第181話 生徒の決闘

     ▽第百八十一話 生徒の決闘

 約束の日から一週間後の本日。


 グラウンドにてアトリと初老の教師とが向き合っています。初老の教師の背後にはたくさんの生徒が控えており、アトリの後ろにはユピテル、サクラ、不機嫌そうなヘレンのみでした。

 やや緊張を孕んだ空気が、両者の間だを吹き抜けていきます。

 殺気を隠そうともしないアトリに、初老の教師は口端を歪めます。


 さすがはアルビュート戦闘学園の教師、というべきでしょう。


 全力のアトリの殺意を受け止め、それでもなお笑えるのですから。実力では遠く及ばないようですが、メンタルに於いては一級なのでしょう。

 初老教師が言います。


「よくぞ逃げなかったな、アトリ先生」

「ボクが逃げる理由はない」

「ふむ……最上の領域にあるのだ。あらゆる苦難はすでに退けてきましたか。負けることなどいまさら恐れぬ、ということかね」

「ボクは負けない」

「よろしい」


 初老の教師は杖でこつん、と大地を突きます。

 ぶわり、と風が舞い、独特な雰囲気を帯びました。


「貴族とは。力を持つ者。断じて負けぬ者……アトリ先生、貴女の教育は間違っている。少なくとも……貴族に教える教師としては」

「どうでも良い。ボクは生徒を強くするだけ」

「戦士として強くなってどうする。貴族の敗北は傷で、怪我で、将来を壊しかねん。一つの挫折で貴族は歪む。貴族が歪めば民が苦しむ」


 一般的な教育でしたらば、負け方も教えるべきなのでしょう。

 ですが、リアル貴族教育社会であるこの世界では「負けさせるような教育」自体がミス。負けたら貴族ではない、という社会構造。


 負けない教育なのでしょう。


 アトリや私、現代人にとっては些細な敗北でも……貴族的には「あり得ない」のかもしれません。貴族という生き方は私たち一般人からすれば別種の生き方です。

 けれど、そのようなことを慮ってやる義理もなく。

 まあ教師としては生徒を慮らねばいけませんけれど、所詮はゲームですしね。


 貴族が勝たねばならぬなら、今からの決闘で勝てば良いだけのこと。


 とはいえ。

 決闘前に「決闘の意味」を確認する意義は理解できます。

 アトリもこくりと頷いて、いつもであれば大鎌を構える場面で下がりました。前に出るのは異質な存在感を放つ……少年。


 ユピテル殿下でした。


 美しい黄金の頭髪を優美に撫でつけ、ふと流し目で……離れた位置で待機するシヲを見やりました。

 うっすら頬を朱色に染めています。


 アトリが睨めば、王子は咳払いで誤魔化しました。初老教師と向き合います。


「苦労をかけた。俺も王族として……お前の味方をしたい。が、調整役でもあるのでな。ここでアトリ先生の不興を買う負け方はさせられぬ」

「ご配慮、ありがたき幸せにございます」

「うむ。俺の敵を」


 前に出てきたのは、アトリのクラスメイトの一人でした。アトリの授業から逃げ出した生徒の一人ではありますが、その実力だけで言えば中々のモノです。

 スキル構成がかなり良い感じなのですよね。

 全部が噛み合った戦闘系。


 対するユピテル殿下はひとつ【軍団指揮】という決闘に役立たないスキルがあります。


 それでもユピテル殿下は表情を変えず、静かに剣を構えました。王族というだけあり、彼が持つ剣は十分に名剣と呼ばれる領域にあるようです。

 が、その効果は防御向き。

 死なないため、の武器のようでした。


「では」

 と初老の教師がグラウンドに備え付けられた魔道具を起動します。

 その効果は「範囲内でのセーブ&ロード」です。つまり、ここで死んだとしても魔道具が解除さされば死が掻き消えるのです。


 かなり凄まじい魔道具ですが、この土地でしか使えません。

 特殊な条件があるようですね。また、MP消費も大きいために何十と連発することは不可能。この世界では決闘する場所に設置される傾向にあるようです。


 貴重なので何個もない、というのも理由ですけれど。


「勝負、始めっ!」


       ▽

 第一試合はユピテル殿下の圧勝でした。

 そもそも地力が違ったようです。アトリが訓練をつけるまでもなく、高次元の統合進化スキルによる剣技と魔法、武器の質によって圧勝でした。


 また、ユピテル殿下はアトリの授業もサボっていません。


 さらにさらに、私からの「創造性」の授業によって水の操作力も爆増。どうやらシヲの動きを盗み見ていたようで、水を触手のように変化させて、敵を拘束することも可能になったみたいですよ。


