第20章 戦闘学院編2
第184話 課外授業
▽第百八十四話 課外授業
アトリも学院になれて久しい頃。
教師陣が集められての会議が行われていました。無論、教師の立ち位置たるアトリも一員として招集されています。
この《スゴ》のお約束として強者は少し変です。
まあ、現実でもそうですけれど。
ともかく、出席する教師たちも皆さん、どこか変な感じがひしひしと伝わってきます。そのような変人の坩堝の中、初老の教師が杖でかつんと床を叩きます。
「反対ですな。今の状況でまだ未熟な生徒たちを課外授業……魔物や賊と戦わせるなど。悪戯に危険なだけでしょう。今や我が学院にはアトリ先生がいる。実戦を教えるのには十分でしょう」
「そうもいかぬ」
悲しそうに反論したのは《学者の村》の長。
長老の名を持つNPCである、自称ジイジでした。彼はスキンヘッドの頭をつるりと撫で付け、険しい表情のままに言います。
「我らが学院は貴族や王族の出資によって成り立っている。それはすなわち民たちの願いでもある。我は民など知ったこっちゃないが貴族はそうでもなかろ?」
「そうではありますが……」
「今の時勢では仕方がない」
現在。
第一フィールドは混乱しきっております。アリスディーネの侵攻によって王都は奪われ、周囲を魔物の群生地へと変化させられました。
王都周囲は壊滅状態。
第一フィールドに似つかわしくない強敵が、今は石を投げれば当たる頻度で闊歩しております。
「このような時にこそ強者は求められる。強者を作る学院が強者を輩出できぬ……そう感じられては困るのだ」
「……」
現場には現場の声があり、上には上の声というモノがあります。
現場で襲われている側としては、生徒にでも縋りたくなるのが現状なのでしょう。
とくに、この学院は教える側も強いのです。人材を無駄にしている、と考える民草は多いことでしょう。学校なんかに通っている暇があったら戦え、という世界です。
まあ貴族に教育を施せないレベルの国なんて、今を生き延びてもジリ貧でしょう。本当に国に未来を見るのでしたら、子どもに戦わせることは長期的な自決と相違ありません。
このような殺伐とした世界。
トップが無能なだけで何百、何千人が死ぬか解りません。
国の終わりです。
なんていう当たり前は平民には理解されません。
教育していませんからね。教育って大事ですよねえ。
沈黙する教室内。
アトリは首を傾げて発言します。
「魔物を殺せば良いだけ?」
「そうではありますがな」と初老教師。「生徒たちに本当の実戦は早い。アトリ先生の授業でも命の取り合いまではしていないでしょう」
「それはまだ」
「まだ……では困るのですが」
アトリの授業内容は実戦に近いです。
が、近いのと同じとには雲泥の差がございます。そのギャップを知らぬがゆえ、油断して死ぬことも考えられるでしょう。
しかも、と初老教師は視線を鋭くします。
「ヘレンくんは魔教に狙われているのですぞ、長老。彼女が魔教に捕まることのリスクは、言いたくはないが第一フィールドの存亡よりも重要でしょう」
「いずれ直面する事実ではあるな」
「ヘレンくんはまだ弱い。アトリ先生の訓練によって近接戦闘こそ得意になってきたが、いつ根源に至ってしまうか解らぬ。始末すれば別人に適合しかねぬし、拘束しようにも脱出しようという気力が根源に至らせるかもしれぬ」
何より、初老教師は俯きます。
「未来ある子を【危険】の一言で消すのは教育者ではない」
「解っておる。研究者としては魔王化を観察したいが、指導者としてはそうもいかぬわい。ゆえにアトリよ……ジイジの願いを聞いてくれるか」
長老がアトリに頭を下げます。
よく手入れされたスキンヘッドは綺麗に輝いております。つるつるの肌にアトリの赤い狂気的な瞳が映ります。
「ヘレンを守りながら、ほかの生徒たちも守ってほしい」
「ヘレンは守る。他も」
こくり、と長老が深く頷きました。
数名の教師は反対のようでしたが……誰もがアトリの実力は把握しています。反対した人たちはアトリを疑ったというよりも、彼女の「悪意への対応力」が不安だった模様です。
魔教は何をしてくるか解りません。
ここの教師であるらしいゴース・ロシューならば対応できるのでしょうけれど。
「課外授業は確定だ。無論、アトリ先生だけに任せるわけではない。各自、全力でコトに当たるのだ。そして生徒たちに準備を急がせよ」
「……承りましたよ、長老」
「すまぬな。政治は正しさや正義のためにない。ゆえにこういうこともある」
