第182話 意外な勝利
▽第百八十二話 意外な勝利
初戦はユピテル殿下の勝利で、アトリ側の一勝。
二回戦はヘレンの敗北により、初老教師側の一勝。
ヘレンは酷い負け方でしたね。
ただし、アトリだけはヘレンを少し見直したようです。負けが確定するその瞬間まで、ヘレンは武器を手放しませんでした。足を潰されても、頭が潰されても。
アトリが頷きました。
「次で最後」
初老教師とアトリとの生徒教導決闘。
いよいよ最終戦が始まろうとしています。しかしながら、周囲の生徒たちはすでに興味を失いつつあるようです。
理由は明白。
最終試合のメンツが所以です。
片や戦闘特待生であるおかっぱ頭くん。彼は平民ながらに《アルビュート王立戦闘学園》に入学を許された人物でした。
片や非戦闘員の貴族少女。
しかも、その少女は正規の教師たる初老教師ではなく、アトリという子どもに教えられただけの人物でした。
私はアトリを信頼しています。
ですから、この勝負が五分になり得ると見ていますけれど……他の生徒たちからすれば「決着の見えている戦い」なのでしょうね。
おかっぱ頭が凶暴ににやけます。
大振りな杖を握り締め、露骨に見下した目を対戦相手たる桃髪縦ロールに向けます。
「サクラ……とりあえず痛めつけて殺してやるよ。アトリなんかに手を貸した罰だ」
「……」
「怖いか? そうだよな。俺みたいなフリーの強者を敵に回したんだ。お前の家も頭を抱えただろうぜ! しかも、お前は洗脳されて学院の名前に傷をつけた。役立たずなんだよ」
「あのさ」
桃髪縦ロールはおかっぱ頭に優しく微笑みます。
「私の家って貴族だけど、メインは商家。貴族と商人、両方の良いところを持った家なわけ。あんたていどに
「……」
おかっぱ頭が意表を突かれたかのように、目を白黒とさせました。
桃髪縦ロールはまだ子どもです。少女です。ですが、その魂は根っこの部分から生粋の貴族。平民とは異なる雰囲気で、サクラは威圧するように語ります。
「この学院で私は馬鹿にされても仕方がない。けど、誰も……あんた以外は誰も『私の家』は馬鹿にできないし、しなかった。怖いだと? リリーマインドがお前ていどを敵に回して怖いだと? そういうところがあんたが『才能あるだけの平民』でしかあれない理由だよ」
「うるさい!」
「最初に無駄口を叩いたの、そっちだよね?」
「殺す!」
初老の教師が魔道具を貼るよりも早く、おかっぱ頭が【業火魔法】を放ちました。火魔法の上位魔法たる【業火魔法】を生まれつき手に入れた、才能の少年。
放たれるは豪速の業火。
生徒たちが悲鳴をあげます。まだ魔道具が起動していないからです。
教師さえも動揺する中、アトリだけが冷静に呟きます。
「避けろ」
「はい! アトリ先生!」
咄嗟に桃髪縦ロールが横に飛びます。アトリやセックの猛攻に比べれば、おかっぱ頭は「魔法を放っただけ」でしかありません。
的に当てるのは得意なのでしょう。
ですが、実戦と的当てはまったく異なります。実戦レベルの訓練を積み上げた桃髪縦ロールにとって、その魔法攻撃は――つまらない。
メラメラと熱気を感じさせる一撃は、虚空を貫くのみ。
魔法を連打するおかっぱ頭は、自分の魔法によって上昇した気温で汗だくです。
「【アクア・ニードル】!」
桃髪縦ロールが叫びます。
すると、おかっぱ頭は警戒したように足元を睨み付けました。ですが、まだ桃髪縦ロールは【逃走術】を発揮しながら魔法を使える次元にありません。
つまり、おかっぱ頭は騙された。
サクラが使ったのは魔法ではなく――【話術】と【詐欺術】。
「――当たれ!」
桃髪縦ロールが腕に貼り付けた仕込みクロスボウの引き金を絞ります。
スパン、という音とともにおかっぱ頭の腹部に矢が突き刺さりました。衝撃で吹き飛ばされ、おかっぱ頭が地を転がる中、死神幼女が叫びます。
「魔道具!」
「……そうですな」
初老教師が慌てたように魔道具を起動します。
直後、桃髪縦ロールが放った【アクア・ニードル】により、おかっぱ頭の頭部が真下から串刺しにされていました。
びくん、とおかっぱ頭の肉体が跳ねます。
じんわり、と頭部がおねしょをしたかのように赤い液体が地面へ広がっていきます。
「これまで」
初老教師が告げ、魔道具の効果が発動されました。
▽
全生徒が言葉を失っていました。
劣等生筆頭だったはずの桃髪縦ロール――サクラ・リリーマインドが特待生であるおかっぱ頭に勝利したからです。
その結果はあまりにも過激にして、劇薬。
劣等生がたった一週間の訓練で……特待生に勝ててしまう異常事態。誰もが勝者であるサクラではなく、幼いアトリを信じられない瞳で見つめていました。
「……」
痛々しいほどの沈黙。
この要因は勝敗だけではなく、おかっぱ頭が「サクラを殺しにかかった」ことも要因となるでしょう。
強い平民生徒はチヤホヤするのが校風です。
しかし、頭がおかしい平民は味方に引き入れるリスクのほうが上回ってしまいます。今回の暴走にておかっぱ頭の将来は暗くなったことでしょう。たったの一ミスさえも許さぬのが貴族の社会構造となっております。