 危なげのない勝利でした。


「次はわたしね……」


 険しい表情のヘレンが前に出ました。

 その手に握られているのは学園が無料で貸し出している木刀です。無論、大した効果はなく、精々が【疲労軽減】のスキルがついているていど。


 実戦で使う想定のされていない剣です。


 それを見たヘレンの対戦相手はニマニマと笑います。一応、彼女はアトリとヘレンのクラスメイトなのですけれど、その表情を見やる限り、友好の二文字は存在しないようです。

 敵の女の子が言い放ちます。


「あらヘレン様。ずいぶんとご立派な剣をお持ちですのね?」

「……」

「うふふ、ご両親は倹約家であらせられるのかしら? 大事なご子女にそのような訓練道具しか渡さないなんて。ああ、ごめんあそばせ? ヘレン様のご両親はすでに……うふふ」

「……」


 くだらぬ挑発でした。

 とても性格の悪い敵ですけれど、決闘前の舌戦もまた決闘のうち。私やアトリが口を出せる場面ではありません。


 むしろ、言い返さないヘレンのほうが決闘に真剣でない、と言えるかもしれませんね。


 ヘレンは完全に無視をして木刀をぎりぎりと握り締めています。強く握り締めるあまり手の色が変化しています。

 相変わらず過剰なまでの努力が見られる、傷だらけの手。


「では」

 アトリがMPをチャージした魔道具にて、初老の教師が決闘の準備を終えました。

「決闘、始めっ!」


 最初に動き出したのはヘレンでした。

 なんの技術も経験も研鑽も感じさせない、愚直な踏み込み。


 それに対して敵の女の子は後ろにバックステップを踏んで、ポケットから大量の何かを捨てていきます。

 それはまきびしでした。

 柔な靴なら突破できるレベルの、高価なまきびしです。


「くっ、こんなもの!」


 数個を踏み抜き、ヘレンはあっという間に機動力を奪われています。罠地帯を迂回しようにも、すでに敵の女の子は詠唱を済ませています。


 敵の手には土色の光。

 少女の手の振りに合わせて、魔法が綺麗に発動しました。


「大地魔法【アース・プレス】!」


 ヘレンの左右から壁が隆起し、二つの壁が出現します。それは一瞬のうちに蚊を叩き潰す手の如く重ね合わされました。

 ぐちゃり、という肉の潰れる音。

 咄嗟に離脱しようとしたヘレンは、その右足を岩壁に挟まれて潰されたのです。真っ赤な鮮血がじわりと染みとして広がってきます。


 ヘレンが涙を流し、大絶叫をあげました。


「ぎゃあああああああああああああ!」

「大地魔法【アース・ピアス】!!」


 動けなくなったヘレンは、剣を振るうことも許されずに岩の弾丸で頭を潰されました。……圧倒的な敗北です。

 勝者たる敵の女の子は、嬉しそうに万歳をしていました。


「これまで」と初老の教師が宣言します。


 魔道具が解除されます。

 壊れた地形も元通りに回帰し、ばらまかれた罠も消え失せます。服に付着した土埃も、何もかも、人の命さえも元通り。


「……あ、う」


 無傷のヘレンは呆然と木刀を握り締めたままに立ち尽くしていました。ですが、最後には耐えきれずに木刀を取り落とし、その場にて蹲ってしまいます。

 無言ながらに、泣いていることが察知できました。


 一週間の血の滲む努力……ていどでは埋められない、絶対のスペック差。


 どうしようもない壁を前に、幼いヘレンの心は木っ端微塵にへし折れました。初老の教師が懸念していた「折れる貴族」というやつです。

 貴族の子どもだったはずの娘は、今、ただの子どもに成り下がって泣いていました。


 その様を子どもたちはゲラゲラと嘲笑います。

 負けた貴族は貴族ではない。

 弱い貴族は貴族ではない。


 ヘレンが真に貴族だったのならば、この負けを負けとして処理することはなかったでしょう。てきとーに言い訳でも作るなり何なりして、「この敗北を何らかの利益」に転じさせて勝利とすることもできたはずなのです。


 それができないなら、貴族ではない。


 ヘレンはそれをやらなかった。

 地道な努力なんて無駄なことに時間を費やし、貴族として勝つことを投げ出した。

 目を逸らした。

 それが今のヘレンでした。

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