第160話 襲撃の天使

   ▽第百六十話 襲撃の天使

 かなりのドラゴンを仕留めました。

 ですが、徐々に我々も疲弊してきております。大技のクールダウンも返ってきていないご様子。


 ドラゴンの攻撃も苛烈極まりありません。ドラゴンは遠距離魔法も使えますし、そもそも接近して攻撃もしてきます。


 時折、タンクの攻撃を抜けて城壁が破壊されていきます。プレイヤー側もてんてこ舞い。


「修理班!」

「やってるやってるやってるって!」

「ああああああああああああ! 忙しすぎぃ!」


 土魔法使いや建築系の生産スキル持ちなどが必死に壁を直しています。それでも間に合っていないようですね。

 二体のドラゴンが近づいてきました。

 接近戦を仕掛けてくるつもりのようですね。


「アトリ」

「!」


 目にもとまらぬ勢いでアトリが城壁上を疾走。何人かのNPCの頭部を踏んで跳躍し、私が足場として用意した【クリエイト・ダーク】でドラゴンに近づきました。


『ぐがあああああ!』

「うるさい」


 すぱん、とアトリの大鎌がドラゴンの首を切り落とし、その勢いではね飛ばしました。NPCたちが喝采を上げる中、そのドラゴンの死体を足場にもうワンジャンプ。

 別のドラゴンが爪で攻撃を仕掛けてきます。

 けれど、アトリには装備による二段ジャンプが残っていました。


 爪の真上を跳躍。

 空ぶった爪が大気を切り裂く紙一重。とん、とアトリはドラゴンの指に着地。


「おわり」


 腕を駆け登り、一瞬でドラゴンに【首狩り】を叩き込みました。ドラゴンの首があった跡地から、雨のごとき血しぶきが上がります。

 血の雨を浴びたNPCやプレイヤーたちが喝采します。その様、クラブの如く。


「うおおおお、アトリいいいいいい!」

「こっち防衛で良かったああああ!」

「こっち向いてえええ!」

「チャンネル登録してます!」

「ロキさまあああああ! あああああああああああ!」


 私が闇で作った傘で血を防ぎつつ、アトリが優美に戦場を流し目で見ます。途端、ドラゴンたちが怯えたように怯みました。

 これが最上の領域。

 ドラゴンさえも……もはやアトリを畏れるのです。


 突破して接近できるような精鋭ドラゴンを無傷で屠ったので当然かもしれません。といっても【殺生刃】も使っていたので自傷ダメージはかなりありましたけどね。

 アトリの一撃必殺の秘密の一角です。


 ふと真横から声をかけられました。少女の声です。


「火力上げるね、アトリ? 天使のほうを対策してほしいな、アトリ? いける、アトリ? 一緒が良い、アトリ? うしろから撃って良い、アトリ?」

「ボクが近接する。ボクへの攻撃は許さない」

「解ったよ、アトリ? 悲しいな、アトリ? 寂しいな、アトリ? また遊ぼうね、アトリ? ここは任せてね、アトリ?」

「うん」


 いつの間にか隣で宙を飛んでいるルーが、早口に色々と捲し立てました。どうやら、大物狙いを交代してくれるようですね。

 今までのルーは、敵の妨害に専念していました。

 ですが、これからは大物を撃ち殺すとのこと。まあ、ヨヨ戦前までのアトリと同格なのがルーです。それくらいは任せられるでしょう。


 アトリが城壁から降り立ち、近づきつつある天使の大群に向かっていきます。


 上空からはルーからの援護射撃が必要以上に降り注ぎます。その活躍を形容するならば絨毯爆撃でした。

 化け物ですね、ルー。

 正直、神器枠をひとつ彼女に貸しても良かったくらいです。今回のイベントは、イベント中に取得したアイテム、装備は引き継げませんからね。


 貸したアイテム、装備も借りパクはできません。


 私が後悔を覚えている間も、アトリは敵に接近していきます。

 無論、アトリの背には【クリエイト・ダーク】モード・アームが接着されています。

 この第三の腕に装備されたアイテムは、アトリが装備したことになります。その腕には現在、杖の邪神器が握られています。


 接敵します。

 

