一翼】発動。【殺生刃】199%――【シャイニング・スラッシュ】」
全力での魔法攻撃。
大地から天までを縦割りするような、巨大な光刃が放たれます。その一撃は建物を切り刻み、周囲に甚大な被害をもたらしました。
一応、人的な被害は避けましたが。
その圧倒的な攻撃の乱入を見やって、空中で弓を両手持ちしていた【命中】のルーが諸手を挙げます。
「久しぶりだね、アトリ? 戦うの、アトリ? 奪い合いかな、アトリ? 撃って良い、アトリ?」
「こいつはボクの獲物」
「駄目だよ、アトリ? 戦いたいよ、アトリ? 共闘するの、アトリ?」
「だめ。魔女はボクの友達」
「……むー。――解ったよ、アトリ」
ルーは大きく頷けば、その弓を魔女以外の周囲に向けました。
少女からは圧倒するような気配が解き放たれます。かつてのアトリと同格……《動乱の世代》としての迫力が戦場を席巻しました。
「魔女はアトリの獲物だよ、みんな? 手を出したら駄目だよ、みんな? 良いかな、みんな? 戦いたくないな、みんな? 殺したくないな、みんな? 撃っても良い、みんな?」
「な、なにを!」
と戦場に参加していた一人が叫びます。
急に「手を出すな」と言い出したルーへの非難です。
「俺たちがステリアを弱らせたんだぞ! 良いところを持ってかれてたまるか!」
「文句あるの、キミ? 撃って良いの、キミ?」
「だ、大体……どうしてあんたがアトリの味方をするんだ!?」
「?」
ルーは首を傾げて言いました。
「友達だもん」
「……は?」
「一緒に戦ったんだよ、キミ? 解らないかな、キミ?」
ルーの言い様には私も驚きました。
そういえば【天軍討滅戦】の時もルーは命懸けで、アトリたちがフィーエルと戦えるようにしてくれました。
命懸けというか、実際に命を落としました。
謎の責任感だと感じていましたが、ルーはアトリに友情を感じていたようです。
どうやらルーの価値観では、すでにアトリとルーとは友人関係にあるようでした。実際、共闘した事実は現実でしたけれど。
一回でも話せば友達判定の人は居ますが、どうやら一回でも共闘すれば友達判定の人だった模様です。
抗議したNPCの隣では【顕現】したプレイヤーが叫びました。
「おい、ネロさん! 横は駄目だろ!」
「アトリ、私は今回の件についてPKを辞さない。魔女の正体を見破ってイベントを起こしたのは私です。不在だったのは討伐に必要なイベントをこなしてたからです、と言ってください」
頷いたアトリが告げます。
「神は言っている。私は今回の件についてPKを辞さない。魔女の正体を見破ってイベントを起こしたのは私です。不在だったのは討伐に必要なイベントをこなしていたからです」
「……!」
プレイヤーは困ったように口を噤みます。
これは難しいお話です。イベントを開始したのは私たち。ですが、私たちはゲーム内時間で一日、戦場から逃避していました。
どちらが正しいのかはゲームによります。
そして、この《スゴ》に於いてルールの決め方は――どちらが強いか。文句があるならばアトリをPKすれば良いのです。
無論、戦闘中に乱入しても良いでしょう。
最初にマナーを破ったのは私たち。受けて立ちましょう。今のアトリは最上の領域。すでにアウトロープレイを過度に避ける意味はございません。
私たちは基本的に無茶は言いませんけれど、今回は言わざるを得ませんからね。
数名のNPCとプレイヤーが肩を落とし、不満そうに戦場を後にします。何名かは残りました。それは自由。戦闘に巻き込まれてロストしても自由です。
自由の責任は自分で取るもの。
アトリはとてとてと魔女の真下に立ちました。
「来た」
「よく来たな、アトリ! 逃げちまった時はうっかり悲しんじまったぜ!」
「逃げてない。人を使ってお前を消耗させただけ」
「信じてやるぜ、その嘘を! あちしはてめえのダチだからな!」
「うん。殺す」
「返り討ちにしてやる」
指の間だにフラスコを挟んだ魔女が戦闘を開始しようとした、寸前。
アトリは無表情に告げます。
「物資を補充して回復しろ」
よく見てみれば魔女はズタボロです。まあ、ルーの猛攻を受けていたのです。まだ死んでいないだけでも凄い、と称賛されるべきでしょう。
魔女は片腕と片足を失い、目もひとつ潰されています。
身体中に矢が突き立っていました。
「解った」
囲んだプレイヤーやNPCがブーイングする中、アトリはポーションを渡そうと取り出しました。
魔女は拒絶するように首を降ります。
「それには及ばねえよ。何故ならあちしはフィールド・ボス」
魔女が指を鳴らします。
それを合図として周囲がベールに包まれていきます。これはフィールド・ボス・フィールドに違いありません。
魔女が。
ステリアが第三フィールドのボスである証明!
魔女の肉体の傷が癒え、おそらく失っていた装備品も取り戻していきます。十分な状態に戻った魔女は不敵に笑い、魔女帽子のツバをこつんと叩きました。
「名乗り直そうか、勇者。あちしこそは魔王四天王が一翼《神薬劇毒のピティ》の最高傑作! 改造現し身・《絶死狂鬼のステリア》さんだ!」
そして! と浪々、自慢のように叫びます。
「てめえのダチで、今からてめえをぶち殺す!」
アトリもこくりと応じます。
「ボクはアトリ。邪神ネロさまの唯一の使徒」
大鎌を構え、深紅に輝く瞳でジッと敵を見つめます。いつもの狂信一色の目ではなく、自分の意思で殺意を迸らせた、深紅の瞳。
「お前のお友達。今から死を……与える」
両者の殺意が交わりました。
「じゃあ」
「やろうかい」
今度こそ――友人同士の殺し合いが幕開けするのでした。
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