第177話 教師同士の争い

   ▽第百七十七話 教師同士の争い

 アトリが教師としての役目を果たしました。

 つまり、グラウンドは死屍累々……ということでした。思ったよりも頑張ったのは、魔法が使えないことで有名なヘレンくらいでしょう。


 執拗なタッチを喰らい、気絶寸前まで弱っても、ヘレンは歯を食いしばって立ち上がります。ぜえぜえ、と肩で息をしながらも、その視線だけは強くアトリを睨み付けています。

 手には木刀。

 どうやらヘレンは【剣術】スキルでも持っているのでしょう。


「うしろ」

「!?」


 アトリはいつの間にかヘレンの後ろに立ち、その背中に強くタッチをぶつけます。ふらつきながらも、ヘレンはバックハンドで木刀を振るいます。

 が、剣は虚空を裂くばかり。

 アトリは元いた位置で、徒手空拳を見せびらかしています。


 ヘレンが木刀を振ります。

「【ショット・スラッシュ】!」


 斬撃を飛ばすタイプの【剣術】アーツでした。

 ですが、それをアトリは身を曲げるだけで回避してしまいます。ヘレンは諦めることなく、同じアーツを無数に放ってきます。


 攻撃ごとに角度を変えるくらいの工夫は見受けられます。

 ですが、アトリクラスには意味のない工夫でした。すべてを回避したアトリは、深紅の瞳でジッとヘレンを見つめました。


「それくらいでは倒せない。頭を使うのだ……」

「うっさい!」

「この場には味方がたくさんいる。一緒に動くか、利用すれば良い」

「しないわよ! ルトゥール家は誰にも阿らない! 誰も利用しない! そんな薄汚く生きる気はさらさらないわ!」


 だったら、とアトリがヘレンの頭にタッチします。

 ステータス差によってヘレンは地面に倒れ、やがて動く体力もなくして立ち上がれなくなりました。


「だったらもっと強くなるのだ」

「くっ」

「全員、早く立て」


 アトリが恐怖を放ち、強制的に泣いている生徒たちを立たせようとした時でした。空から一人の初老男性が降りてきました。


 学者の魔法使いってこの登場好きですね。

 全身から風を放つのは、嫌みったらしいにやけ面の初老男性でした。


 たしか戦闘教師の一人でしたね。


「アトリ先生、やり過ぎですよ」

「立たねば死ぬだけ」

「ふん、これだから戦闘上がりは教師としては信用ならぬ。我々のような貴族は戦うことが仕事ではないのだ。強さなど最低限あればよろしい。このようなボロボロになってまで戦う理由があるのかね。戦うだけの力など無意味ですよ」

「だから?」

「勘違いなされているなアトリ先生。ここに必要なのは教師であり、冒険者ギルドの教官ではない。生徒を戦えるようにするのが教師である。まだ幼い生徒たちは強くなる段階にさえ至ってはおらんのだ」

