第167話 戦の天稟と致命的な呪術
▽第百六十七話 戦の天稟と致命的な呪術
「あと一分でクルシュー・ズ・ラ・シーの呪術が発動します」
「一分、稼ぐ……です!」
「他のプレイヤーたちも頑張っているようですしね」
遠くでは破砕音が連打されています。
破壊が得意なNPCや【顕現】したプレイヤーが砦に攻撃している音でした。あれはフィー得るへのバフになる他、一分後には天使の大群を生み出す装置と化します。
あれが発動すれば負けは確実。
プレイヤーたちが頑張って塔を破壊してくれています。しかし、破壊できた塔はふたつほど。まだフィーエルへのバフも消えていませんし、一分後には天使の軍団が戦場に現れます。
そしてドラゴン退治についてですが……飛ばれているので捗っていません。
高所を陣取って魔法とブレスで迎撃に終始しているようですね。ドラゴンの強みは飛べること、ブレスが吐けること、大きいことの三つです。
それらを有効活用されると困ってしまいます。
近接職はもどかしそうに武器を構えています。
離れればドラゴンが急降下してきて後衛を襲うようでした。かなり厄介なボスですよ。
しかし、やはり一番の問題はフィーエル本体でした。
今はギースが身体を張ってクルシュー・ズ・ラ・シーを守っています。ですが、いつ突破されてもおかしくはありません。
召喚したシヲは、ノワールを専任で守護していますしね。
アトリも負けじと猛攻を送っています。
ですが、フィーエルと戦うことはできても、抑えきることができていませんでした。【ヴァナルガンド】なしでは互角の戦いは不可能です。
「ふっ!」
アトリが何十度目になるか解らぬ斬撃を放ちます。
対するフィーエルは錫杖で受け止め、二本の光錫杖で退路を断ってきました。あまった腕を使い、アトリの腹部に【閃光魔法】をぶち込んできます。
腹に風穴を開けられつつも、アトリはまったく怯んだ様子を見せません。
「……んっ、素晴らしい戦闘ですね! ですが、そろそろ眼鏡の方の動きは読み切れました。次は防がせません」
「――っ!」
足りない。
絶望的に。
フィーエルがアトリと激しく打ち合いながら、徐々にクルシュー・ズ・ラ・シーに接近していきます。
あと三歩。
フィーエルが放った魔法をギースがギリギリで防ぎます。
あと二歩。
ノワールが放った魔法を錫杖で弾き、フィーエルがもう一歩を踏みしめます。
アトリの渾身の斬撃は、一本の錫杖で受け止められ、残った二本がアトリの両足を切り落としていきました。
そして最後の一歩。
呪術の行使によって全身から血を流すクルシュー・ズ・ラ・シーは、それでも詠唱を中断しようとはしませんでした。
二本の腕でアトリと壮絶に斬り合い、残った一本の光錫杖が叩き降ろされるその時でした。
「【決戦顕現】」
声が聞こえてきました。
それは現実世界で聞き慣れた幼い声。咄嗟に私は声のほうを振り向きましたが、その時にはすでに
鈴音のような声。
「きっく」
その瞬間。
突如として現れた少女……陽村ナナがフィーエルの顔面を蹴り飛ばし、吹き飛ばしていました。
カラミティー・レイド・ボスを吹き飛ばすという快挙を成した少女は、ふと私のほうを振り向いてピースサインを送ってきました。
そのコミカルな仕草とは裏腹に、表情はいつも通りの冷静でした。
「ロキくんのお嫁さんが
人類がいわく「生物最強」
生まれつき特殊な肉体を持ち、さらには脳のリミッターなるものを意図的に解除できる……人型の怪物。その肉体の特殊性ゆえ、成長は中学生くらいで止まりましたが……彼女も立派な成人女性。
姫カットの愛らしい女性は、静かにフィーエルに向き直ります。
私と同格たる陽村の放つ
息をすることさえも重苦しい、圧迫感が放たれています。黒髪の女性は平坦な声で、此度の敵へと語りかけました。
「お遊びで満足してたみたいだけど……本当の殺し合いをさせてあげるよ」
