第154話 学者の村

    ▽第百五十四話 学者の村

 ミリム村の方々から浴びるような喝采と称賛、感謝の言葉を背にアトリが歩きました。数日ほどセックは村に滞在します。

 勘違いした村人にめっちゃナンパされるとのこと。

 ゴーレムだとはバレていないようです。


 あるていど魔物の襲撃などに慣れれば、セックもすぐに戻ってくることでしょう。


 そこまでする義理はないのですが、世話をするならこれくらいはするべきでしょう。人として。邪神ですけれど。

 村の全員が悪というわけではありませんからね。

 まあ、村人たちも悪ではなく、厳密には知らないだけですが。


 移動して《学者の村》に辿り着けば、そこにはぽつねんと老人が立っていました。長い杖にもたれるようにして、紅髪の眼鏡老人が仮眠を取っているようでした。

 近づいたアトリが言います。


「ここの人?」

「……【天使の因子】【神器】……貴君がアトリだね。我が輩は《学者の村》の助教授……ドト・ト・トールビオン。何が知りたい?」

「じきにギースが来る」

「ギースの紹介とは。意外な人選だ。ヒルダ辺りだと見当していたよ」


 老人がふわりと浮かび上がりました。


「かつてギースには助けられた。彼奴は粗忽で悪辣ではあるが……学者にとって有益な人物ではあるよ」


 老人の口ぶりから、ギースとの関係性が窺えます。まあ、ギースは装備などのデメリットを無視して使うことができます。研究には役に立つことでしょう。危険な作業でのダメージや害も無効化できますしね。

 それ以外にも助けられたようなニュアンスが含まれていますが……まあどうでも良いでしょう。


「ギースからならば良いだろう。我らが村に入ることを許可しよう」


       ▽

 そこはシンプルな村でした。

 どこか牧歌的であり、落ち着いた風情があります。住民は老人ばかり。一部の若者に見えるのはすべてゴーレムでした。

 いえ、ホムンクルスでしょうか?

 スキルレベル100のセックでさえも作ることができない次元です。


 杖を持ったまま浮かぶ老人が、近くの家を指さします。


「あれは図書館。そして、あちらに見えるのが図書館。向こうの建物は図書館。あれとこれも図書館。あっちは禁書系の図書館。気軽に寄ると良い。あれは図書館だ」

「図書館ばかり」

「あちらは図書館ではないぞ……図書司書館だ。必要な書物を伝えれば教えてくれる図書司書が詰めている。あそこは司書によりたくさんの本が持ち込まれているので、実質的には図書館だ」

「こわい」


 アトリが恐怖を覚えております。

 アトリが恐怖を覚えるモノは「シヲと図書館」になるようですね。


 他にも実験場。実験場。資料館。資料館。実験場。研究素材を作るための果樹園や農園という名の実験場。人体実験場。疫学実験場。……などの研究施設が名を連ねます。

 最後に、この村でもっとも狭い施設を紹介されました。


「あそこが我らの家だ。特殊な魔道具により、あそこには数百名が暮らせる。この村唯一の民家だね」

「こわい」

「こわいですね」


 学者の知り合いはいますけれども、彼も頭がおかしかったですね。元気にしているでしょうかね、吉良さん。


       ▽

「やあ、ロッキー! 恵美だよー」

「うわ」

「うわ、とは酷いね、ロッキー。ぼくたちの仲だろうに」

「そんなに仲良しでしたっけ、私たち」

「そんな! 一緒に天稟会で語らった仲じゃないかー。ぼくはオンライン参加だったけどー。何回か通話もしたよねー? キミの作品の協力だってしたしー、こっちを手伝ってもらったりー」