 数は数十。軽く【鑑定】してみた結果、十体ほどに弾かれました。あの十体がこの中では強者なのでしょう。

 その相手はアトリです。


「ザ・ワールドの天使なんかにボクは負けない」

「そうですね。私の天使に負けはないでしょう」

「! うへへ……ボクは神様の天使。かみさまだけの……」


 アトリが嬉しそうな雰囲気を解き放ち、目をぐるぐるさせ始めたその時。

 対峙した天使たちが同時に口を開きました。生み出されるのは無数のアーツ起動音。


「【イェソドの一翼】発動。【ゲプラーの一翼】発動。【ケセドの一翼】発動」

「【イェソドの一翼】発動。【ケセドの一翼】発動」

「【イェソドの一翼】発動。【ケセドの一翼】発動」

「【イェソドの一翼】発動。【コクマーの一翼】発動」

「【イェソドの一翼】発動」


 うんぬん。

 ともかく、全員が未来視である【イェソドの一翼】は使用したようですね。未来を確認されれば、いくらアトリと言えども攻撃を命中させることが難しくなってきます。


 しかし、厄介なのは【ゲプラーの一翼】でした。

 これはまだアトリが所有していないアーツです。このバフ効果は「HPの反射回復」となっております。ダメージを受ければ、反射で微量の回復効果を得られます。

 そして使用効果。

 その力は「30秒間、自身に強烈なステータス減少デバフ付与。時間経過後、そのデバフを指定対象に移す」というものです。

 つまり、30秒自分に弱体化。

 30秒後、その弱体化を敵に押し付ける、という力ですね。

 範囲があまり広くないため、戦いながら超デバフを受けねばなりません。


 ソロでは使えないアーツです。


 が、集団戦ともなれば……使い道はあります。


「アトリ、効果は30秒です。30秒以内に倒しますよ」

「はい、【ヴァ――」

「――【ヴァナルガンド】は禁止です。敵に【ホドの一翼】を使われますよ」

「……はいです」


 アーツ【ホドの一翼】は無差別な範囲に対する、バフ・デバフ強制解除アーツとなっております。固有スキルさえも解除できる優れものです。

 アトリには無数のバフが付与されています。

 たとえば【死に至る闇】も【死を満たす影】にバフを付与しているわけで。


 天使一体ならばともかく。

 複数の天使は厄介極まりありませんね。


「ロゥロ」


 アトリがロゥロを敵後方に呼び出し、即座になぎ払いを行わせました。しかし、天使たちは知っていたかのように跳躍して腕を回避。

 数名がロゥロを攻撃して撃破。

 と同時に【コクマーの一翼】を使用していた天使が、大規模な業火を撃ち出してきました。対するアトリは【魔断刃】に光を纏わせて魔法を両断。


 残り火で焼かれながらも、敵に全力で突撃していきます。


 私は呟きます。

「【敵耐性減少】【プレゼント・パラライズ】【プレゼント・パラライズ】」

「っ!?」


 天使がぴたり、と動きを止めます。

 一度抵抗されましたが、二度目で付与に成功しました。

 そのそっ首をアトリが容赦なく刎ね、流れるような動作でもう一体も斬り殺します。いくら未来が見えていようとも、こういうタイプのデバフは中々に対策できないでしょう。


 一応、【ホドの一翼】でのデバフ対策はあるようですが……私には【敵耐性減少】があります。あるていどは弱めることが可能なわけです。


 デバフ発動者を仕留めました。


「これで――」

「【ゲプラーの一翼】発動」


 また他の天使が【ゲプラー】を発動しました。ウンザリしてきますね。


       ▽

 凄まじい敏捷値により、未来視をする天使たちを着実に削っていきます。先読みは面倒ですけれど、読まれたところでアトリは強靱でした。

 もはや天使たちは死ぬのは前提。