けれど、陽村の意識は私の隣……アトリに向けられているようでした。
「それにしても嗤える。ロキくんを守るとか言ってた癖に、こんなのに勝てないんだね。嫉妬して損したよ」
「お、お待ちくだされ、タダのメス豚さま!」
慌てて追いかけてきたのはエルフのニーネラバでした。
うわ、と思いながら私が陽村を鑑定すれば、そのプレイヤーネームは【タダのメス豚】でした。一生、距離を取りたくなるプレイヤーネームでしたね。
地面を転がったフィーエルは、立ち上がったと同時に陽村の前に居ました。
一瞬で距離を詰めたのです。
「あ、ん。……素晴らしすぎます! 精霊!」
三本の錫杖が乱舞、二本の手からの【閃光魔法】が乱打されます。
しかし、陽村はそのすべてを手刀で静かに払っていきます。
あまりもの技量。
純粋なパワーでは陽村の圧敗です。
それでも拮抗できるのは……陽村が全攻撃を完全に見きり、その威力を巧みに外部へ逃がしているからでしょう。
閃光魔法については真っ向から受けています。
精霊はダメージを喰らいません。また、【閃光魔法】は吹き飛ばす効果よりも、貫通する効果のほうが高いので陽村を止められないのです。
「っ!? 突破できない!?」フィーエルが狼狽えます。「なんのスキルなのですか!」
「スキル」
と陽村は首を傾げながらも手を止めません。
「あんなの戦ったことがない
技術のみでフィーエルと打ち合う陽村ですが、さすがに突破することは難しいようです。人間の子どもがグリズリーと殴り合っているようなスペック差ですからね。
私は指示を飛ばしました。
「アトリ!」
「…………はい。かみさま」
ちょっとむくれながらアトリが参戦しました。
ニーネラバとアトリ、陽村の三人をフィーエルが向かい撃ちます。しかし、さすがに限界を感じたようでフィーエルが飛び立ちます。
「【メタトロン】!」
叫びながらフィーエルが錫杖を振りました。
途端、隕石のような光弾が空から降り注ぎます。この場にいる生物、すべてが皆殺しにされてもおかしくない大規模破壊。
しかし、アトリが冷静に【天使の因子】を起動しました。
「【ティファレトの一翼】使用」
対象のダメージ判定を失効させる異能。
全滅魔法【メタトロン】はただ世界を光らせるだけに終わります。そして、その瞬間……後方で術を練っていたクルシュー・ズ・ラ・シーが立ち上がりました。
「呪術……【
呪術が炸裂した瞬間、フィーエルは肩を落として地に降り立ちました。
誰もが警戒する中、大天使は苦笑します。
「よもや、これほどの術理があるとは。私の負けです」
「?」
「レベルを下げる呪いですね。……今、私のレベルは100。通常のレイドボスと変わりありません」
つまり、フィーエルは今、レベルを30くらい低下させられた、ということでしょう。
全身から汗と血を流す【呪獣】は柔らかな笑みを湛えました。
「使いたくはなかったのよ。あたくしが差し出したレベルの半分、対象のレベルを5分だけ下げる呪いよ。今、あたくしのレベルはたったの40。悲しいわねえ」
「5分……ですか」
「そうよ。そしてこの盤面……ただのレイドボスでは5分も生存できないわ」
すべてのバフ・デバフを解除する【ホドの一翼】を使えば、とも思います。
ですが、その辺りも対策していることでしょう。
……さもなくば、敵の手札を教えられているクルシュー・ズ・ラ・シーが二分も戦線を離脱するわけがないのですから。
結局は詰み。
強敵たるフィーエルは自身の敗北を理解したのです。
「よろしい。美しき闘争でした。よくぞ私を長らく一人で食い止めました、アトリ。そして」
大天使は陽村を優しげに見つめます。
「そちらの戦士は……スキル亡き時代を思い出せました。ありがとう」
それがフィーエルの最期の言葉でした。
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