第161話 筆頭天使エルエル

   ▽第百六十一話 筆頭天使エルエル

 天使たちを葬りつつ、私たちはチームの救援に向かいました。

 対天使軍用の掲示板があるため、ピンチの場所にはすぐさま駆けつけることが可能です。無闇に自軍が減れば、こちらのリスクになりますからね。


 可能な限り損耗は抑えたいところ。


 私たちが向かった場所には、強力な天使が出没しているようです。

 木々の間を疾駆し、戦場に乱入しました。

 そこでは十名のNPCと【顕現】した精霊が3体います。


 見るからに満身創痍。

 切り札たる【決戦顕現】も切って、ようやくNPCたちのロストを防いでいる感じです。


 対峙するのは五体の天使。

 うち一人が十の翼を保有しているようでした。つまり、少なくとも【天使の因子】についてはカンストしている勢です。


 十翼の天使の容姿は美麗でした。

 聖画の題材にしても良いほどの神々しさ。全身から光を発するが如く。豊かな金髪の男性でした。


 十翼の天使が怜悧な瞳をアトリに向けました。


「見ない天使だ。……がよく来た。挟撃としゃれこも……」

「――」三枚羽の天使が、十翼に耳打ちをします。すると、十翼はきょとんとした表情を浮かべました。

 首を傾げながら、その腕を組みます。


「ふむ? 敵とな。これは珍妙な。何故、人類種に味方する?」

「神の啓示」

「……解らぬな。我ら天使は悪魔と人類種を滅ぼせと生まれた。道理に合わぬ」


 べつに天使は人類種が憎くて攻めているわけではないようです。

 ただ「そういう種族だから」人類種を殺戮するのでしょう。我々、人類側から見ればその性質は悪辣一辺倒でしょう。


 しかしながら、たとえば人類はガチョウやアヒル、カブトガニに悪逆非道を働いています。彼らからすれば、どのような悪魔よりも人間のほうが猟奇的でしょう。


 卵と鶏の肉を合わせて「親子丼」とかキャッキャしたりもするわけです。


 そう考えると人間ってどうしようもないですよね。

 親子丼もフォアグラもなくても生きていけるし、なくても苦しんだりしないというのに。わざわざ自分の快楽のための邪知暴虐となります。


 ただ。

 私は美味しいので好きですよ、フォアグラも親子丼も。そういう人類の醜さや罪さえも、私は肯定しましょう……自称邪神なので。


 こういう場面での解決策は単純です。


 死んだほうが雑魚で悪。

 これに限りました。ゆえにアトリは大鎌を慎重に構えます。


「十枚はボクがやる。ほかは足止め」

「はい! アトリさん!」と腕を失っているNPCが応じました。「倒さなくても大丈夫ですよね? 時間稼ぎと牽制が精一杯かもしれません」

「構わない。すぐに片付ける」

「頼もしい! さすが死神幼女!」


 そうして戦闘が開始されました。


       ▽

「【イェソドの一翼】発動。固有スキル【雷光の纏ケラウノス・シルド】発動」


 開幕で十枚翼が固有スキルを発動します。自身の周囲にビット状の雷を展開するスキルのようでした。

 近づくだけで雷がオート発射されるご様子。


「不可解な天使よ、ここで滅されよ」

「神は言っている。消えるのはおまえ」


 十枚翼が接近するよりも早く、私の【クリエイト・ダーク】が出現します。雷がオートで闇人形を破壊していく中、アトリが雷の間を抜けて十枚翼に迫ります。

 飛びかかりながらの斬撃。

 対する十枚翼は光を帯びた槍をこまめに突き出し、牽制を繰り返しました。


「攻撃は固有スキルに任せ、自分は牽制に終始する……堅実に強いタイプですね」


 十枚翼は現在、翼を一枚消費して九枚翼となっております。

 そのアーツは例の如く【イェソドの一翼】……未来視ですね。未来を先読みする力と一定水準以上のステータスが、ひたすらアトリを牽制することに専念するのです。


 その防御は鉄壁。


 アトリが近づいてくる雷を大鎌で切り伏せれば、その隙間で槍が突き出されてきます。私の【ダーク・ネイル】はいくらか命中していますけど、大したダメージは与えられていません。


