第183話 正当なる評価

   ▽第百八十三話 正当なる評価

 朝。

 私たちは朝食をいただくべく、食堂にやって来ました。体育館くらいの大きさの施設です。陽当たりは良好。窓ガラスから入り込む朝日が気持ち良いですね。


 子どもたちの食堂なのでコーヒーの香りはしません。


 爽やかなフルーツ系のジュースの香りがします。とてとて歩いてアトリがプレートに食事を乗せていきます。

 ビュッフェ形式ですね。

 アトリならば根こそぎいただけますが自制しているようです。


 それでもアトリが前を向けないレベルの量がプレートを埋め尽くしています。席に着くなり、アトリの近くに子どもたちがわらわらと群がってきました。

 基本的には貴族ですが、平民も多く混じっているようです。


 昨日の教導対決によってアトリの能力は証明されました。

 その上、初老教師が直々に「アトリも正しい」と証言したことにより、アトリの方針に口出ししたり逃げ出す権利を生徒たちは失いました。


 アトリを認めるしかない、ということですよ。


 たった一週間で劣等生を特待生に勝たせた手腕。

 是が非でも自分の力にしたいのでしょう。とはいえ、アトリの教導能力が高いわけではありません。アトリはあくまでも実戦を教え、サクラの方向性にあった戦い方を提案しただけ。


 おそらく、ここにいる全員が実戦を経験し、戦い方を真剣に考え出せばサクラなんて手も足も出させずに倒せることでしょう。

 まあ、サクラの逃走性能は中々ですが。

 その上、戦闘中に話術などで誤魔化す手段もあるようですし。


 意外と侮れないのが桃髪縦ロールでした。


「先生、是非にでも我が領地でも教導をお願いしたく! 元々、我が領地の騎士たちは精強で知られておりますが、アトリ先生が導いてくだされば百人力です!」

「いえいえ、先生。我が領地に食客としてお越しください!」


 子どもたちが「いえいえ」と他家を牽制する中、食道の扉が大きく開け放たれます。ゆっくりと現れたのはユピテル殿下でした。十人ほどの護衛や取り巻きを引き連れ、やはり優雅な足取りでアトリの前に腰掛けました。

 取り巻きが食事を取りに行き、護衛はユピテル殿下の背後にして控えます。


「やあ、アトリ先生。ご機嫌は如何かな」

「悪くない」

「ふむ、それは吉報。ところでアトリ先生、この学校を出てからの展望を伺っても?」

「魔王を倒す。それだけ」


 ユピテル殿下はアトリを引き抜きたいようです。

 まあ、それはそうなるでしょう。アトリほどの戦力は野放しにはできません。魔王への勢力というよりも、他国との交渉に有利になりたい、ということでしょうけれど。


 魔王の脅威を前にして、まだ戦争の懸念が失せないのが人類種の恐ろしいところです。


 まあ、懸念を忘却すれば攻められて滅ぼされます。他者に「愚者であるな」と望むよりは、自分も「愚者」になったほうが合理的なのが世のお辛いところですね。


 現状。

 アトリがもっとも好感を抱いている国は森林国家エルフランドでしょう。あそこは良い人が多かったですし、主要人物たるユークリスや王女殿下がアトリ贔屓です。


 第一フィールドは、アトリが虐待されていた村の国です。

 第三フィールドは、貴族であった何とかと敵対しました。あの国の良いところは魔女がいること、マリエラのギルドマスターが話が解ること……くらいでしょうか。


 ただアトリは魔女と仲が良いので、何処につくかと問われればマリエラかもしれません。


「まあ良いだろう。ただしアトリ先生」

「なに?」

「私は貴女の勝利に貢献した。邪神の使徒たる貴女に負けを許さなかった」


 こくり、とアトリが頷きました。

 アトリとて恩知らずではありません。無茶振りには抵抗しますけれども、さすがに今回の件で借りを作らなかった、と思うほどに浅慮ではないようです。


 アトリの赤い瞳が王子を見つめます。


「なにを求める?」

「……その」小声でユピテル殿下が囁きます。「シヲ殿とのお食事を」


 この王子。

 アトリを引き抜きたい理由が他と違う気がします。


 ともあれ、アトリは学院にて今まで以上に一目置かれることになりました。


       ▽

 食事が終われば授業の時間となります。

 本来、アトリが担当する授業は一時間目です。が、彼女の指導を受けた生徒たちは動けなくなってしまうので、学院上層部が一日の終わりの授業に変更してくれました。


 グラウンドにてアトリが全生徒たちと対峙します。


 ……おかっぱ頭はグラウンドの端っこのほうで浮かんでいます。色々と垂れ流しです。が、出すモノもなくなって落ち着いたようです。


 それを除いた生徒たちが、各々の武器を手にして緊張しているようです。


「戦闘は簡単。先に殺したほうが勝ちで、死ななければ負けない」


 ぐるぐるした目で生徒たちを睥睨します。


「神は言っている。最後に立っている者が強い」

「あのアトリ先生」


 と手を挙げるのは桃髪縦ロールです。かつて洗脳されたことによって評価を著しく下げた彼女ですけれど、アトリの下についたことによって評価を上げました。

 むしろ、洗脳以前よりも高く評価されています。

 勝ち馬に乗った……というよりも勝ち馬に成り上がった感があります。


 アトリに意見を言えるのも桃髪縦ロールくらいのもの。

 だって他の生徒は基本的にアトリと距離があります。もっとも困っている時に手を貸した桃髪縦ロールのことは、アトリも一定以上の好感を抱いているようです。


 ちなみに桃髪縦ロールは商家の娘らしく「あれ、意外とアトリ先生ってちょろい?」と思っている感じがあります。ちょっとくらいでしたら利用してくれて構いませんが、限度を超えれば私が口出ししましょう。

 最低限、商家としてギブアンドテイクの法則も弁えているので大丈夫でしょうけれど。


「どうやったらアトリ先生を相手に立っていられますか?」

「それを考える授業。ボクは手加減している。気持ちがあれば倒れない」

「勝ち方や戦い方のアドバイスってもらえますか?」

「ボクは教師。求めるならやる」

「では、この後おねがいします」


 桃髪縦ロールの言葉を聞き、子どもたちも「我も我も」と手を挙げます。中々に健全な授業体制に移行してきましたね。

 あの初老教師の手柄でしょう。


 そして「アドバイス」の約束を取り付けた桃髪縦ロールの評価がまた上がります。


 評価されるべき人が評価されてきている感がありますね。

 ただし、相変わらずヘレンは孤立しています。アトリ側に立っておきながら、まったく何もできずに敗北した無才の少女。


 サクラやユピテルのように「アトリ側だった」ことを有効利用できない。


 まあ、そういうことを教えてくれる家族が亡くなっているのです。子どもに求めるのには、あまりにも酷でしょう。

 貴族に求めるなら落第でしょうけれど。


「では」

 アトリが言います。「授業を始める」


 数十秒後、すべての生徒が地になぎ倒されていました。

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