第176話 司祭のエリザベッタ
▽第百七十六話 司祭のエリザベッタ
あっさり誘拐を許してしまいました。
学校の警備はどうなっているのだ……と思うかもしれません。ですが、じつは学校の警備や防御システムはなかなかのものです。少なくともアトリでは皆殺しにして入る、以外の侵入ができません。
敵が特殊な方法で忍び込んできただけ、ということですね。
この世界、基本的にオフェンス側が有利ですから。
完璧な防御手段があるのでしたら、第一フィールドの王都は占領されていませんからね。
「すぐ追いつく。です」
邪神器【死に至る闇】のスキル――【ヴァナルガンド】の効果は破格です。数百メートルくらいの距離でしたら、一瞬で食い尽くせるスペックがありました。
すなわち。
現場への到着は一瞬のことでした。
アトリが追いついた場所には、気絶したヘレンを小脇に抱えた眼鏡の女性がいました。瓶底の眼鏡で白いシスター服を着た女性です。
「あんれま、もう見つかったんだべか。早過ぎだべな」
「そいつを降ろすのだ……」
「そいつは出来る相談だべな」
ぼてり、と瓶底眼鏡の女性はヘレンを地面に落とします。すでに戦う意志はないらしく、両腕を上げて降参の姿勢を見せています。
が、明らかに危険。
油断なく、アトリは大鎌を構えていました。
「まあまあ、そう警戒しねえでくれな。私もアンタとは仲良くしたいべや」
「誰?」
「私は魔教……司祭のエリザベッタだべ」
司祭。
魔教のシステムは解りませんが、そこまで偉いポジションではなさそうでした。瓶底――エリザベッタが微笑みました。
「アトリさん、ちょっとお話したいべな。私らは解り合える……かもしんねえべ。べつに世界を救えたら何でも良くねえべか?」
「世界に興味はない」
「……ま、まあ、話だけでもどうだべ? 敵の目的を知っているのは有益だべ?」
私は頷きました。
言っていることは正しいのです。
正直、魔教とやらの目的がまったく解りません。魔王の勝利を願う理由も、また魔王に協力する必要性さえも解らないわけです。
その上、魔法を使えない女児を拉致しようとする――話は聞いておきたいところ。
「アトリ、セックを置いていって話を聞きましょう。ヘレンは回収です」
「神は言っている。眼鏡……うしろに行け。ヘレンを回収させてもらう」
こくり、とエリザベッタは冷や汗を流しながら頷きました。ゆっくりと下がっていきます。中々に素直ですね。
下がったエリザベッタからヘレンを取り戻し、私たちはセックを置いて逃げて行きます。
残されたセックが敵の話を聞いてくれました。
敵の固有スキルが不明な以上、変に会話するのも怖かったですからね。「会話が成立する」ことによって発動する固有スキルがあるかもしれません。
数分後、セックが戻ってきました。
セックが説明をしてくれました。
「完璧なワタクシが敵の言葉を繰り返します。……『魔教とはザ・ワールドを救うべく、魔王の勝利を目的とする組織となっております。魔王が勝たなかった場合、世界は成長を繰り返しザ・ワールドから魂を根こそぎ奪います。いずれザ・ワールドが死ぬことでしょう。そうなれば世界は完全なお終いです』」
つまり、魔王が勝たなかった場合、いずれザ・ワールドが死亡する。
ザ・ワールドが死ねば世界が終わる。
そうなる前に、魔王に勝たせて世界を終わらせる。そうすれば「次の世界」が生まれ、最終的には「いずれ生まれてくる人類」を救うことができる……という話のようですね。
トロッコ問題です。
今、生きている全生物か。
次以降の世界で生まれてくる無限に等しい人類種や生物たちか。
魔教が救いたいのは、次の世界、その次の世界、その次の次の……ということでしょう。最終的に救える数は、魔王が勝利した時のほうが多いようですね。
「『そもそも魔王が生まれる時点で、世界はすでに限界寸前。寄生先たるザ・ワールドを殺さぬため、世界を終えるため、次世代に渡るため、世界は自動的に魔王を生み出すのです。しかし、現在、ザ・ワールド自らの手によって魔王と戦うことができてしまっています。あの女神は目先で苦しむ生物を見捨てられない。今の世界の全生物なんて見捨てるべきなのに、甘さを捨てることができない、愚かな神。我々が救ってやらねば、彼女は地獄のような魂痛を味わい続ける。女神とて耐えきれぬ魂痛が、今も常時ザ・ワールドを襲っていることでしょう。彼女たちの世界に麻薬や何かしら苦痛を和らげるモノでもあれば良いのですが……ともかく』」
次の世界を生み出さねば、世界は完全に幕を閉じてしまうのです。
「『ゆえに、この世界は全滅しなくてはなりません。魔王の勝利によって』
と、セックは魔教の女性を真似た口調で告げました。
説教や伝導の時は方言的な口調が消えるようですね。
ともかく、魔教のスタンスを理解することができました。とはいえ、その言葉がすべて正しいかも、本心からの言葉なのかも確認する術はありません。
相手の目的の一端を知れた、くらいの収穫でしょうか。
正体不明の敵の輪郭が朧気に掴めたのは、大いなる前進と言って差し支えないでしょう。
「魔教の主張は理解しました」
「どうするですか、神様? ザ・ワールドを助ける……ですか?」
「べつに神仲間というわけでもありませんしね」
ようやく《スゴ》の設定が開示された……かもしれません。
ですが、私の知ったことではありません。ゲームの設定に過ぎませんし、それによって「魔王を倒すのは辞めよう! ザ・ワールドを助けよう! みんな死のう!!」とはなりませんね。
とはいえ、設定上、ザ・ワールドはアトリたち全員の命の恩人のようです。
あまり雑に扱うわけにもいけなくなりました。私は最低限の礼節を弁えてしまう悪癖があるので……まあ他者の信仰には元々口出すつもりもありませんけれど。
「ザ・ワールドも生きたければ人類種への支援を打ち切ることでしょう。私たちは好きに遊んでいれば良いのです」
「ボクたちは好きに遊ぶ……です!」
「どういう遊びがしたいですか?」
「神様をだっこしたい。です」
ぐるぐるした目で、アトリは自信満々に言い放ちます。
もっと楽しい遊びを誰かアトリに教えてあげてほしいですね。
私は言いました。
「私を抱きしめることって……遊びだったんですね」
「!? ち、違う! です! ボクの使命! ……です」
「冗談です。好きにして良いですよ」
「! かみさまを好きに……」
「……変なことはしないでくださいね」
私がアトリの胸に抱かれていると、ヘレンが目を覚ましました。彼女は周囲をキョロキョロと見渡してから、アトリの存在に気が付いたようです。
「アトリ……」
「なに?」
「呼んだわけじゃないわ……ともかく、わたしに関わらないほうが身のためよ」
「ボクはお前の護衛を依頼されている」
目を見開いたヘレンは、歯を食いしばってからそっぽを向きます。
「ふんっ!」
立ち上がったヘレンはずかずかと廊下に消えていきました。その背中はどう見ても子どものモノでありながら、妙な哀愁を感じさせました。
今にも潰れてしまいそうな、小さな背中。
アトリは首を傾げました。
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