第165話 フィーエル戦
▽第百六十五話 フィーエル戦
出現したドラゴンを目視し、一瞬だけ判断が遅れてしまいます。アトリとルーだけが攻撃を選び、他の人たちは自分の役割を思考しているようですね。
皆が選択肢を悩む中、よく通る綺麗な声が聞こえてきます。
大天使みゅうみゅさんです。
「フィーエルはアトリたんとクルシューさん、ギースとみゅうみゅで足止めみゅん! まずはドラゴンをその他で仕留めるみゅんな!」
それが最善かは不明瞭。
ですが、動かないことこそが最悪手。すなわち完璧な号令でした。
ここに居るのは精鋭ばかり。
誰もが大天使みゅうみゅさんの指示に瞬時に従います。ギース以外。
「死ねええええええええ!」
ギースが向かっていくのはドラゴンでした。
チンピラの本能が敵の数を減らすことを優先したようです。それは正しい判断ではありますが、同時に愚かな判断でもありました。
ドラゴンが放つ魔法を無効化し、足下に辿り着いたギース。
ですが、彼の真後ろに音もなくフィーエルが立ちます。彼女はギースの背中を抱き締め、上空に連れ去ってしまいます。
「ああ!? 俺様を捕まえたところで……」
「貴方が報告にあった無敵の人ですね? ラスタエルがお世話になりました。しかし、こういうタイプの弱点は相場が決まっています。たとえば」
と言ってフィーエルが自身の腕をずぼりとギースの口内に抉り入れました。肘までが口内に収まります。それだけでギースがもがき苦しみます。
嘔吐反射が発生し、大変に苦しそうでした。
いくらか【自爆攻撃】を放つも、【天使の因子】の【ゲプラーの一翼】の反射回復効果によって致命打には至りません。
「呼吸が止まれば死ぬ。しばらく飛び回っていましょう。貴方が死ぬまで」
「――!」
もはやギースは【自爆攻撃】を放つ余裕もなく足をジタバタとさせています。その中、アトリが呟きました。
「ロゥロ」
フィーエルの背後に出現したロゥロが、ギースごとフィーエルを打撃しようと試みます。動きの速いフィーエルが回避しようとします。
そこに【呪獣】が飛びかかっていました。
「しねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしねしね」
獣の巨腕を生やし、目を真っ白にしたクルシュー・ズ・ラ・シーが天使を打撃。天使が吹き飛んだ先に、ロゥロの拳が炸裂しました。
思わず、と言ったようにフィーエルがギースを離します。
「素敵です。あっ」
恍惚の笑みを浮かべ、フィーエルが錫杖を振り下ろします。それだけでクルシュー・ズ・ラ・シーの肉体が斜めに深く斬られました。
内臓を零して落下する【呪獣】
どうやら気絶した模様。
しかし、彼が死ぬよりも先に大天使みゅうみゅさんのヒールが行き届きました。何度もこまめに回復。効果は小さくとも、治療箇所が的確なために死を免れます。
そこにアトリの【リジェネ】
おまけにみゅうみゅさんからの【ハイ・ヒール】
「……しねしねしね」
クルシュー・ズ・ラ・シーが一瞬で気絶より目覚め、大地を蹴りつけてフィーエルに二撃目を与えようとします。
フィーエルと【呪獣】が激しい打ち合います。
攻撃の余波でアトリの髪がバタバタと揺れました。
一打毎に腕が飛ばされていく【呪獣】のヒールは大天使みゅうみゅさんが担当。それと同時に彼女は指示を出します。
「持ち場につくみゅん! ギースはみゅうみゅの護衛をしてほしいみゅんな!」
「ああ!? なんで俺様がてめえの命れ……ちっ、わーかりましたぁ」
アトリに睨まれ、舌打ちを零したギースが大天使みゅうみゅさんの前方に位置取りました。ギースの攻撃が命中する敵ではありませんからね。
ヒーラー指揮官専任のタンクをやってもらいましょう。
他のメンバーはドラゴン退治に向かいます。
とはいえ、【ケセドの一翼】によって生み出されたドラゴンは、使用者の能力に依存して強化されています。
カラミティー・ボスに召喚されたドラゴンです。
おそらく、あのドラゴン単体でも上位レイドボスクラスの敵ではあるでしょう。我々は強制的に分断されました。
▽
フィーエルと対峙するのは、アトリ、クルシュー・ズ・ラ・シー、ギースに大天使みゅうみゅさんとその契約NPCのノワールです。
【呪獣】が口元の血液を拭いながら呟きます。
一端、後ろに下がってくれたようですね。彼はアトリと並び立ちます。
「あら、あたくし殺されなかったのね。あの状況のあたくしは死んでも大丈夫だから、いざという時は見捨てても良いわよ? 呪い返しもできるしね。とはいえ、節約できたのはありがたいわ」