アトリ以外の教師が立ち上がり、己が胸に手を当てました。
「すべては未来ある子どもたちのために」
▽
ということがありまして、今は元気に馬車に揺られております。
馬車に乗っているのは不機嫌そうなヘレン。
それからアトリが学院に連れてきた、ゼラクの妹分のルーシー。
それからユピテル、サクラでした。
ルーシーは恐縮したように膝に握った拳を乗せ、くっと背筋を伸ばしています。まあ、スラムの女の子が王子様と同じ馬車に乗っているのです。
緊張するな、というほうが無理なお話。
時折、ルーシーはキラキラした目で王子を見つめています。ですが、ゼラクの妹分に「変態触手好き王子」は選ばせられません。何かしら対策を練らねば……良いお薬を準備しておきましょう。
他のメンツについては当然の配置でした。
護衛対象たるヘレンは言うまでもなく。
生徒の中では最強格たるユピテルも、事情を理解した上で同乗。王子なので狙われないとも言えませんからね。
一度、魔教に洗脳されたサクラは「洗脳」についての理解があります。同じ手に掛かるにしても、他の生徒よりは抵抗できるだろうという予測でした。
あとアトリともっともコミュニケーションが上手く取れている生徒でもあります。
最後のルーシーは、何かあったときにアトリの機嫌を損ねることが懸念されました。アトリに任せておくのが一番安全、ということでしょう。
「シヲ殿と違う馬車というのは悲しいな」
ユピテルは切なそうに溜息を零します。かなり優秀な家柄な上、顔立ちも整っていて実力も悪くない……まだ未来のある男の子だというのにミミックにご執心のようです。
王家の未来はどっちでしょう。
まあ、ユピテルの継承権は低めなので構わないのでしょう。
馬車で一日かけて到着したのは、何の変哲もない村……ではなく、半ば崩壊した村でした。ほとんど廃墟。死臭が仄かに香ります。
生徒たちは死の気配と香りに、多くが泣き出しそうになっていますね。
アトリが馬車から飛び降りれば、子どもたちが続きます。
そのような我らを迎えてくれたのは、血塗れで薄汚れた服の老人でした。しわくちゃな老人は疲れ果てた声で呟きます。
「ようやく……ようこそいらっしゃいましたな、アルビュート王立戦闘学院の皆々様方」
「村長殿かね?」
対応するのは初老教師でした。
頷く村長は忌まわしそうに教師を睨み付けました。
「もっと早く来てくだされば……ここまで死なずとも済んだのです」
「諸君」
振り向いた初老教師は杖を片手にしたまま、大きく手を広げました。恨めしげにする村長のことなど目に入らないようです。
「よく学ぶように。民とは慈しむべき存在であるが、同時に愛すべきモノではない。我らとは価値観が異なりすぎて愛は裏切られてしまう……と逆恨みしかねぬ。それでも愛するならば覚悟を持つのです。民に我らの都合は関係なく、目の前の犠牲だけが真実なのです。彼らの視点で世界を見れば、彼らが悪ではないと解るでしょう」
「おい!」と叫んだ村長に、くるりと初老教師が向き直ります。
「なにか? 貴族たる私に、今、なにか言ったかね? 遺言を聞くのは嫌いではないよ」
「……どうか、お助けください」
「良かろう。それが生徒の学びたるならば、な」
初老教師の言い方は冷たいです。
が、彼の言葉は最もでしょう。民が悪いわけではありません。我々目線、助けに来たのに「なんだその態度」と思うでしょう。
ですけれども、村人からすれば「助けに来られる距離なのに遅れてきた人」なのです。
必要以上に慮る必要はありません。
一方で「他人の目線」に立って動くことは重要でしょう。さもなくば馬鹿になってしまいます。それこそ村人のようにね。
まあ愚かなことって悪いことではありませんけれど。
愚かさが許されぬことならば、私を含めて大半の人類が罰せられてしまいますし。神が慈悲深くて命拾いです。
幼女騙しの罪で天罰は苦しいものがございます。
「神様」
アトリが呟きます。
「ボクたちは何をする……ですか?」
「魔物を狩るだけですよ」
「! 久しぶりに神様に魂を捧げられる。ですっ! やる……」
「生徒たちの分も残すのですよ」
「……うう」
苦しそうに顔を歪めるアトリ。
私に貢げないことがよっぽどお辛いご様子。ホストに狂ったキャバ嬢のような構図なのが、成人男性としては困ってしまうところ。
ましてや貢ぐ対象が「魂」と「死」なわけで。
恐ろしい信仰ですね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます