第157話 時空凍結前の世界

   ▽第百五十七話 時空凍結前の世界

 降り立ったのは湖を背にした砦でした。

 内部で自給自足できるようになっており、畑や家畜の住居なども用意されているようでした。中々に立派な砦のようですね。


 宿泊施設などもたくさん用意されています。


 ここが運輸の経由地点、というのは嘘ではないようですね。しかしながら、その触れ込みとは裏腹に活気の気配は皆無です。

 私たちを含めた参加者を除けば、他のNPCはまったく見受けられませんでした。


「かみさま……一般人がいない、です」

「そうですね。まあ逃げたのでしょう」


 これから天使の大群が攻めてくるのです。

 一般人であれば一目散に逃亡するべきですし、戦士であれば熟考の後に撤退するべきでしょう。そのような中、砦に残った兵士たちは……もはや捨て駒ですね。


 突如として出現した、契約NPCたち。


 まだ砦に残っていた兵士たちが槍や剣を向けてきます。

 穏やかではない、荒々しい暴の気配が濃厚となります。ですが、その重苦しい空気を破るように、上空から美女がゆっくりと落ちてきました。


 狐の耳を生やした、妖艶な美女でした。


「なにをしておる、我が兵ら」

「――リタリタさま! この者らが突如として砦内に出現しました」

「ほう。我の神器が応えてくれたか。案ずるな、我が兵ら。これらは敵ではない。敵であったならば、我らの敗北は決定したようなもの。諦めて味方であると心得よ」


 ふわり、と狐耳の美女――リタリタが地に降り立ちました。ふんわりとした狐の尻尾にはボリュームがあり、とても手触りが良さそうでした。

 狐耳の美女が扇子を開き、口元を隠して微笑みます。


「よく来てくれた、戦士たち。歓迎しよう。我こそは狐帝きつねみかどの九尾兵筆頭……リタリタであるぞ。ちなみに神器使いだ」


 妖艶な流し目を向けてきたリタリタですが、ふと視線がアトリのところで止まります。尻尾がぴん、と伸びて硬直します。

 ずかずか、と乱暴な足取りで近寄ってきて、アトリの相貌をのぞき込みます。


「其方……もしやメドとターヴァの子孫か?」

「だれ?」

「ふむ。違うのか? しかしな、その神器【世界女神の救恤ザ・ワールド・オブ・チャリティ】の契約条件に血があったような、なかったような……」

「これは邪神器。邪神ネロさまのお力」

「ほうほう! なるほど。邪神ネロが遣わした邪神器であるとな。なるほどなるほど、それならばその圧倒的な力も頷ける……ってんなわけあるかーい!」


 ぺしり、と閉じた扇子でアトリの頭を軽く叩こうとしたリタリタ。

 ですが、アトリは超反応で扇子のほうをへし折りました。リタリタが折れて地面に落ちた扇子の残骸をかき集めます。

 涙目です。


「我の扇子があああああああああ!」


 叫びながらリタリタが吐血しました。

 アトリが冷静に言い放ちます。


「攻撃には死で応える」

「ツッコミであるぞ! 我、高度すぎたか!?」

「稚拙な攻撃だった」

「攻撃ではなく、笑いの技術についてだ!」

「?」


 この世でアトリをお笑いで笑わせることができるのは、セッバスというエルフだけです。どうやらリタリタに笑いの力はないようですね。

 無表情のアトリに、リタリタは鼻を鳴らします。


「これであるから笑いを解さぬ者は不得手なのだ。そういうところがますますターヴァにそっくりであるよ」


 ぶつぶつ言いながら、リタリタは胸の谷間から新しい扇子を取り出しました。彼女の衣服は中華服風です。ただし、胸の部分には大胆にも切り抜かれ、胸の谷間をこれでもか、と見せつけられますね。また、太ももを露出させるスリットがとても良い感じです。


 ……スリットではなく、もしや戦闘で切り刻まれたのでは?


