第172話 転校生のアトリ

    ▽第百七十二話 転校生のアトリ

 時間をかけて第一フィールドに到達しました。

 ゲヘナとヘルムートについては……呆気なく勝てました。初手から【ヴァナルガンド】や【未来視】など……バフを全開で襲いかかりましたからね。


 現し身はかなり弱体化されているので……為す術もなかったようです。


 とくにヘルムートは可愛そうでした。

 アトリってまだレベル的にはカンストもしていません。いくら「敵よりも強くなれる」とはいえ、【ヴァナルガンド】は規格外のスキルですからね。


 ヨヨが言うところの「まだ使いこなせていない」段階でコレです。


 これからも小まめに使い、いずれは【ヴァナルガンド】を完全に支配させたいところですね。


 さて今のアトリは学生服をまとっています。

 あまり性能が高くないので、あとでセックに作り直させましょう。デザインさえ同じでしたら構わないでしょう。


 案内されたのは清潔で清貧なる印象の教室でした。

 教壇があり、黒板があり、机と椅子とがあり……というシンプルな室内です。

 文明度こそ現代に遠く及びませんけれど、魔法があるためにクオリティは悪くありません。


「アトリくん、自己紹介を」

 と。白髭の教師がアトリに視線を集めさせました。

 教室中の小さな瞳が、すべて小さなアトリに捧げられます。彼女はまったく怯むことなく、いつも通りの平坦な声で告げました。


「ボクはアトリ」

「……もう一声、いただけますかな」

「ボクはアトリ」



 教師が戦慄するように生唾を飲みました。

 ……こほん、と私は咳払いをしました。


「アトリ、聞こえなかったわけではありませんよ。名前以外の情報を与える、というお話です。好きなモノとか、そういうことですね」

「はい! かみさま……ボクは神様が好き、です!」


 教室がざわざわし始めます。

 この世界で言うところの神とは、すなわちザ・ワールドですからね。あまり人々は「信仰の対象」とは見ていないようです。


 どちらかといえば「システム」という側面のほうが強いでしょうからね。


「えー」教師が言います。「アトリくんは事前に説明した通り、こういう子となっております。くれぐれも彼女の信仰に口出ししてはいけません。殺されますので……」


 教室が冷える中、アトリが白髭教師を見上げます。


「おわり?」

「終わりですな。アトリ殿はあちらの空いた席へ。では、本日の授業に移ります。今回の授業は『近接武器に於ける遠距離攻撃』の特色についてですな」


 アトリが空いている席に座りました。

 一緒にやって来たルーシーとは違うクラスとなっております。年齢がかなり違いますからね。虐められたりしないか不安なので、後で様子を見に行きましょうか。


 正直、ゲームでまで学校生活を送りたくないです。


 ちょっとログインの頻度を下げられないか検討しているくらいですね。

 授業が始まりました。

 内容は「武器ごとの遠距離アーツの特色や対処方法、使う際の注意」でした。けっこう面白いお話です。


 アトリは遠距離攻撃は魔法で行うのですが、ちょっと遠距離攻撃アーツがほしくなりました。


   ▽

 授業を終えれば、アトリの周辺に子どもたちが群がってきます。アトリはこの中でも身長は低いほうですが、やはり歴戦の猛者として落ち着きが違いますね。

 集まってきた子どもたちは、そのほとんどが貴族のようでした。


 ですが、彼らはフレンドリー。

 平民たるアトリを見下したり、嫌悪したりする様子は見受けられません。アトリが虐められたらお兄さん、子ども相手に【神威顕現】を使わざるを得なくなりますからね。幸いでございます。


 命拾いしました、私が。

 ちょっと意外でしたが、彼らの話を聞く度に理解させられます。


「なるほど! 是非とも休暇の際にはわたくしの領地までお越しくださいまし! 凶悪なドラゴンが近くに巣くっております。良き素材になるかと! また、我が領のネレバネの肉は甘くてですね――」

「是非、アトリ殿の武勇伝を! あのヘルムートを討った史上初の人類種というのは真実なのですか! いえ、疑いではなく!」


 勧誘でした。

 思えば当たり前ですよね。

 貴族が通うような学校……そこに「特例」で入学が認められ、なおかつ授業を持たせてもらうような傑物です。


 それを蔑ろにするのは、よほどの愚か者だけでしょう。


 ここで仲良くして勧誘に成功すれば、自身の貴族としての立場は爆上がり。勧誘できないにせよ、繋ぎを作っておくべき相手。

 あわよくば、何かあった時に助けてもらえるわけです。


 彼ら貴族の子どもたちにとっては、アトリとは「いきなり出現した最強の浮き駒」なわけですね。すでに政治の世界に突入しているわけです。

 侮り難し、貴族キッズ。

 子どもではなく、相手は小さな貴族と考えるべきでしょう。


 この調子でいけば友達ができるかもしれませんね。

 それもよろしいでしょう。今のアトリは十分に狩りができますし、経済的な不安とは無縁な存在となっております。


 打倒魔王もすぐにできる、という目標ではありません。


 ゆっくりと学生生活を謳歌するのもアリでしょう。

 私は興味ないので本を読んだり、映画を観たりしておきますけど。頑張って勉強している子どもたちと同じ空間にいても、まったく気にせずにサボれるのが私の美点です。


 アトリはポツリポツリと子どもたちの質問に答えていきます。

 そのような中、私はふと一人の生徒が気になりました。最前列の席にて、ぽつねんと本を読んでいる女の子。


 長い黒髪しか見えませんが……気になります。

 あ、私がロリに興味津々というわけではございませんよ。【鑑定】をしたところ、女の子のステータスが表示されます。


 特筆するべき点はありませんが、その名こそ。


「ヘレン・フォナ・ルトゥール」


 今回、アトリが極秘任務の一環として守護する対象。

 学者の村のジイジ曰く「魔王候補」の少女。魔教に狙われている対象にして、この世界で現在おそらく唯一――魔法が使えない女の子。


 アトリの学園編が始まります。


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