 闇精霊の弱いところが出ていますね。


 状態異常の付与も上手くいきません。レベル差がありすぎるのかもしれませんね。一応、【沈黙】と【毒】は与えましたが、敵は【光魔法】使い。

 あっさりと回復されています。


「時間を掛ければ【イェソドの一翼】の効果時間も切れるでしょうが……他のメンバーが危険ですね。強引にやってしまいますか」

「はい……神様!」


 周囲では凄まじい戦闘が繰り広げられています。

 天使とプレイヤーの激突ですね。【天使の因子】は独特な強さがあるので、【顕現】したプレイヤーでも苦戦させられているようです。


 未来を視られるっていう感覚は、独特につき。


 今は拮抗していますけれど、プレイヤーの【顕現】時間が切れれば厳しそうです。普通に天使たちも固有スキルを使ってきますしね。

 アトリクラスの敏捷があれば、デバフ系の固有スキル以外は回避できますが。


「【狂化】」


 僅かに上がる口端。

 凄まじい速度でアトリが大地を蹴ります。未来視している十枚翼は、ノールックで後方を槍でなぎ払いましたが……【ダーク・リージョン】。


 するりと槍がアトリを抜けます。

 豪快な鎌撃が放たれる時、十枚翼が叫びました。


「【ティファレトの一翼】発動――【閃脚】」


 ダメージ判定を消された鎌が、十枚翼の首を透過していきました。代わりに天使の蹴りがアトリに炸裂します。

 腹を吹っ飛ばされましたが、構わずにアトリは小鎌を振りかぶっていました。


 私が【クリエイト・ダーク】で持たせた小鎌です。

 スッとアトリの小鎌が十枚翼の首に亀裂を生みます。その大半のHPが吹き飛んだ十枚翼は、大きく後方にジャンプします。


 本当でしたら、一歩下がるだけで良い場面。

 ですが、彼には視えていたのでしょう。彼の一歩うしろの箇所へ、私が撒いていた罠の存在に。ゆえにこその大幅なジャンプ回避。


 そこにアトリの魔法が連射されます。

 デタラメに発射しても追尾するのが【ハウンド・ライトニング】の強みですね。撃ちながら距離を縮めていきます。


「おわり」

「――!」


 十枚翼が目を見開き、自身の死の未来を視たようです。

 戦闘中、私が四方八方に巡らせた【ダーク・ボール】と【シャドウ・ベール】の定番の組み合わせ。


 どれに当たっても即殺の未来でしょう。

 避けることもできたでしょうけれども、単純に「未来を選択する時間」が足りていません。


「っ、【ケテルの一翼】発動!」


 十枚翼がドラゴンを召喚したと同時、十枚翼の首に大鎌が叩き込まれていました。HPが全損する十枚翼。

 アナウンスが響き渡ります。


【ネロがレベルアップしました】

【ネロの闇魔法がレベルアップしました】

【ネロのクリエイト・ダークがレベルアップしました】

【ネロの再生がレベルアップしました】

【ネロの敏捷強化がレベルアップしました】

【ネロの罠術がレベルアップしました】

【アトリの光魔法がレベルアップしました】

【アトリの閃光魔法がレベルアップしました】

【アトリの神楽がレベルアップしました】

【アトリの詠唱延長がレベルアップしました】

【アトリの天使の因子がレベルアップしました】


 出現したドラゴンは強そうですけれど。

 本体よりは脆弱でしょう。


 十枚翼の固有スキルは強かったです。雷は威力が高かったですし、何度も命中すれば【麻痺】してしまいます。

 が、【麻痺】対策をしたアトリは被弾覚悟で問題ありませんでした。


「相性が悪かったですね」

「神様……」

「そうですね」


 私たちが見上げているのは、空。

 そこには十枚翼が死ぬ寸前に召喚したドラゴン。そして、その隣で空中に立っている仮面をした女天使。


 天女のような羽衣だけを身にまとい、その慎ましやかな肉体を露出しています。

 天使が風鈴のような声を響かせました。


「ピトエルくんがやられてしまうとは。鬱ですね……怖いですね、人類種。はあ、ぼくが戦わなくてはなりませんか……鬱い」

「だれ?」とアトリが問えば、その天使は面倒そうに返してきます。


「筆頭天使エルエル。人類種の味方をする天使もどきは見過ごせないよ」

「アトリ、強敵です。私たちで仕留めておきましょう」


 アトリがこくりと頷き、エルエルに向けて告げます。


「神は言っている。おまえはここで仕留められる運命」

「いいえ、神は言っていません」

「?」

「?」


 筆頭天使と対峙します。

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