第168話 犠牲について
▽第百六十八話 犠牲について
呆気ないほどに簡単に……フィーエルを討ち取れました。
まず、あのドラゴンがフィーエルのレベル低下に巻き込まれ、通常のレイドボスに落ちたようなのです。
さらに出現した天使の大軍も、残っている人物たちで対処可能でした。
かなりの戦死者は出ましたが……主要人物はほとんど死んでいないわけですね。たとえば《動乱の世代》と呼ばれる中で死亡したのは、【命中】のルーだけでした。
あの道化の化粧をした少女です。
私はドラゴンの乱入も想定していたので、あちらの戦場も観察しておりました。
上空を攻撃できるルーは、誰よりも活躍していましたし、彼女がいなければドラゴンはアトリたちを襲っていたことでしょう。
そうなればアトリは殺されていました。
ルーもそれを理解しているがため、アトリたちの戦いを邪魔させぬため、自分が死ぬ場面で退避よりも攻撃を選択してくれたのです。
今回の勝利。
貢献度で言えば抜けているクルシュー・ズ・ラ・シーに続いての二位でしょう。
どうやらあのドラゴンもカラミティーの領域にあったようですしね。
それを自分の命ひとつで食い止めたのは、立派な化け物です。
瀕死に陥り、片足を失った状態でもルーは諦めず、満面の笑みで射撃を続けていました。
ドラゴンブレスを自分だけに向けられて、逃げられぬと判明したその瞬間でさえ――ルーは射撃を止めることはありませんでした。
今にして思えばルーはまともでした。
アトリクラスになれば、何かしらが破綻するものです。しかし、ルーは「アトリのような実力者をうしろから撃ち殺したい」という欲求を抱きながら、「交渉して断られたら諦める」レベルの理性を同居させていました。
素晴らしい人物だったのでしょう。
あと犠牲といえばクルシュー・ズ・ラ・シーです。彼はレベルを60もダウンさせてしまいました。なんと永続のようです。
レベルを上げることは可能なようですが、復帰には時間が掛かることでしょう。私もレベルダウン系のスキルを持っているので仲間意識が芽生えます。
あの呪術がなければ、主力にも大量の死者が出たことでしょう。
負けもあり得ました。
カラミティーレベルが2体。
ほとんど格上特攻のクルシュー・ズ・ラ・シーが大きな代償を払ってくれたから、《動乱の世代》や神器使いが複数人いたからこそ、どうにか勝てた感じがありました。
辛勝ですね。
アトリもまだまだということが判明しました。
……本当にアトリを最強にするならば、もっと抜本的な部分から変更せねばならないようです。スキルやステータスを越えた、何かが。
フィーエルを打破したことにより、我々は砦に帰還しました。そこではすでに戦闘が終えられており、天使たちは全滅していたようです。
生き残ったNPCの一人がやって来ます。
たしか、あれはどどんというプレイヤーの契約NPCですね。
「報告します。天使の殲滅に成功しました。途中……その、ヨヨ・ロー・ユグドラ、レン、ダディ、テスタメントが乱入して全部を狩っていきました。その……彼らがいなければ砦は破壊されていたと思われます」
「ほう! そうなっておれば事実上の敗北であったな。助けられた」
この砦の指揮官たるリタリタが頷きました。
「あの英雄・真祖のヨヨ殿か。かつてグーギャスディスと交戦した際には、彼の姉君らには助けられたのだ。彼女らは、その時に亡くなってしまったのであるが」
「その……結界装置を持って行かれたのですが」
「……まあまあ。それくらい手伝ってくれたお駄賃としてくれてやっても――ってんなわけあるかーい! 者ども! ヨヨ殿に交渉を! 誰か契約していなかったものはおるか!?」
周囲を見回すリタリタ。
ですが、兵士たちは首を横にするばかり。
するとリタリタは悲しそうな顔をして、ゆっくりと血を吐きました。それは信じられない量の血液の吐瀉です。
真似するように、元々いた砦の兵士たちも血を吐き始めます。
すわ敵襲か、と動揺する我々が周囲を警戒する中、リタリタが血を吐きながらも微笑みました。胸元から取り出した扇子で風雅に顔を扇ごうとして、それを取り落としました。
「これは神器の副作用なのだ。気になされるな……我の神器はちと神経質でな。くふふ、武器に人格などありはせん、と嗤っても良いのだぞ。いや、知っている者は嗤えぬか」
ごぼごぼと血を撒き散らしながら、次々に兵士たちが死んでいきます。その中でリタリタは決して地に膝を着けることなく、誇り高い笑みを湛えます。
「すまなかったな、未来の戦士たち。我らが脆弱な所為で……其方らには負担をかけ、数多の犠牲者を生んでしまった。其方らの先達として申し訳ない」
イベントの内容的に、今回の事件はリタリタが起こしたようなのです。
神器の何らかの効果によって、彼女は「未来から私たちを呼び出した」という設定なのが今回の第三回イベントでした。
「さて、本当にすまぬのだが……これより一人だけ蘇生させてもらう。貢献度順だ、恨んでくれて構わぬ。蘇生の代償により神器を封印する必要があるのでな。変な者に神器を奪わせられぬ」
リタリタの神器にノイズが走り、砕けていきます。
「ここ第四フィールドの《エイスス砦》にて神器……【
神器が破壊された瞬間、我々の視界にもノイズが走り出します。徐々にリタリタたちの姿が靄に包まれていきます。
まだ生きている兵士たちは敬礼をしながら、一人一人と減っていきます。
やがてリタリタ一人だけが残り、小さく手を振ってきました。
その手が止まってもなお、狐帝の女性は膝を突きませんでした。ぷつり、と映像が消えてしまいます。
リタリタとはほとんど別行動でした。
ゆえに彼女の詳しいキャラクター設定などは知りません。
ですが、その死に様には高い誇りを感じさせられました。きっと、良い人だったのでしょう。誇り高く、素敵でユニークな人だったのでしょう。
……たったそれだけの情報だけが残され、私たちはリタリタとお別れするのです。
勝利の美酒と酔うのには、あまりにも物悲しい余韻でした。
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