「というか、私の言葉が聞こえているのですか?」

「ああいやいや。聞こえてはいないよー。単純に推理しているだけ。キミのことはよく知っているからねー。一方的に」

「気持ち悪いかもしれません」

「酷いこと言うなあー。ぼくたちは53482文字も喋った仲なのにー」


 どん引きします。


「くふふ、冗談だよー。でもまあ、ぼくが本当にこれくらいやると評価してくれているのは嬉しいなー」

「評価というか、恐怖していました」

「え、意外とビビりだね? 知ってたよ」


 突如として【顕現】して現れたのは、私の知り合い……吉良恵美でした。名前で勘違いしそうになりますが、吉良さんは男性です。

 30代には見えないくらいに若々しい、ともすれば高校生くらいにも見えるような人です。

 しかしながら、私は立っている吉良さんを見たのは初めてです。


 吉良恵美。

 曰く「空前絶後の考古学者」

 曰く「安楽イス冒険家」

 曰く「蘇生させる者」


 私や月宮、陽村に匹敵する才能の一角です。

 過去、未来に於いて比肩する者のいないレベルの才人。

 私が【鑑定】してみたところ、どうやら吉良さんのプレイヤー・ネームは(笑)でした。《スゴ》の攻略ウィキ編集者であり、検証班の筆頭であり、ずっと掲示板に居る人です。


 この方の探究は独特です。


 膨大なネットの海に沈んで、情報をいくつも組み合わせて真実を見つけるのです。まったく関係ないようなスレッドやしょうもないSNSでの愚痴など。


 意味の解らない情報から、凄まじい事実を発見するのです。


 死んだと言われている日本の考古学を復活させ、埋蔵金を無数に発見し、アトランティスを完全な形で見つけ、ピラミッドの本当の正体を暴き、ナスカの地上絵を解決した男です。

 様々な歴史を書き換えました。

 彼が情報を収集し、見当を付け、ライブ配信をしながら部下や仲間に調べさせる。すると、面白いほどに世界の謎が解けていくわけです。


「貴方がゲームとは意外でした。世界の謎を解き尽くしたら、今度はゲームの謎でも解きますか?」

「こっちのほうが興味深くてねー。ま、しょせんはゲームだけど」

「ゲームの世界で考古学ですか。そんなに作り込まれているんですか?」

「うんー、まるで本当に異世界があるみたいだよー」


 くふふ、と吉良さんはわざとらしく笑います。こういう時、吉良さんは何か嘘を吐いているらしいですが……まあよろしいでしょう。


「それに政府から頼まれてるからねー」

「政府からですか?」

「うん、そうなんだ」


 まあ、私や吉良さんの影響力は存外に強力です。政府主体で始められた《スゴ》は、他国のVR技術やAI技術、あらゆる面で逸脱していますからね。

 ユニスさんが関わっているとは思いますけど。

 こんなに凄いものを作った以上、国家レベルで喧伝せねばならないでしょう。納得です。それならば私が呼ばれていない理由が解りませんけど。


 政府に嫌われているのかもしれません。


 国のために作品を作ってくれないか、と要請された時「解りました。ひとまず東京全域を更地にしましょう」と言ったのが悪かったのかもしれません。

 だって、何でも言ってくれって言ったから……


 ともかく、と吉良さんは微笑みます。


「そろそろ効果が切れるからね。お別れだー。今後ともぼくと妹のことをよろしくー。そして、今後も救世を深くお願いいたしますー、ってね」


 そういって吉良さんは消えてしまいました。

 あとに残ったのは光精霊のみです。ふよふよと契約者の元に向かったようです。まあ、吉良さんが遊んでいるなら、この村にいることは不自然ではありません。


 それにしても妹とは?


 私、吉良さんの妹さんと会ったことなんてありませんけれど……

 まあ、リアルの知り合いに会えて良かったです。彼は他人の領分を尊重してくださる方ですし、無闇に他者の害になろうとはしない人ですしね。


 今後、何かあったら彼に聞きましょう。

 吉良さんは知りたがりであると同時、教えたがりでもありますからね。


 ピコン、と私に通知がやって来ます。

 (笑)さんからのフレンド申請でした。許可します。すると、早々にメッセージがやって来ました。


(笑)‥53783文字も今まで喋った仲だし、何でも訊いてねー。ま、あんまりキミは訊いてこないだろうけどー。キミはキミの道を行くのが一番だもんねー。

ネロ‥本当に会話の文字数をカウントしているんですか? なんか嫌です。

(笑)‥(笑)


 フレンドが増えました。

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