第190話 命懸けの教導

  ▽第百九十話 命懸けの教導

 そもそも。

 アトリには【狂化】スキルがありました。この効果は忘れがちですけれど、かつて闇精霊のミリムたちとの戦いの反省として取得したスキルです。


 つまり、行動阻害に対する「無効化」状態になるわけですね。


 麻痺なども無効化可能です。

 まあ、格上や同格相手にはデメリットである「ダメージ二倍」や「アーツ使用不可」があるので切るタイミングが難しいスキルではありますが。


 オリバーの固有スキルは最初から「いつでも解除可能」でした。【イェソドの一翼】で未来視していたアトリは、無効化できると判断して攻撃を受けました。

 すべては……生徒たちに実戦を経験させるためです。

 その結果、ヘレンもユピテルも、ついでにおかっぱ頭もかなり成長しました。


 たしかに魔教は厄介な敵です。

 が、せっかくやって来るのだから教育にも使ってやろう……というのが私とアトリの見解です。上手くピンチと見せかけて生徒たちに全力で戦わせてあげることができましたね。


 アトリが思ったよりも生徒の成長を目論んでいて驚きです。

 私ならそのようなことは考えられないので、幼女の精神的な成長が著しく、お兄さんはちょっと焦っております。


 すでに精神的な面でパラメータが敗北しているような。

 アトリの白々しい動けないアピールで意図に気づけただけ、私もギリギリ及第点とさせてもらいたいところですね。


 い、一応、私は幼女に精神年齢が敗北していても許容できるタイプの大人ではありますとも。

 児童養護施設ではこういう子も何人かいましたしね。


 オリバーは跡形もなく消滅しました。


 固有スキルを放ってきたので、あれが本体……だと思いたいところ。

 アトリの【死神の鎌ネロ・ラグナロク】によって有象無象たるゴーレムも消え去りました。


 自身の安全を悟った生徒たちはゆっくり大きく息を吐いて脱力していきます。


 地面にへなへなと座り込んでしまうくらいでした。

 正直、あまり褒められた行為ではありません。魔教がオリバー一人とは限りませんからね。とはいえ、初の「命を懸けた戦闘」だったので仕方がない一面もあります。


 アトリだけが油断なく神器を構えています。

 そのような中、ハンカチで汗を拭ったヘレンが立ち上がります。そして、驚くほどに速く頭を下げました。


「アトリ先生、申し訳ありませんでした。……先生の教導で命を救われました」

「気にしなくて良い」

「ですが、わたしは」

「神は言っている。おまえはまだ子ども。間違っても良い」

「……あ、ありがとうございます」


 ヘレンの表情が微妙なモノに変わります。

 まあ、アトリはヘレンよりも子どもですからね。そのような彼女から「おまえは子どもだから間違っても良い」なんて言われたらもにょもにょしてしまいますよね。


 ユピテル殿下も苦笑します。


「はは。アトリ先生は俺たちよりも子どもですのに目上にしか感じられませんね。格上にしても」

「ボクは神の使徒」

「?」


 こほん、と咳払いしてからアトリは小さな声でヘレンに告げます。


「悪くなかった」

「?」

「……その。戦い方。悪くなかった」

「それは本当ですか?」

「それだけ」


 アトリはヘレンから離れました。

 なるほど、中々ヘレンの戦い方は高評価だった模様です。実力こそ不足していましたが、格上相手にしっかりとできる限りで立ち回れていました。


 低い剣スキルひとつにしてはよくやったほうでしょう。


 ユピテル殿下やおかっぱ頭も、実戦を経て「自分がどう弱いか」を理解したことでしょう。それを知ることは強さへの近道です。

 とりあえず、アトリは生徒たちを引き連れて帰還しました。


       ▽

 帰還した先では、教師たちが魔物の群れと交戦中でした。

 かなりの数の魔物です。

 レベルはそこそこ。どうやら他地域の魔物がトレインされてきたようですね。パラサイト・フェアリーは大量の血液を摂取することでも羽化します。


 教師たちは重傷を負わぬように気をつけています。


「ロゥロ」


 アトリはロゥロを呼び出して、とりあえず魔物を大量に間引き始めました。やがて清掃活動も終了します。

 村の被害は甚大。

 かなり酷い有様ですけれど、生存者が存在している時点で我々の勝ちでしょう。


 初老の教師はほどよく距離を取って話し始めます。


「どうやら今回の事件は魔教の仕業だったようですな」

「わたしの所為です……」

「ヘレン嬢。貴族は責任の所在を間違えてはなりません。敵が悪い。今回はそれで終わりです。貴女のミスはただひとつ……弱かったこと。それだけでしょう」

「……はい」


 ヘレンの動きは悪くありませんでした。

 魔教はヘレンの家族を殺した組織です。ですが、感情的に復讐に走ったりしなかった。これは十二分に評価される点でしょう。


 たとえば優秀たる故ジャックジャックなどは数百年の復讐よりも、愛する人の救出を選択しました。まあ、彼はその上で復讐も完遂した化け物でしたけれど。


 錯乱して謎逃亡を行ったおかっぱくんだけはバツ印です。


 貴族として生まれ、貴族として育ってきた子どもたちと違うのはしょうがありませんけれど。それでも今回の失態は酷いでしょう。

 今ではしゅん、としています。

 というか、しきりにヘレンを見て顔を赤くしています。どうやら少年の初恋イベントが発生してしまったようですね。


 お兄さんは恋愛とかよく解りませんけれど、成就のコツは素直になることかもしれません。


 初老教師もおかっぱ頭の変化に気づいたようです。一瞬だけ性格悪そうに「ニタリ」と笑いましたが咳払いをします。

 まあ、不良物件が良い感じに所属先を決めそうなのは、教師としては安心でしょう。


「明日まで防衛を続けます。アトリ先生は総合的な支援を。可能ですかな?」

「無論」

「よろしい」


 こうして我々は魔教の襲撃を凌いだのです。

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