第166話 災害との戦い

   ▽第百六十六話 災害との戦い

 天使には大技を無効化するアーツがいくつかあります。

 ゆえに天使同士の戦闘は通常戦闘に陥りがちでした。そして、その通常戦闘に強いのが天使の特徴です。


 全体的に隙がなく、高いステータス。


【ヴァナルガンド】を使用したアトリと余裕を持って打ち合える近接戦闘能力。

 こういうゲームはボスのほうがキャラクターよりも強く作られています。

 今までの敵は多少の肉体スペックに差があるていど。


 しかし、カラミティー・レイドこそが「本物」のレイドに近いでしょう。


「っ!」とアトリが呻きます。


 フィーエルの身長は四メートル。

 頭上から振り下ろされる錫杖。もはや目で追えぬ速度ながら、アトリは懐に侵入して紙一重で回避します。

 相手の裏に回り、アトリの瞳が紅く光ります。

 大鎌一閃。


 しかし、フィーエルはアトリが視線から外れたと同時、空に逃げ出していました。翼を揺らす大天使が輝きを帯びます。


「【メテオ・ライトニング】」


 フィーエルの左手から光球が生み出されます。それが上昇していき、空高いところで弾けました。

 それは無差別の攻撃。

 サバゲーに於ける手榴弾のような攻撃でした。全方位に数百発の閃光がランダムに撃ち出されます。


 一撃一撃が即死級の威力。


 アトリはそれを真っ向から受け止めます。放つのはアトリを覆う熱光――【レージング・ウィップ】!


 光を鞭状に伸ばして、敵の光をたたき落とします。


 すべてを破壊した時、真後ろから気配。

 やって来るのは錫杖による殴打。

 咄嗟に身をひねって回避し、左腕を切断されながらも、アトリが大鎌を叩き込みます。


 血しぶき。


 フィーエルは腹を切り裂かれ、一歩を大きく下がりました。

 アトリやヨヨクラスでなければ防げなかった即死コンボでしたね。私の反応速度を大きく上回っています。


 まずは観察しなくては。

 唯一、この戦闘に介入できているのはヒーラーたる大天使みゅうみゅだけです。かなり助かっています。


【再生】や【ヒール】のMP効率は良好とは言えません。

 アトリが戦闘に回すMPを増やせているのは、みゅうみゅさんが的確な量のヒールを送ってくれているからですね。


 フィーエルが唇を緩く持ち上げます。


「カラミティーと打ち合えるステータス。ステータス特化の最上ですね。美しい。闘争とはそうでなくてはいけません……我々は人類種のことを理解できませんが、やはり闘争は美しい、んっ」