 仲間が殺害された隙を突き、アトリを攻撃する方向にシフトしたようです。が、アトリはリジェネタンクなので致命傷以外はすぐに回復してしまいます。


 敵は【ケセドの一翼】を発動しています。

 つまり、クリティカルダメージが通常ダメージにされています。ゆえに首を飛ばされても平気か、と言われればアトリを敵に回した場合、話は大きく異なります。


 大鎌アーツ【首狩り】。


 この効果は「首への与ダメージが防御無視となり、威力が5倍」となるチート性能でした。大鎌という使いづらい武器で、首オンリーなので当てることは至難ですが……命中すれば必殺。


 クリティカルしたほうが強力ですけど、しなくても殺せる火力ですよ。

 そして【大鎌術】【月光鎌術】【造園】で技術力を限界突破しているアトリを前に、天使たちのような達人程度では首への攻撃を防ぎきれないでしょう。


 ヨヨではありませんが言いましょう。


「ステータスが足りない」


 天使たちの首を面白いように刎ねていきます。戦場は天使の血だらけ。生存した天使も返り血まみれです。

 血だらけの天使はグロテスク。

 ちょっとした風刺画の気風さえも漂います。


「……」


 生き残ったのは、私の【鑑定】を弾いた五体の天使たち。それぞれが武器を構え、警戒するようにアトリを睨み付けています。

 やがて槍と盾を持った天使が口を開きます。


「【h――」

「――退避」


 私の命によってアトリが射出されるミサイルのような速度で、後方に大きく飛びました。天使の言葉が続きます。


「――ドの一翼】使用」


 敵がアーツを使用する頃には、すでにアトリは数十メートルを離れていました。敵が使ったのは「無差別にバフ・デバフを解除する」アーツでした。

 そのアーツの弱点は把握済み。

 射程距離は十五メートルくらいです。


「私を甘く見ましたね。口周りの筋肉の起こりで次の発言くらい読めますよ。未来視などなくても」

 そして、

「アトリの反応速度と敏捷値でしたら、私の声を聞いてから範囲外に脱出余裕です」


 仮に発声を不要としていた場合も、雰囲気を観察しておけば事前に察知可能です。動物型ならばまだしも、天使たちはヒトガタなので筋肉の描写なども完璧です。


 想像以上に、人の行動は筋肉の描写で予測可能なのですよ。……相手がデタラメだとフェイントに使われますけどね。

 私に逸脱級のフェイントを看破するほどの戦闘センスはございません。


「まあ、今回は私の想定内だったようですが」


 天使たちの翼、天輪、その他に使っていたバフがすべて解除されました。

 無差別解除なので自分たちも弱体化してしまうわけですね。そこにアトリが突撃していって、そのすべてを殲滅してしまいました。


 天使の亡骸の正面には、仮面が落ちています。


 それは故ヨハンとのダンジョン探索で得た仮面でした。装着者の肉体や装備を自由に変更できる、というアイテムです。


 私はそれを【クリエイト・ダーク】で作り出した人形に装着させました。必要なMPは私が闇の糸で繋いで有線接続で供給しましたとも。

 それによって「闇人形アトリ」を作成しておきました。


 未来視対策ですね。


 彼らは射程内にアトリがいる……と視たようです。

 だから安心して【ホドの一翼】で自爆したわけですね。遅かったと気づいた時には、もう致命的だったことでしょう。


 まあ、私の作成速度と先読み、アトリの圧倒的なスピードが成せる対策でした。


 他の人たちでは再現できないでしょう。


「さてアトリ。他の敵も見ておきましょう。プレイヤーたちは苦戦してそうですしね」

「天使は皆殺し……です」

「それだと貴女も死にますね」

「……ボク以外の天使は皆殺し……です!」

「よろしい」

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