 まあ、良い、とリタリタが肩を落として言います。


「ここに来たのだ。其方らも概要は理解しておるな? 数日後、ここは地獄と化す。否、天獄であるかな。くふふ。少なくとも我らは全滅するであろうな。そう! 夏を控えたピラメーのようにな。くふふ」


 くふふ、とリタリタが一人でケタケタと笑います。

 誰もが困惑する中、狐帝族の美女が扇子を向けてきます。


「ふむ、苦しゅうないぞ。如何に死闘を控えておろうとも、誰も其方らから笑顔は奪えぬ。大いに笑うが良い」

「……」

「ふむ」


 リタリタが朱色に染まった頬を扇子でぱたぱたと扇ぎます。


「今のユーモアを解説すると、ピラメーは夏前には卵を吐いて死んでしまうので、地獄を体験するもなにも死んどるじゃろがーい! ほんまものの地獄を彷徨っとるじゃろがーい! というツッコミ待ちの面白であるな……うん」

「……」

「死ね」


 吐き捨てたリタリタは背を向けて砦の内部へ駆け去りました。途中、何度か止まって咳とともに血を吐いていました。


 痛い程の沈黙が砦を満たします。

 残された副官的な人物が説明を引き継いでくれました。

 ようやくイベントが始まるようですね。


       ▽

 今回のイベントは防衛戦となっております。


 準備期間は数日。天使の侵攻具合によって戦闘日は前後するようですね。それまでに私たちは砦を強化し、天使の軍を全滅させねばならないようです。


 今回、こっちのイベントに参加した人数は、想像以上に少なかったようですね。


 ロストありのイベントです。

 しかも推奨レベルが契約NPC70レベル以上とのことで、意外と突破できている人が少なかったのです。


 プレイヤーはゲームとして楽しんでいますが、NPCたち目線では命懸けです。要するにレベル70とはプロのようなもの。

 普通はそこまで行く前に挫折するか、死ぬか、という感じですね。


 アトリがこのレベルまでスムーズに至れたのは、屈しない異常メンタルと【再生】スキルのお陰です。これらがなければ絶対に途中で死んでいますからね。


 レベル70まで来たら、むざむざ死なすのをプレイヤーも躊躇してきます。

 ゆえに参加する人が少ないのですね。

 たとえば立場のあるジークハルトやユークリスは不参加です。今頃はバーベキュー大会に参加しているか、仕事をしているかのどちらかでしょう。


 参加している知り合いは、メメ、ギース、ニーネラバくらいでしょうか。有名どころですとノワールもいます。

 あの大天使みゅうみゅさんの契約NPCですね。


 あの人がロストありのイベントに参加するのは意外でした。普通にバーベキューのほうでも配信映えしそうなものですけれど。

 まあ、どうでも良いでしょう。

 大天使みゅうみゅさんが居ると言うことは、多少の連携は取れるということ。吉報です。


 準備してきた罠を設置していきます。

 私には【罠術】があるので、地味に活躍できるような気がします。砦に戻れば無数のNPCやプレイヤーがせわしく動いていますね。


 大天使みゅうみゅが中心となり、現場監督として辣腕を振るっています。

 砦を覆う城壁の高さが三倍になり、魔道具によって上空への防御もあるようですね。また、十二時間持続する絶対防壁があるようです。


 ……これ、ヨヨが使っていたのと同タイプの防壁かもしれませんね。


 凄まじいMPが必要とのこと。生産特化のNPCなどは防壁係となるようです。まあ、生産特化のNPCはこのようなイベントに参加しませんけどね。

 生産といえば、と私はセックのほうを見やりました。


「セックさん、マジでありがとうございます!」

「こんなに美味しいご飯が食べられるなんて……バーベキュー組、完全に負け組でワロタ」

「料理バフえげつな。24時間働けるじゃん」

「本番までに力尽きるなよ」


 砦に置いてきたセックは大活躍中。

 スキルレベル100のセックの料理、鍛冶、云々は実に高クオリティです。他のゴーレムも連れてきているので、今、勢力としては邪神一派は第二位となっております。


 一位は大天使さんです。


 美しい顔のまま、セックがどや声で胸を張ります。


「ワタクシは完璧なゴーレムですので」

「マジでネロ裏山しすぎんだろ」

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