第191話 魔教の茶会

   ▽第百九十一話 魔教の茶会

 第二フィールドの森林、その奥深くにて……鬱蒼とした森一面の景色に不似合いな喫茶店があった。見目良い、お洒落な茶店である。

 煉瓦造りの喫茶店には質素な厨房とカウンター席。


 その席はひとつを除いてすべてが埋まっていた。

 ぐでん、と顔をテーブルに貼り付けているのは、シスター服を纏った美貌の男性であった。溢れ出す光属性により、頭髪が美しく輝いている。


「あーあ、でございます。私の作品がひとつ破壊されたのでございます。貴重な私の遺伝子を使ったクローン型のホムンクルスでございましたのに」

「玩具がひとつ壊れたくらい、良い。問題は……枢機卿がゴース・ロシューに殺害された件。その所為で作戦がいくつも潰えた。彼は純粋な力なら我らの中で最強だった。教祖はこの件、どう思っている」


 喫茶店に居る面々の視線が、カウンターへじかに腰掛けた中年に向けられた。他の面々とは違い、薄汚いローブを頭から被った男だった。

 その顔はローブに隠され、闇色。

 酒に焼けた声で中年は言う。


「言っているだろうよ。ゴースは俺の予知の対象外だってさ。あいつが関わった瞬間、俺はただのちょっと強い中年に逆戻りだ。ゆえに、彼はお前たちに一任するしかないね」

「本当に貴方の予知は……いえ」

「疑うな。そこを疑ったら前提が壊れちまうだろうよ。盲信するのが信者ってもんじゃないかい? 魔教ではな」

「……そう、ですね。我々はすでに引き返す地点を越えています。ここまで手を汚したのです。今更、とまるわけにはいきません」


 ごくり、と酒焼けした中年は酒で割ったコーヒーを飲む。

 ポケットから金貨を二枚取り出し、宙に放り上げた。くるくると回転するコイン。安っぽいシャンデリアからの光により、その金貨は様々な表情を見せてくれる。


 ローブの下、男の目が眇められた。


「すべては計画通りさ。俺はこの世界で知らないことは何もない」


 信者たちが息を呑む。

 堕ちたコインを拾い上げる者は誰も居ない。ただローブを被った教祖だけがご機嫌そうに鼻歌を奏で、酒で割ったコーヒーをチビチビと飲むだけだ。


「ヘレン嬢の確保は理想。だが、確保できなくても構いやしない。どうせ魔王グーギャスディスメドターヴァが勝つ。勝率はすでに百%。万が一、ヘレンが人類側についた状態で魔王化することが恐ろしいが……それさえも現魔王なら何とかするだろうさ」

「魔王は動くのでしょうか」

「動かすやつが出てきただろ?」


 魔教の目的は魔王の勝利である。

 そして、魔王とは絶対の力を有しており、まず人類種が勝利することは不可能である。つまり、魔教の存在価値なんて……ないも等しい。


 欠伸を零すのはシスター服の男性、オリバーであった。


「結局、私たちなどは応援団に過ぎないのでございます。我らが総力を挙げたところで最上を一人殺すことが精々でございましょうや」

「一人殺すだけで十分な気もする」


 魔教は強い。

 されど、その強さは最上には及ばぬ。教祖と故枢軸卿は例外であるけれど、他のメンバーは抗うことが精一杯といった具合であろう。

 強い組織ではなく、ウザい組織。


 それこそが魔教のすべてである。


「ま……しばらくは大人しくしていようかい。女神の延命処置には成功しているんだ。存在理由は果たしているさ」


 教祖は近未来的なデザインの長杖を床から拾い上げる。最近、組織が第三フィールドで拾った、、、レアアイテムである。

 世界に七つくらいしかない、うちの一本。

 拾い上げた杖を肩に担ぎ、面倒そうに中年はテーブルから飛び降りた。


「次動く時は第四フィールドが解放された時さ」

「第三フィールド・ボスは敗北するでしょうか?」

「するさ。俺はすでにその未来で知らぬことは何もない。ステリアはアトリが殺す」


 コーヒーもどきを飲み干した教祖が扉へと歩んでいく。


「世界を救うためなら多少の犠牲はしょうがねえ。俺ら全員死ぬけど、世界に比べりゃ安い命さ。世の中全員、等しくな。ということでよろしく」


 教祖は足で扉を蹴り、その勢いで喫茶店を出て行ってしまう。ザ・ワールドへの敬いなんて欠片もない、乱暴で粗雑な男であった。

 けれど、彼ほどに世界の終わりを求める者もいないだろう。


 この場にいる全員が、自分の目的で以て魔王を支持している。


 救われたい者。

 世界を救いたい者。

 ザ・ワールドに恩を感じている者。

 人類種に絶望して、次の世界の人類種に期待している者。


 多種多様な価値観が「宗教」の名の下、ひとつに纏められてしまっている。歪なその組織は同時に発声する。


「より良き次の世界のために」


 それを口にした瞬間、喫茶店からは一人を除いて全員が消えていた。取り残されていたのはシスター服の男性だけだった。彼は全員が飲食した後始末をして溜息を吐く。


「……お代を忘れてるのでございますけれども」


 イカれた連中ばかりの組織。

 わりを喰うのはもっともイカれていない者である。

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