「解った」
「ええ、物わかりの良さは強さよね」
ほとんどのNPCはカラミティー・ボス・フィールドから脱出するかロストしました。逃げるのは見逃された感もありますがね。
結界の切れたであろう砦は、かなり悲惨な状況に陥っていることでしょう。
それでも、ここでフィーエルを殺さねばイベント敗北は決定的。
(笑)さんの言が正しいのならばサービス終了なのでしょう。何が何でも勝たねばならない局面です。
「でもね」
と【呪獣】は薄く微笑みます。
「今回の戦は恵まれているわ。昔、あたくしがカラミティークラスとやり合った時は、こっちはあたくし以外は全員が死んだもの。あたくしクラスももう一人いたんだけどね。あたくしたちレベルが二人居て、しかもこれだけ戦力が整っているなら……勝てるわ」
こくり、とアトリが頷きます。
それを見たクルシュー・ズ・ラ・シーは微笑を湛えたかと思えば、次の瞬間には鈴のついた腕輪を装着しました。
「今からフィーエルを呪うわ。時間を稼げるかしら?」
「呪ったらどうなるの?」
「あたくしたちが勝つわ。五分を稼げれば、ね?」
「五分を稼ぐのは無理」
アトリは全力で5分も戦えません。
全力を出したアトリは短期決戦。殺すか死ぬかの二択となるでしょう。フィーエルを単騎で抑えるならば全力は必須です。
アトリの言う「無理」とは、「5分もあったら敵か自分、どちらかが死んでいる」という意味ですね。恐ろしいことです。
クルシュー・ズ・ラ・シーが顎に人差し指を当てます。
「なら有利にしましょ、二分よ」
「解った」
「良いかしら、アトリ? あれ相手に2分も一人で受け持つなんて普通は断るべきよ? あたくしは実力を正確に捉えているけど、普通の人なら無茶ぶりだもの」
「?」
「ふふ、勝ちましょう、という意味よ」
「当たり前」
アトリが手の中の【死に至る闇】を握り締め、体内の殺意を解放しました。口元がゆっくりと動き出します。
発動するのはもちろん。
「【ヴァナルガンド】」
狼耳を生やしたアトリが闇と光を纏う中、フィーエルがぱちぱちと拍手を送ってきます。
「素晴らしい殺意です。美しい。そしてハイ・ヒューマンの種族特性ながらに、そのような力をその年齢で手に入れる異質。それもまた美しい殺しの力ですね」
「ボクは世界で一番かわいい」
「それはちょっと諸説ありますが……ともかく。私もカラミティーの一端を開示しましょう。【カラミティー・スキルⅡ】」
フィーエルが指をぱちん、と鳴らせば周囲五つの塔が立ちました。羽がひとつ消えたことから、どうやら《マルクトの一翼》の応用のようですね。
大天使みゅうみゅさんが即座に指示を出します。
「誰か《鑑定》するみゅん! 絶対に何かある!」
全精霊が塔を鑑定したところ、誰かが成功したようですね。戦闘用のチャット掲示板にて情報が開示されました。
その塔の効果は「フィーエルへのバフ。ならびに二分後、天使の大群を召喚」とあります。
「破壊! 破壊破壊! ……みゅん!」
大天使みゅうみゅさんの指示に応えたのは、かつてイベントを共にしたクランです。その名を《八壊衆》と言って、全員が巨大な敵を相手にDPSを稼ぐことに特化しています。
その他、数名がドラゴン退治から離脱して塔に向かっていく。
破壊班が塔に向かう中、フィーエルが妨害に乗り出しました。
「させません」
「……させないのはこっち」
魔法を放とうとしたフィーエルに向け、アトリが目にもとまらぬ速度で接近します。今のアトリは近づいただけで敵を破壊する力を有します。
近づいただけでフィーエルにダメージが入ります。
アトリは一般的な区分では「リジェネタンク」に相当します。
しかし、タンクに必須なのは「回避力」や「耐久力」ではありません。それはタンクとしての「能力」であって、最低条件ではないのですよね。
では。
タンクの前提とは。
それすなわち――「ヘイトを取る力」です。
アトリのヘイトの取り方はひとつ。
アトリから目を離せば殺される……そういう殺意と殺傷能力でのヘイトの取り方でした。その効果は抜群。
フィーエルが錫杖でアトリの大鎌を受け止めました。
にんまり、と天使フィーエルが微笑みます。僅かに汗を流しながら。
「貴女、本当にハイ・ヒューマンの子どもですか?」
「ボクはアトリ。邪神ネロさまの使徒」
「あの、人間かどうかを訊いているのですけど……んっ、良いですね」
一打の拮抗にて周囲に暴風が吹き荒れました。
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