 柔らかく微笑んだフィーエルは、目を閉じて呟きました。

「固有スキル発動――【二頭六腕エンジェル】」


 フィーエルの肉体が変貌します。

 頭部が二つになり、腕が腋、腹部から生えだして計六腕となりました。


「やはり近接ですね、闘争は」


 フィーエルが光で錫杖を追加します。三本の錫杖を構えたかと思えば、次の瞬間には猛攻が放たれていました。

 上段から打たれる三本の錫杖。

 純粋に高いステータスから放たれる近接戦闘。


「――!」


 アトリは縦横無尽に大鎌を振るい、踊るように錫杖をいなしていきます。一瞬でも気を抜けばぐちゃぐちゃにされてしまうことでしょう。

 高レベルの【大鎌】スキルによって、そのすべてを紙一重でたたき落とします。

 フィーエルレベルのステータスに加えての攻撃の手数の物理的な増加。さすがのアトリでも防ぐのが精一杯のようでした。


 紅色のアトリの瞳が、敵の攻撃を追うべく、激しく揺れています。


 大鎌と錫杖が火花をあげます。

 残りの二本が瞬きました。


「【杖刀】」

「【奉納・瞬駆の舞】」


 咄嗟にフィーエルの背後に飛び回避。ですが、背中を蹴られたアトリが吹き飛びました。ぼぎん、と背骨をへし折られる異音。


 MPを犠牲に【再生】

 追撃を警戒していますが、フィーエルはまっすぐにクルシュー・ズ・ラ・シーの元へ向かいます。


「そちらを先に片付けましょう」

「させねえよ! ど雑魚」


 フィーエルの前にギースが立ち塞がります。

 その背後には大天使みゅうみゅとノワール。あえて前に出ることにより、ギースを戦闘に加える魂胆でしょう。

 ですが、


「その甘さは美しくありませんね」

「なっ」


 ギースの背後、すでにフィーエルがノワールに錫杖を振り下ろしていました。レベルは高くともノワールでは回避できません。

 即死の一撃に対し、大天使みゅうみゅがアーツを唱えます。


「【エマージェンシー・ヒール】」


 かつてジャックジャック戦の時、アトリを死から救ったアーツでした。ノワールがHP1でフィールの攻撃を耐えました。

 続く一撃より早く、アトリが間に合いました。


 近づくだけでダメージを与える光炎と【ダーク・オーラ】


 さらにはギースもぎこちなく剣を振りかぶっていました。


「爆撃【カタストロフ】!」

「【月天喰らい】」


 フィーエルはノワールを諦め、ギースとアトリの攻撃を何らかのアーツで受け止めます。すでにノワールとクルシュー・ズ・ラ・シーは後ろに撤退しています。


「そのスキルは厄介ですね。消しておきましょう」

 フィーエルの背から翼が一枚消えました。

「【ビナーの一翼】発動」


 アーツ【ビナーの一翼】……その効果は「大量のMPと引き替えに、対象のスキルをオフにする」という力でした。

 アトリの狼耳が消失します。

 途端、アーツの反動でアトリが脱力してしまいました。


「私の仕事ですね」と私は闇を操作します。


 私は【クリエイト・ダーク】で煙幕を張り、同時にワイヤーでアトリを連れ去ります。しかし、そのていどのことでフィーエルから逃げることはできません。

 錫杖が輝きます。

 アトリが防御姿勢を取りますが……錫杖のほうが早い。


 致命回避が発動しました。


 いつものアトリならばすぐに反応できますが、今のアトリは【ヴァナルガンド】の反動が残っています。


「アトリ!」

「【マルクトの一翼】発動!」


 アトリとフィーエルの間に小規模の城が出現しました。

 如何にフィーエルといえども、反応が遅れてしまったようですね。壁を錫杖で破壊した頃には、アトリは城の奥に逃走していました。


【再生】によって徐々に体力が戻ってきます。


 私はアトリの隣を移動します。


「反動はどうですか?」

「まだ……いける、です」


 フィーエル相手の【ヴァナルガンド】での戦闘は激しかった。ゆえに反動も相当のモノでしょう。雑魚相手に使うのとは疲労の度合いが桁違いです。

 ただピークに至る前に強制解除されたので、まだ余力は残っているようですね。

 ただし時間稼ぎは失敗でした。


【ビナーの一翼】は警戒していましたが、警戒しても使われることを止められるわけでもなく。


 消費MPが大きいので、アトリ戦後も考慮して使わない可能性に賭けていました。実際、あの翼を使った関係上、フィーエルも無茶な戦闘はできなくなったことでしょう。


「かみさま……」

「【ヴァナルガンド】は止めておきましょう。これ以上はいつ効果が切れるか不明です。通常状態では厳しいですが、今回はレイド戦ですしね」

「はい……!」


 最強を目指すアトリですが、まだ最強ではありません。

 レベルもカンストしていませんしね。

 というか、ゲームのシステム上、単独で魔王やカラミティー・レイドクラスに勝てるようになるものでしょうかね。


 まあ、子どもの夢は大きくても構わないでしょう。


「ここからは【ヴァナルガンド】なし……気をつけていきましょう」

「はいです、神様!」


 マルクトで作った城を消去し、アトリはフィーエルに再び挑みかかりました。

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