第163話 最上の領域

  ▽第百六十三話 最上の領域

 撤退した天使たちを監視しましたところ、本気で逃げたようです。今はおそらく回復魔法の使える天使が、負傷した兵士を治療しているとのことでした。


 我々プレイヤーサイドの被害はそこそこ。


 ロスト報告はすべて大天使みゅうみゅさんのところに上がっているようですね。その間、我々主戦力は砦の一室にて会議を行っていました。

 発言するのは美貌の女性……ではなく男性。

 クルシュー・ズ・ラ・シーでした。彼は右手で左肘を支え、頬杖をついて言います。


「あれは魔物側の最上の領域にあるようね」

「最上の領域……」

「そうよ、アトリ。あたくしたち最上の領域と呼ばれる人類種は、強さが逸脱しているわ。たとえば貴女のお友達のジャックジャックもレベル100だったでしょ? でも、あたくしたちほどに強くはなかった」

「魔物にもそういうのが居る?」

「そう。ただのレイドボスではない。上澄み中の上澄みよね。あたくしたちは《厄災級カラミティー・レイド》と呼んでいるわ。国が全軍で相手にするようなクラスね」


 カラミティー・レイド。


 クルシュー・ズ・ラ・シーが言うには、そのあまりもの強さのために向こうが「戦いを仕掛けられる回数」に制限が掛けられているとのことです。

 一週間に一度だけ、カラミティー・レイドクラスは戦闘を挑んでくることが可能です。


 ただし、こちらから攻めた場合、迎撃してくることは可能とのこと。今回は敵襲なので「一週間に一度の権利」を行使してくる可能性が高いようですね。

 カラミティー・レイド・フィールドが展開され、その戦闘の影響は外部には影響されないようです。

 そういうのがなければ周囲から何もなくなるような戦闘力なのでしょう。


「あんなのは数が居ても無意味ね。あたくし、アトリ、ニーネラバ、ギース、メメ、リタリタ、あとは他の《動乱の世代》くらいかしらね? 【絡み糸】なんかは防衛に回したいし。一人くらいヒーラーがほしいけど」


 言ってクルシュー・ズ・ラ・シーが見やるのは大天使みゅうみゅさんでした。それから小さな溜息を零します。


「上手いし有能なのだけど……スペックが不足気味ねえ。防衛側の指揮と士気に関わっちゃうのも困るわ。アトリ、貴女の【リジェネ】とその邪神さま? のポーションに頼らせてもらうしかないようだわ」

「構わない」

「こういう時、レジナルド殿下がいらっしゃれば良いのだけど。ま、高望みよね」


 しかし、カラミティー・レイドは初耳でしたね。

 よく考えれば当然でした。

 かつてレイドボスイベントがあった時、当時のアトリたちと最上の領域の面々のスコア差はそこまで乖離していませんでした。


 おそらく、7体目くらいからのボスがカラミティー・レイドだったのでしょう。


 ぱん、とクルシュー・ズ・ラ・シーが手を叩きました。


「カラミティー・レイドの対象はレベルが限界を突破して100を超えている個体もいるわ。死闘になるでしょ。細かいことは他の人に任せてあたくしたちは寝ておきましょう。お爺ちゃんはもう起きてらんないわ。おやすみなさい」


 そう言って【呪獣】は部屋から出て行ってしまいました。話に聞いている限り、彼の戦闘スタイルは消耗が激しいようです。

 おそらく、我々の中でもっとも疲弊していたでしょう。


 エルエルクラスを二体は倒したそうなので然もありなんです。

 ちなみにギースも10枚羽を数体仕留めたとのこと。まあ、前情報なしでギースと戦闘を始めるのって無理ゲーですしね。


「アトリ、私たちも休みましょう。おそらく明日は【ヴァナルガンド】を使わねば勝てないような戦闘になることでしょう」

「はい……です、神様」


 アトリが私を腕に抱えます。

 すると、会議の終わりを察したのか、久しぶりな顔が近づいてきました。それは美貌のエルフの女性……エルフランドでちょっとだけお世話になったニーネラバでした。


 相変わらず背には巨大な剣を負っています。


「久しいですね、アトリ殿」

「? ……うん、ニーネラバ」

「おお! 数度しか会話を交わしませんでしたが、やはりわたくしのことを覚えていらっしゃいましたか。強者は強者に惹かれる……うむ、至言ですね」


 アトリは完全に忘れていたようですね。

 今回のイベントにはユークリスこそ来ませんでしたが、その代わりとでも言うようにニーネラバがやって来ています。戦闘狂の色があるニーネラバならば当然でしょう。


「アトリ殿! 今こそ剣を交える時です! 強くなった……わたくしよりも強くなった貴女とならば、万全の稽古ができることでしょう。明日のカラミティー・レイドに向け、我々は剣を交えて強くなるしかありません」

「神は言っている。ボクは寝るのだ……」

「ふむ……まあ、たしかに」


 ニーネラバが真剣な眼差しでアトリを上から下へと見渡しました。成人女性のルックスをしているニーネラバに対するのは、同い年の中でも小柄なほうのアトリでした。

 こくり、とエルフが頷きます。


「成長期の邪魔をするわけにはいきませんね……ここは引きましょう。そうです、明日あたりわたくしと契約してくださった精霊様も顔を出すことでしょう。紹介しておきます」

 言って朗らかにニーネラバが、隣の闇精霊に手のひらを向けました。

「こちらは、わたくしの契約精霊たる《タダのメス豚》さまです」

「そう」


 忘れていましたね。

 第一回イベント時、ニーネラバは上位入賞していました。その時に契約精霊の名前も順位表に載っていたのです。


 絶対に変な人ですよね……

 こういう時、心の底から【顕現】を取っておかなくて良かった、と思います。相手が【顕現】して挨拶してきたら、私も礼儀で【顕現】して挨拶を返さねばならないところでしたよ。


 私、一応は最低限の礼儀は持っているので……無視できる性格ではありません。


 相手が悪意全開で来てくれたら良いのですけどね。

 無視できるので。


 タダのメス豚さんが悪い人であることを祈ります。ですが、私のくだらない人生経験上、こういう名前を自ら名乗る人って……悪い人ではないんですよね。

 変な人であることは確定ですけど。


 溜息が零れそうになりながらも、私はアトリに寝室へと連行されました。

 もちろん、幼女と疚しいことなんてありませんよ。元々、精霊の姿なのでふわふわな煙みたいな感じですしね。

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