立ち上がったおかっぱ頭は状況に置いて行かれたようです。けれど、彼とて学院で教育を受けている生徒の一人。
瞬時に状況を理解し、表情をサッと青くしていきます。
まあ、当然ですよね。
強いから、特別だから平民でも生徒になれているわけです。その彼が落ちこぼれたる貴族にも勝てないと証明してしまいました。
おわり。
この三文字が少年の脳裏を激しく駆け回っていることでしょう。
「ふ」
おかっぱ頭が声をもらします。
「ふざけるなあああ! 無効だ無効だ! 仕込み武器を使うなんてズルい! その女は弓も暗器のスキルも持ってねえだろうが! 俺には【業火魔法】があるんだぞ!」
絶叫しておかっぱ頭が全身に炎を纏います。
それは【業火魔法】のひとつ【炎鬼纏い】でした。炎で自傷ダメージを受ける代わり、放つ魔法の火力を上昇させるアーツです。
あと近づいた敵を燃やせます。
その魔法を発動して、おかっぱ頭が桃髪縦ロールに魔法を放とうとします。
ですが、それよりも初老教師の風のほうが早かったようです。一瞬でおかっぱ頭は両手両足を砕かれ、地面に風で抑えつけられていました。
こつん、と初老教師が杖で地面を叩きます。
「一週間、貴方には礼節を教えました」
「そうだ! あんたが俺を強くしなかったから負けた!」
「【業火魔法】があって負けたのは貴方の驕りが原因でしょう。ですが、礼節さえあれば貴方は負けても構わなかった。敵が貴族ですからな。貴方の敗因は上手く負けることさえできなかったこと」
「ぐっ、そんなこと……」
「そんなこと強ければ問題ない。弱い貴方が口にして都合の良いことはないでしょうな」
泣き喚くおかっぱ頭。
彼は支離滅裂なことを叫び、折られた腕を振り回しました。
「駄目だ駄目だ駄目だ! 俺には故郷に家族がいるんだ! こんなところで退学になったら……ごめんなさいごめんなさあい! 退学は無理なんです! 俺が養わないと……」
「ふむ」
初老の教師が何かを使い、おかっぱ頭の肉体を回復させました。すると、許されたと思ったおかっぱ頭がニタリと嗤いました。
が、初老教師の魔法は続けられます。
「反省なさい」
おかっぱ頭の肉体が宙を舞います。そして、かなり上空の位置で固定されてしまいました。ばたばた、とおかっぱ頭が両足を振り回しています。
「一週間、そこで耐えなさい。見世物としてね。糞尿はちゃんと始末する召喚術士がいるのでね、自由にしたまえ。食事はまあ……ステータスはそこそこあるのです。耐えなさい」
「――!」
「残念ながら貴方は貴族ではない。心が折れようとも民は飢えぬし困らぬのです。生徒の才を奪いかねない狼藉ですが、もはや牙を抜くしかあるまいよ。さもなくば、そちらのほうが未来がない」
さて、と初老教師がアトリと向き直ります。
高い身長からの見下すような視線。負けたという事実ながら、初老教師には敗者の雰囲気は感じられませんでした。
「今回の決闘は私の敗北ですな、アトリ先生。教師を続けられるがよろしい」
「言われるまでもない」
「しかしアトリ先生。貴女のやり方は無闇に敵を作る。賢いやり方とは思えませんな。平民は貴族に守られるべき……さらに言えば利用すべきだ。もっと上手く生きることです。そして面倒を減らすように配慮を覚えるのです。獣に成り下がりたくなければ」
「?」
首を傾げるアトリ。
初老教師は幼女に背を向け、大きく手を広げて宣言しました。
「アトリ先生は勝利なされた。この私の名に於いて、アルビュート王立戦闘学院の教師の名に於いて、アトリ先生の正当性は担保されたと心得よ」
教師として相応しい、威厳と迫力のある声でした。さらに。
「生徒諸君。これは好機である。諸君は最上の領域たるゴース・ロシューの生徒であり、また最上の領域・《死神》のアトリに訓練をつけてもらった。これが貴族社会でどういう【力】を持つのかを理解して授業を受けるように。この功績は戦場をひとつ駆け抜けたに等しい実績たり得る。上手くアトリ先生を利用するように。以上である!」
言って初老教師は風魔法で飛び去りました。
呆然とする生徒とアトリ。
取り残された私は初老教師への評価を上方修正せざるを得ませんでした。あの教師が色々やってくれたお陰で、アトリのこの学園での立ち位置は目に見えて改善されることでしょう。
教えるのも明らかに楽になるでしょうし、授業の質も一気に引き上げられることでしょう。
あの教師にとって、アトリは一人の生徒だったようです。
そしてあのおかっぱ頭も。
まあ、後者については差し伸ばされた手を振り払った形のようですけれど。
「どのような劣等生にも手を伸ばしてチャンスを与える。良い教師というのは大変ですねえ」
天才たる私やアトリからすれば、その平等はとても枷じみています。ですが、その鎖や枷によって支えられている人物が多いのもまた事実でした。
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