「悠長なことを言っていれば死ぬだけ」


 鼻で嗤い、教師がアトリの前に立ちます。

 初老ながらに背の高い男性です。完全に物理的に上からアトリを見下ろします。


「勝負と行きましょう、アトリ先生」

「勝負? ボクがお前に負けるわけがない」


 やや警戒したようにアトリは言います。

 今や最上の領域にあるアトリです。普通にやって負けるわけがありません。如何に戦闘学園の教師が優秀であろうとも、です。


 ただし、この世界には固有スキルがありますからね。

 状況によってはアトリの敗北は十分にあり得てしまいます。ここで警戒しないのは、あまりにも酷い油断と言えるでしょう。


 その点、アトリはしっかり警戒できたので合格ですね。


 初老の教師が言います。


「ハッキリ言って迷惑しているのです。……一部の生徒が泣きついてきましてな。これ以上、アトリ先生の授業は受けたくない、とね」

「邪神ネロ様は自由を許容する。出たくなければ出なければ良い」

「貴族はそういうわけにもいかんでしょう。まったく、貴族という生き方を理解しておらんのは困りものだ。ここは平民も歓迎しているが、原則としては貴族の学園なのだ」


 やれやれ、と首を振る初老教師。

 初老教師は髭を手で弄びながら、アトリに向けて嗤いました。


「決闘にて今後について語り合いましょうぞ。さて最上の領域にある貴女と私とでは、勝負にはならんでしょう。ゆえに、我々は自分の生徒同士を戦わせることにしましょう」

「生徒を?」

「そうです。我々は戦士ではなく、ここにいる限りは教師なのですからな。もっとも重要な能力は強さではなく教導でしょうな」


 初老教師の言うことは間違っている、とは断言できません。

 ある側面では正解であり、アトリや私の側面では違う……という感じでしょう。ならば本ゲームのルールに従い、強さで以て雌雄を決するべきです。


 そして教師の雌雄は、教える力で決めるべきでした。


「どうしました、アトリ先生」初老教師がニタニタ言います。「邪神の使徒とやらは逃げるのですかな?」

「逃げない」

「ならば、正々堂々尋常に勝負といたしましょう。生徒をそうですな……三人ほど選んで戦わせましょう。一週間後にね」

「解った」

「よろしい」


 初老教師が指を鳴らせば、三名の生徒がふらつきながら初老教師の後ろに立ちました。一人はアトリに鼻を潰されたおかっぱ頭、あとの二人はアトリのクラスメイトでしたね。

 おかっぱ頭は嫌らしい顔でアトリを睨んでいます。

 その表情は勝利を確信しているようでした。


「私はこの三人を選びましょう。アトリ先生はどうなさいます?」

「む」


 アトリが周囲を見渡せば、全生徒がサッと目をそらします。彼らはアトリを高く評価していますけれど、あまりものスパルタ教育で「恐怖」してしまっているようでした。

 なるべく近づきたくない、という段階になっているようです。

 リトル貴族といえども、恐怖を抑えてまで貴族ムーブできる人は少ないのでしょう。


 あと単純にアトリは「臨時教師」という面もございます。それに対して初老教師は「今後もお世話になる貴族の先生」でした。

 今、優先すべきは初老教師に違いありません。


 生徒たちの態度は正しい、と言わざるを得ないでしょう。


「はいはいはいはーい!」


 そのような中、とある生徒が手を上げました。

 桃髪縦ロールでした。

 彼女は先日、魔教の手下として動いていた子です。ですが、どうやら彼女は魔教に何かされて操られていたとのこと。


 あらゆる手段で調べ、彼女の潔白は証明されています。潔白桃縦ロールは、その豊かな桃髪を揺らして歩み寄ってきます。


「はいはいアトリ先生! 前にご迷惑をおかけしたので力をお貸します!」

「解った。お前を使う」

「はい!」と桃髪縦ロールははにかみました。


 ただし、そのはにかみは無理矢理でした。

 今の桃色縦ロールは立場がよくありません。貴族ながらに「敵に洗脳されて利敵行為を学園で行った」罪は重いのです。

 ここでアトリに恩を売っておくくらいをせねば、家が許さぬのかもしれません。


「わたしも協力しようかしら」

 と。

 手を上げたのは護衛対象たるヘレンでした。彼女は難しい顔をしています。そっぽを向きながら、低い声で続けます。

「わたしはアトリ先生の教育方法が間違っているとは思わない。辞められては困るのよ」


 アトリに力を貸してくれるのは、桃色縦ロールとヘレンです。

 あと一人。

 てきとーに指名しても良いのですが、手を抜かれても困ります。


 んー、とアトリが悩む中、子どもの群れから一人の少年が歩み出しました。美しい金髪の少年でした。

 驚くほどに気品のある男児です。


「俺が出よう。良いな」

 と少年は柔らかな笑みで周囲を見回しました。


 私が【鑑定】をしてみれば、その名が判明します。


名前【ユピテル・フォース】 性別【男性】

 レベル【47】 種族【ハイ・ヒューマン】 ジョブ【魔剣士】

 生産【木工73】

 スキル【回避補正】【軍団指揮55】

    【清流剣43】【観察65】

 ステータス 攻撃【376】 魔法攻撃【376】

       耐久【235】 敏捷【235】

       幸運【282】

称号【ヒトの王子】

固有スキル【剣魔一体オールレンジ


 かなり強いですね。

 もちろん、アトリに比べれば有象無象のために授業では一蹴していましたが……生徒としては破格の性能を有しております。


 そして重要なのは「フォース」の名。

 第一フィールドたる《人類国家アルビュート》の王族はみな「フォース」の名を持ちます。そして、いずれ何かしらが追加されるという形です。


 まだ子どもであり、とくに立場がないので「ユピテル・フォース」というだけなのでしょう。


 つまり立派な王子さまでした。

 ユピテルは黄金の髪を靡かせ、風雅にアトリに微笑み掛けます。


「なに、気になさるなお嬢さん。俺は困っている少女を救わずには居られないのでな」

「そう。じゃあ、おまえを使う」

「……ああ、そうしてくれたまえ」


 これで三人が揃いましたね。

 ユピテルの参戦によって初老教師とおかっぱたちの表情に変化が見られます。それは「強い警戒」の色でした。


 一週間。

 それにて確実に勝てる戦力を用意しましょう。

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