第185話 魔教の暗躍

   ▽第百八十五話 魔教の暗躍

 とりあえず、私たちは一日ほど休憩をいただけることになりました。

 この村を襲っている魔物の正体、分布、巣穴、云々……調べることが多いようです。私とアトリならば行って殺し尽くすのですけれど、生徒たちはそうもいきません。


 将来、領地を治めるようになった時。


 配下や冒険者に「行って殺してこい!」と命じるようになったら困りますしね。この命令が許容される対象は「アトリか鉄砲玉か」の二択となっております。


 ということで安全策に安全策を重ねたピクニックを行うとのことです。

 斥候系の能力がある生徒が、同じく斥候系の教師に引き連れられて偵察に向かいました。


 滅び一歩手前の村の雰囲気は苦しいです。ですが、


「こういう村も悪くはありませんね。ポストアポカリプスっぽくて」

「神様はこういう場所が好き……」


 アトリはノートを取り出し、ペンでサッと文字を書いていきます。ある程度、文字を使うことにも慣れてきて、最近ではノートを使うことも学習したようです。

 ノートの表紙には「神様ノート」と書いてあります。

 そういう漫画のタイトルがありそうです。


 ちなみにボールペンは私が課金で送りました。

 万年筆などよりも、結局、ボールペンのほうが使いやすいですよね。アトリはよほど気に入ったのか太もものアイテムボックス型ホルスターにペンを常備しています。


 容量限界が大したことないため、できればポーションや爆弾を詰めてほしいですが。


 アトリいわく「新たな邪神器」とのこと。まあ、子どもが物に執着を持って大切にすることは習性のようなものです。

 大目に見ましょう。


 アトリは警戒のために村の周辺をぐるりと回りました。


「……足跡がない、です」

「魔物の仕業にしては不自然ですね。足跡を消していく魔物なんて……あまりいませんし」


 アトリと首を傾げていると、後ろで子どもたちの声が聞こえてきました。どうやらこの村の子どもたちのようでした。

 子どもたちはアトリよりもさらに小さい。

 アトリのルックスは異様も極まります。白髪紅目、天使の輪に羽、背には大鎌の軍服ワンピースという要素過多です。


 それが子どもたちの興味を引いたのでしょう。


「なに?」


 振り向いたアトリに、子どもたちが悲鳴をあげます。それは恐怖や畏怖、拒絶ではなく、むしろ歓声に近い悲鳴でした。

 わらわら、と子どもたちがアトリの四方を囲みあげます。


「お姉ちゃん、冒険者さんなの!」

「そう。ボクはAランク冒険者」

「強いんだ! すごい!」

「そう。ボクは神に選ばれた」

「? すごいんだね!」

「そう。神はすごいのだ……」


 アトリは神様を肯定されてご機嫌なようです。

 差別意識の強い第一フィールドですけれど、子どもたちに「具体的な恐怖」まで伝わっていないようです。


 まあ、実際に白髪紅目を見ていなければ、差別を広げようにも……というところはあります。


 子どもたちはキラキラした目でアトリを見上げます。

 なるほど。

 幼い子どもたちにとって冒険者は「憧れ」なのでしょう。たくさんいる生徒の中、アトリだけ明らかに雰囲気が本物ですからね。


 子どもの一人が言います。


「お姉ちゃん、悪い魔物たおしてくれるの?」

「倒す。悪くても良くても敵は倒す」

「おー!」


 子どもたちが喝采する中、空中から初老教師がゆっくりと降りてきます。それを見て子どもたちがさらにわーきゃーします。

 ふんわり着地して初老教師がこつん、と地面を杖で刺します。


「困ったことになりました、アトリ先生」

「なに?」

「……解らぬのです。私とて学者の端くれ。十分に魔物の生態は熟知している。それなのにまったく解らない」

「知らない敵」

「アリスディーネが引き連れてきた魔物には、ここには居ない魔物がたくさん含まれていました。ですが、今回の敵はあまりにも異質。否。これは最近、問題になったアレかもしれませんな」

