第180話 ヘレンの事情

   ▽第百八十話 ヘレンの事情

 私がログインしますれば、メイド服を纏ったアトリが待機していました。彼女はど下手なウインクを披露すると、ルルティアみたいにぶりっ子じみたポーズをします。


「お帰りなさいませご主人様」

「……どうしましたか、アトリ?」

「……話が違う」


 仮面を外して改造制服に戻ったアトリは、後ろで待機していた桃髪縦ロールを睨み付けました。

 桃髪縦ロールは首を大きく傾げました。


「あれ? こうすれば高貴な男性はイチコロと聞きましたが……」

「神様はお喜びになっていない……」

「もう少しお胸が大きな大人の女性でなくてはいけないのかもしれませんね」

「それは違う。ボクは神様のお気に入り」


 む、と不機嫌そうになるアトリ。

 どうやら桃髪縦ロールに入れ知恵されたようです。まあ、可愛くはありましたが……いきなりですからね。


 時は休憩時間。

 すぐに授業が始まりました。


 今回の教師は、今度生徒同士を戦わせる予定の初老教師でした。彼は黒板に文字をいくつか書き入れていきます。


「このようにスキルやアーツ以外にも、この世界には様々な戦う方法が存在している。外技、崩技、合技……などなど。今回の授業で取り扱うのは崩技である」


 見ていたまえ、と初老の教師は窓からグラウンドに飛び降りました。そして、何かをした瞬間、凄まじい勢いで雲の上にまでジャンプしていました。

 魔法でゆっくりと大地に降下し、窓から教室に帰還します。


「今のが崩技のひとつだ」


 初老教師の話を要約すればバグ技です。

 特定の行動と特定の行動を合わせることにより、意味不明の挙動を行うテクニックのようでした。


「これは基本、使うモノではない。が、使われた時に対策ができるように備えておくように。有名なモノでは【絶界】というものがあり……」


【絶界】はヨヨが使っていた技です。

 圧倒的な敏捷値を使い、あえて歩くことによって動きと速度にギャップを生み出して、相手の知覚能力を破壊するテクニックのようでした。


 初老の教師は嫌味なヒトですが、生徒を差別することはありません。

 しっかりとアトリにも授業してくれるようでした。あくまでも教育方針が対立しているだけで、初老の教師も敵というわけではありませんからね。


 授業はつつがなく終わりました。


       ▽

 放課後がやって来ればヘレンたちがグラウンドに集まってきます。

 ちなみにロゥロのスペックテストはまだ許可が下りません。暴れる危険生物を生徒たちがいるグラウンドに放つわけにはいかない、ということらしいです。


 理想のアトリエで試したいですが、今は護衛任務の真っ最中。


 避難先としても優秀な【理想のアトリエ】を無駄遣いできません。


「……サクラは?」

「知らないです。それよりも早く授業を。素振りはもう良いでしょ?」

「駄目」


 ヘレンはもっぱらシヲと打ち合いをします。

 ですが、ヘレンではシヲの防御を抜くことができず、スキルレベルが上昇しません。ゆえに素振りによってちょっとずつスキルレベルを上げているわけですね。


 アトリはヘレンに「毎日五時間以上の素振り」を課しています。


 ヘレンは不服そうです。

 アトリを睨み付けます。


「先生、わたしは本当にコレで強者になれるんですか?」

「なれない」

「!」


 目を見開いたヘレンは、一瞬だけ困惑した後、憤怒を身に湛えました。掴みかかろうとはしません。かつておかっぱ頭くんがやられたことや教師からの忠告が耳に残っていたのでしょう。


 ですが、仮にアトリが弱ければ襲いかかっていたであろうレベルの激怒です。


 ヘレンが木刀を地面に投げ捨てます。

 グリップの部分が手の形に歪んで、潰れたマメの血色が滲んでいます。《スゴ》のステータス補正により、彼女の耐久は常人を越えています。

 その彼女が血だらけになるほどの訓練。

 アトリが課した「五時間の素振り」を遙かに超えて訓練している証左。


「わたしは強くなれると思って訓練してもらっています。違うなら自主練に戻ります」

「それは許さない」

「っ、なんでなのよ!」


 拳を握り締めたヘレンは、ギリギリと歯を食いしばりました。鋭い瞳はアトリを睨んでいるようでいて、その実、もっと遠くを見つめているようでした。

 ヘレンの瞳が揺れます。


「誰よりも努力してるのに……どうして強くなれないの」

「努力に負けるていどの者を天才とは呼ばない」

「……」


 ヘレンは努力家でしょう。

 魔法が使えないのに、魔法系のスキルばかり取得させられた可愛そうなNPC。それでもようやく手に入れた【剣術】スキルを、地道な素振りによって細々とレベル上げしています。


