第164話 カラミティー・レイド

   ▽第百六十四話 カラミティー・レイド

 目を覚ませばアトリと目が合いました。

 狭いベッドの中。

 つい寝落ちしてしまった私を、アトリが紅い目でジッと見つめています。かなり昔の時代に流行ったというネットブラクラを思い出しますね。


 ちょっと邪神さんはビビりました。


 アトリさんの目は相も変わらずぐるぐる。


「ふぁー」とついあくびが漏れました。


 アトリが目を見開き、さらにじっと見つめてきます。私のあくび、珍しいですかね。


 ゲームの中で眠るのってあまり意味がないのです。本来でしたら、寝ているアトリの隣で生産レベル上げをしておきたかったのですけど。

 まあ睡魔に抗えないのは人類の宿命でしょう。

 幸いながら物資は豊富ですしね。


「アトリ、どれくらい起きていました?」

「五時間前……です」

「……暇な時間を過ごしましたねえ」

「? 神様を見てた! です! たのしい……」


 しかし。

 うっかり幼女の胸に抱かれて眠ってしまいましたが……今は何時でしょうね。私って天才肌なので油断すれば、あっという間に私生活が壊滅してしまうんですけど。


 確認すればお昼頃でした。


 ……まあ妥当でしょう。

 昨日はかなり夜遅くに襲撃されました。アトリが早起き過ぎた模様。


「セック、情報は入れていますね?」

「はいマスター。完璧なわたくしのお仕事でした」


 セックから状況を説明されます。

 現在、この砦は結界で守られているようですね。十分な休息は取れることでしょう。本来でしたら夜に結界を張りたいのですけど……仕方がありません。

 今、攻められたら崩されます。

 まだ昨日の疲れが取れていない人も多いでしょうからね。


 睡眠が必要でないセックは夜通し疲労回復ポーションなどを制作していたようです。さすがは神器ゴーレムですね。

 セックがカーテシーを披露しました。


「敵の襲撃は夜となることでしょう。今のうちに準備を……」


 とまで言ったところで、突如として砦全体が浮遊感に包まれました。セックが困惑したように首を傾げ、アトリはサッと装備に着替えて大鎌を握り締めました。

 そして、ついでとでも言うように靴と杖を神器化します。

 セックの神器化が解除され、慌てたように完璧ゴーレムが抗議を入れてきます。


「どういうことですか、アトリさま。ワタクシの完璧さが……ちょっと減ってしまいました」

「全部いる」

「ム」


 昨日の対峙に鑑みて、どうやらアトリはそのように判断したようですね。

 推測するに現状は……奇襲に違いありません。絶対無敵なはずの結界ごと、敵は私たちをカラミティー・レイドの土壌に引き込んだのでしょう。


 私たちの見解では「やらない」はずの行動でした。

 というのも、カラミティー・レイド・フィールドが果たして無敵化の結界を破ることが可能なのか否かについて不明だからです。

 万が一、破れなかった場合。

 一週間に一度しかフィールドを貼れない都合上、フィーエルは部下が私たちに殺されていくのを見守るだけとなってしまうからですね。


 しかし、敵はリスクを承知で試し、見事に成功させてきたご様子です。


 やがて砦が結界ごと消滅し、周囲が真白一色に塗り替えられます。

 思い出すのは第一イベントの時でした。広大な白一面の空間。そこには砦にいた全員とフィーエル一人だけが真っ向から対峙させられています。


 空を浮かぶ天使……フィーエルが目を閉じながら言いました。


「皆が砦が厄介だと言うのです。ゆえにせめて……主力を封じさせてもらいました」


 フィーエルの目が見開かれます。直後。


【個人アナウンスを開始します】

【カラミティー・レイド・ボスのフィーエルより《レイド参加者》に選択されました。レイド・フィールドからの脱出が不可能となります】


 これがカラミティー・レイドの仕様です。

 領域内の50人を指定して逃亡不可能とするのです。その代わり、選ばれた50人以外は脱出することもできますし、外部から人類種は無制限に乱入可能です。


 カラミティー・レイドの厄介なところですね。

 たとえば国相手に喧嘩を売ったとして、主要人物を50人も殺せれば壊滅させたようなモノです。

 まあ、この制限がなければ国を皆殺しにした上、地形に大規模破壊をもたらすのでしょうけど。


 選ばれたのはアトリやクルシュー・ズ・ラ・シー、ギースと言った「天使軍を壊滅させうる人材」でした。

 また、防衛の主力たるメメと大天使みゅうみゅ、リタリタも指名されたようです。


「クルシュー・ズ・ラ・シーの作戦が狂ったようですね」

「勝つ……ですっ!」


 カラミティー・レイドが開幕しました。


      ▽

 初手。

 フィーエルが呟きました。


「【カラミティー・スキルⅠ】」


 言葉を紡げば、身長1メートル後半だったフィーエルが巨大化します。

 私の目測によれば4メートルちょうどですね。

 突如として肉体を大きくしたフィーエルが、手にした錫杖を右方向へ一閃します。放たれたのは真白の一閃。


【閃光魔法】