「アレ?」


 首を傾げたアトリに、険しい表情で初老教師が囁きました。


「寄生魔物。パラサイト・フェアリーです。つまりこれは魔教の罠ですな」


 子どもの笑顔のある村の雰囲気は相変わらず。

 だというのに、そこに流れる空気が一気に重くなった……そういう確信を得ました。


       ▽

 パラサイト・フェアリー。

 アトリや教師陣であれば、これを討滅することは容易いでしょう。初見殺しな面もあるので数名は教師でも寄生されて死ぬかもしれませんが。


 そこまで脅威ではない、と思いたいところ。


 しかしながら、ここに住民や生徒の安全も加味するならば……ちょっとした厄介です。私の【劣化蘇生薬】も生徒や村人全員分の在庫はありません。

 麻痺しつつありますが、一応は激レアアイテムです。

 私がエリクサーとか容赦なく使うタイプで良かったですよ。普通の人でしたら死蔵させてもおかしくない一品です。


「この領地の当主は死にました。魔物を抑えるために一人で戦い」

 初老教師は難しい顔で言い募ります。

「かつては私の教え子だった。……今、この領地は次の領主を選ぶための権力争いをしています。それは貴族の本能……責めはしませんが困ったものです」

「ボクたちが出る必要がある」

「ですな。さもなくば子どもたちが無闇に死ぬ」


 アトリとて「神様すげえ」と言う村の子どもたちを無駄死にさせたくはないでしょう。かなり邪道寄りとはいえ、彼女も立派に【勇者】スキル持ちですしね。

 学院の価値を証明するためにも。

 ここで負けることはあり得ません。が、生徒たちを逃がすべきかもしれませんね。


「すでに寄生された生徒もいるやもしれません」

「神様が【鑑定】のお力を持っている」

「なるほど。ではお頼みしても?」


 アトリが私を見てきます。

 こくり、と私は上下に移動して首肯の代わりとしました。パラサイト・フェアリーは高レベルの魔物です。ゆえに、私が【鑑定】できない相手が寄生されている可能性が高い。


 我々は村を回りました。

 ……結果は最悪でした。


 村人の大半が寄生されています。アトリに群がっていた子どもたちも、その子どもたちと接していた生徒の一部も寄生されているようですね。

 結果に初老教師の頬がぴくぴくと引き攣っています。


「仕組まれたか……おそらく村人の中に魔教がいますぞ」

「寄生されていない生徒を分ける」


 ここから教師たちとは別行動。

 アトリはヘレンやユピテルの護衛に専念することになりました。いざという時、彼らを【理想のアトリエ】に隔離するべきでしょう。


 まだ「アトリの敵」の規模感が判明しておりません。

 場合によってはアトリが逃げるために【理想のアトリエ】を切る必要があるため、今のうちに避難させてあげることはできませんでした。


 私はあくまでもアトリ優先なのです。


 私が【クリエイト・ダーク】で生み出した仮設住宅。その一室にてアトリや寄生されていない生徒たちが集められています。

 全員の前でアトリは小さな胸を張りました。


「神様がすでに掲示板というお力で報告してくださった。明日には薬が届くだろう」

「そ、その……」


 桃髪縦ロールが控えめに挙手します。その表情にはさすがに恐怖が滲んでおり、不安で不安で仕方がない、という様子です。

 ユピテルを除く他の生徒たちも同じようなものでした。


「私たちは戦うのでしょうか?」

「戦わない。敵はレベル70以上。おまえたちでは殺されるだけ」

「70!?」


 一気に恐怖が伝播します。

 この世界の70レベルといえば上位勢と言って過言ではありません。普通はそこに辿り着くまでに死ぬか、諦めるかするわけですからね。


 怯える生徒たちの前。

 アトリがぶわりと気配を濃くします。その濃密な死の気配に、生徒たちは震えることさえ忘れて呆然とするのみでした。


「ボクがいる」


 それだけでした。

 複雑で厳格な論拠など――不要。

 たったそれだけの言葉で生徒たちは理解したのです。アトリの格は「70レベル」ていどで問題になる物ではない、と。


 今まで生徒たちは抑えたアトリしか知りませんでした。

 これが真実のアトリ……の数歩手前。

 最上の領域に踏み込んだ、死神幼女の片鱗です。


 アトリが気配を抑えると、生徒たちが一気に息を吹き返したかのように呼吸を始めます。落ち着いた様子を感じ、アトリは大きく頷きました。


「すぐに戦いが始まる」


 アトリが呟いた瞬間でした。

 村のほうから一斉に悲鳴が聞こえてきました。私が【クリエイト・ダーク】を解除した先、隔離していたエリアから夥しい量の蔦が暴れ出していました。


「ひいいいい」と叫ぶ生徒たち。

 アトリは大鎌を構え、静かに敵を睨み付けていました。あの中には村の子どもたちもいます。しかし、あの子たちを助けるためには……生徒たちが魔教の危険に晒されます。


 命の取捨選択。


 教師たちも頑張ってはいますが、やはり70レベルの生物は危険なのでしょう。中々に殲滅することができません。

 歯噛みするアトリを見て、私は指示を出すことにしました。


「アトリ、ロゥロを使いましょうか」


 パッとアトリの表情が明るくなりました。

 やっぱり幼女は微笑むに限りますね。彼女の放つ魔力が色濃くなり、パラサイト・フェアリーの群生地のど真ん中に――ぽつねんとぬいぐるみを抱えた少女が出現しました。


 ロゥロが黒で塗り潰された瞳を大きく見開きました。


『がららららららららららららららららららららららららららららら』

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