 手はボロボロ。

 回復魔法を受けて治療しないのは、感覚が代わってしまうから……という理由のようです。基本的に「スキルを獲れば強くなれる」この世界では、ヘレンの努力は人並み外れていると評してよろしいでしょう。


 ですが、それだけ。


 結局、恵まれたスキル構成の人物には勝てません。

 それが世界のルールとなっております。凡人が天才に勝とうというのならば、努力するのは「前提」であり、追いついたり追い越すためではなく、差を広げられないための抵抗でしかありません。


 勝つためには……もっと別の手段が必要なのです。

 劇的な、なにかが。


「当日、お前にはこれを渡す」

「なんですか……それ」


 それは白く美しい……木剣でした。


 もちろん、セックとシヲ、私がチームを組んで世界樹素材で作った武器です。改良に改良を重ね、何度も作り直した強い木剣ですよ。

 ステータスを表示しましょう。


魔剣【世界樹の改造枝剣】 レア度【クリエイト・レジェンド】

レベル【93】

攻撃力【930】耐久【465】

耐久度【1000】

スキル【魔力変換・攻】【魔力変換・防】【刀身変化】【攻撃力上昇・小】


 かなり強い武器です。

 レア素材を注ぎ込んだだけありますね。まあ、ヘレンのために作ったのではなく、余った素材でシヲとセックが遊んだ結果なのですが……


 ヘレンのステータスに合致した武器となっております。

 彼女の無駄に高い【魔法攻撃力】が【攻撃力】や【耐久】に影響するようになります。【魔法攻撃力】の半分の値くらいが加算されるようです。


 これを使えば……生徒なんて一蹴できることでしょう。

 決闘で「装備」の決まりはありませんでしたからね。自由にさせてもらいます。他にも余った装備を渡そうとして……ヘレンは我々に背を向けます。


「侮辱だわ。ルトゥールを舐めないで!」


 そう叫んでヘレンは行ってしまいました。

 取り残されたアトリは首を傾げています。アトリより年上ではありますが、ヘレンはまだ幼い女の子です。とても難しい年頃ですね。


 不思議そうにアトリが呟きました。


「……? 使いこなせば、自分の力なのに」

「納得できないお年頃でしょうかね。子どもですし」

「ボクもああなるです……か?」

「大丈夫ですよ」


 アトリは【神器】に適合しても、それをすぐさま使いこなしました。それは様々な要因が働きましたが、もっとも大きいのは「素振り」の影響です。

 スキルやステータスを御する訓練を続けた成果でした。

 ステータスを強化して動くなら、重要なのは実戦経験の前に基礎力。


 ……まあ、装備頼りはヘレンのお気に召さなかったようですが。


 かつて私は「筆を選ぶことも実力のうち」的なことを言いました。ですが、あまりにも「弘法筆を選ばず」が綺麗な言葉すぎて、うっかり信じたくなっちゃいますよね。

 逃げ出すヘレンと擦れ違うのは、汗だくのサクラ(桃髪縦ロール)でした。

 彼女は擦れ違ったヘレンに首を傾げています。


「どうしたんですか、アトリ先生?」

「急に逃げた」

「ヘレン様が訓練から逃げる……?」


 信じがたい、という目をする桃髪縦ロール。あらかじめ集合していたユピテル王子は「やれやれ」と溜息を吐きます。


「ヘレン嬢はかつて自身を狙う刺客により、家族を殺されてしまっている。ゆえに彼女は誰よりも貪欲に強くなりたがっているのさ。無能と馬鹿にされても挫けられないほどに、ね」


 ある意味。

 アトリとは真逆の存在かもしれませんね。

 家族を殺すために力を求めたアトリ。

 家族を殺されたがために力を求めるヘレン。


 結果は同じでも……前提が違えばここまで擦れ違ってしまえるようでした。結局、最後の日までヘレンは訓練に現れませんでした。

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