「【カーネイジ・ライトニング】ですね」


 要するにビームでのなぎ払いです。フィーエルが持つであろう魔法攻撃ならば、NPCたちなど豆腐を裂くように両断してしまうでしょう。

 アトリは超反射で跳躍。

 フィーエルの魔法を回避します。


 しかし。


 アトリの後方。

 たったの一撃で夥しい数のNPCたちがロストしていました。上半身と下半身がお別れし、次々とNPCたちがロストしていきます。


 びちゃびちゃ、と肉が床に落ちる音が続きました。

 半分が殺されました。


「たい、退避みゅん! 選ばれた人以外は全力で退避! みゅうみゅたちは全力で勝ちに行くみゅん! しっかり! 心で負けるなみゅん!」

「!」


 大天使みゅうみゅさんの号令により、軍団は一斉に動き出しました。

 あっけにとられていた盾職たちも意識を鋭くします。【カーネイジ・ライトニング】は解除しない限り、ずっと放射され続けています。


 フィーエルが今度は左方向に杖を回そうとしたところ。

 クルシュー・ズ・ラ・シーが動きました。彼は自身の右腕と左腕を掴み上げ、それをグイと引っ張って引っこ抜きました。


 大量の血液が流れます。

 両腕が床に落ちていく代わりに、クルシュー・ズ・ラ・シーの肩口から怪物の両腕が生えだしてきます。


「いくわよ、禁術――【禁忌指定・鼓動】」


 どくん、という音が聞こえてきたかと思えば、フィーエルが膝を地面につきました。大量の血液を口から吐瀉するクルシュー・ズ・ラ・シーを尻目に。

 二つの影と一人の狩人が動きます。


「ふ!」

「いええええええええええええええあ!」

「【クリティカル・アロー】」


 一人はアトリ。

 一瞬で距離をゼロにし、フィーエルの首に大鎌を叩き込んでいます。


 もう一人は《動乱の世代》――【剣聖の弟子】メリーでした。長い銀髪をリボンで結び、着物を身にまとった刀使いです。彼女はフィーエルを袈裟斬りにします。


 最後の一人たる【命中】のルーの矢が敵の顔面に衝突しました。


「……! 硬い、です」

「やや、思ったよりも斬れないですござる」

「効いていないの、フィーエル? 悲しいな、フィーエル」


 フィーエルの首の三分の一付近で《死に至る闇》は停止し、メリーの攻撃は軽く傷を刻むだけに終わっています。

 ルーの矢もダメージを与えるのみでした。


 アトリとメリーが次手を放つよりも先に、鼓動を取り戻したフィーエルが錫杖を振るいます。それは目にもとまらぬ速度。

 大鎌で受け止めましたが、膂力で吹き飛ばされてしまいます。


 フィーエルが錫杖を持たぬ左手に、凝縮した光を生み出します。照準はアトリ。


「素晴らしいです。【スナイプ・ライトニング】」


 私が咄嗟に【クリエイト・ダーク】でアトリを移動させます。【スナイプ・ライトニング】が虚空を貫く中、空中からエルフの剣士ニーネラバが降り注ぎます。

 エルフの美女が顔面に湛えるのは、抑えきれない凶暴性。


「ふははははははは! 是非ともお手合わせを!」

「良いでしょう」と上を向いたフィーエルが錫杖を振り上げました。両者の攻撃は一瞬の間だけ拮抗します。


 目を見開いたのはフィーエル。

 炸裂したように笑うニーネラバ。

 ニーネラバは大剣の軸を衝突の瞬間にずらし、見事、フィーエルの攻撃の威力を逃がしたのです。


 結果。

 ニーネラバの大剣がフィーエルの肩を打撃しました。

 ですが、それでさえも微量なダメージにしかなりません。カウンターの蹴りがニーネラバに刺さる寸前、今度はメメの声が聞こえます。


 優秀な盾職が前衛を放棄するわけもなく。


「【シールド・バッシュ】」


 大盾がフィーエルをぶん殴ります。

 わずかにたじろぐフィーエルに、火力職の攻撃が集中しました。そのすべてをフィーエルが飛行して回避してしまいます。


「素晴らしい素晴らしい。我々天使と人類種は根本的に解り合えません。ですが、唯一、殺し合いの時だけは同じ感情を共有できる。美しい! 気持ち良い!」


 陶酔したようにフィーエルが目をつぶります。


「相手を殺したい。純粋な殺意のぶつけ合い。生存欲と破壊欲求が同居した秩序じみた混沌の音色……あっん」


 フィーエルが目を見開き、その黄金の瞳で世界を睥睨します。


「来なさい【ケテルの一翼】発動」


 フィーエルの翼が一枚だけ消え失せ、代替に白い空間には巨大なドラゴンが召喚されました。白銀の鱗を持つ……美しい龍。

 その龍の頭部に乗り移り、天使フィーエルが両腕を広げます。解き放たれた莫大な圧。世界の重力が数倍になったかのような錯覚。

 ぶわり、と天使の翼が開かれました。


「さあ、殺し合いましょう、人類種! 我々の血は赤い!」


 決めゼリフを喋っている最中、【命中】のルーだけが容赦なく矢を放っていました。あとアトリも【スナイプ・ライトニング】を連発していますね。

 気が合うのかもしれません。

 周囲はどん引きでした。


 ただフィーエルだけが嬉しそうに頬を染めています。

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