第153話 お城へご招待

  ▽第百五十三話 お城へご招待

 セックは借りてきた【水魔法】でアトリを綺麗にしました。

 誰もがセックの圧倒的な美貌を目の当たりにし、難民キャンプのみなさんは「天女さまじゃ」だの「結婚してほしい」だの「奇跡だ」だの言いました。


 宗教侵略が即座に可能そうですね。


 しませんが。

 これだけ人気を集めれば十分でしょう。下手に村人たちが「聖女さまの隣に浮いている黒靄はなんですか? 悪霊か!?」とか言ったらすべてがパーになってしまいます。

 早く終わらせましょう。


「全員、聞くのだ」


 集団の中央に立ったアトリが、意識的に圧力を高めました。飢えなどで弱っている子どももいるので、いつもよりも圧倒的に微弱な威圧でした。

 しかし、先ほどの治療と殲滅により、アトリの名声は高まっています。


「慈悲深い邪神ネロさまにより、お前たちを救済する案が授けられた」


 ざわざわ、とキャンプ中に困惑と動揺とが電波します。

 この世界で神と言ったら「ザ・ワールド」以外にあり得ません。女神ザ・ワールドは放任主義というか、自然な生物の生態を見守るタイプの神のようです。


 北欧神話の神さまみたいに、悪い意味で人類に関わりたがるわけではないのは幸いでしょう。

 小動物を飼う時、構い過ぎて殺す人がいるように。神から構われるということは、場合によっては死を意味しますからね。

 けれど、ゆえにザ・ワールドは大して信仰されていないご様子。

 それを求める性格でもないでしょうがね。


「邪神は悪にあらず。闇なき世界に安寧はないのだ……」


 私がてきとーに言った言葉が、多くに喧伝されていきます。べつに恥ずかしいとかはないですけど、なんとも微妙な気分になってきますね。

 いや、すみません。

 恥ずかしいかもしれません。


「おまえたちが自衛できるような施設を用意した。そこにお前たちを連れて行く」

「あ、あのー、聖女さま」

「……なに」


 アトリは「聖女さま」呼びに不満そうな雰囲気を出しますが、話を進めるために受け入れたようです。柔軟な発想ができるようで幸いですね。

 他者に合わせられない天才は、余計な面倒に巻き込まれて人生を消費させられますから。


「その安全な場所は……あの疑うわけではないのですが。本当に」

「ほんとう」

「どうして聖女さまはそこまでしてくださるのですか?」

「? 当たり前」

「!!」


 勘違いが発生しているようです。

 村人たちは「困っている人を救済するのは当たり前」だと思ったのでしょう。ですが、アトリはおそらく「神様が言ったのだから当たり前」という感じでしょう。


 アトリは他者への思いやりを持ちますが、正義感はあまり持っていませんからね。


「神は言っている。早く城へ行く」


 先導するように歩き始めたアトリに、一人の青年がずかずかと近寄ってきます。それはひげ面で鼻を折られた青年でした。

 アトリの医療行為を邪魔しようとして、男児の母親にボコボコにされた男です。


「おい、待て。なに勝手なことを言ってるんだ。《学者の村》に入れてもらったほうが安全に決まってるだろうが! ガキはすっこんでろ」

「?」

「何もできねえガキがよ。それともなんだ? お前が俺たちを守れるっていうのか? そんなに自信がおありなら俺と決闘でもするか? ああん?」


 村人全員がギョッとしています。

 全員が表情だけで「おまえ、正気か?」と問うています。私もびっくりしています。推察するに、この青年はずっと気絶していたのでしょう。


 だからアトリの治療と殲滅を知らないのです。


 大人たちのみならず、子どもたちまでもに「正気を疑われている」青年。ですが、本人とアトリだけがその事実に気がついていませんでした。


「勝手なことしやがって。俺がこの村を守ってきたんだよ。よそもんのガキがごちゃごちゃごちゃごちゃ抜かすな。俺に従っとけば良いんだよ」

「決闘を受ける。面倒」

「はははは! 調子に乗ったな、ガキ。ボコボコにしてやる。が、俺は慈悲深い。骨折くらいで済ませてやるよ。ガキをいたぶる趣味もねえんでな」


 住民の中から女性が出てきて、男の腕を引っ張って「やめなって!」と言い続けます。必死の形相。奥さんですかね? 恋人でしょうかね?


 男は自信満々に微笑みます。


「安心しろ。殺さねえって」

「殺されちまう!」

「大丈夫だって。ああ、こいつが《学者の村》からの使者かもって話か? べつに大丈夫だ。俺たちは被害者だ。保護されるべき状態にある。それを即座に保護しない《学者の村》は狂ってるが、さすがにガキを一人負かしたていどで見捨てたりなんかされねえよ。人道的じゃない」

「そ、そうじゃなくって!」


 女性を強引に追いやった男は、面倒そうに拳を構えました。


「よし、やろうか? 始めだ!」

「じゃあ、全員、ボクについてくる」


 男が「始めだ!」と叫んだと同時、彼の両足は切断されていました。あまりにも鮮やかな切り口。男は斬られたことに気づきませんでした。

 何を言ってやがる! とぶち切れますが。

 歩き出そうとして、肉体が太もも付近から滑り落ちました。倒れた肉体。地面に貼り付いたままの両足を見上げ、男が大絶叫をあげました。


「な、なんだこれえ!!」

「あ、あんたあ! だから言った! なんでえ!」

「あああああああああああああああああ! 足があ!」


 全員がどん引きしていました。

 精神力が弱い人に至っては気絶してしまったようです。足の断面を見て嘔吐する人も見受けられます。阿鼻叫喚。


 崇めかけていた聖女さまが、殺戮聖女さまでした……というオチがつきましたね。


 青年以外の全員が「これくらい簡単にできる」と理解していたことでしょう。憧れの目で見てきていた子どもが恐怖に染まっています。

 魔物を殺せば英雄ですが、人を斬れば殺人鬼でしょう。

 一部、目を輝かせている子どもは危険ですね。あるいは英雄の素質アリです。


 全員がアトリについてくることになりました。


       ▽

 いつも私かシヲ、セックのいるアトリは理解していませんでした。

 普通の人はどこかへ行く時、準備時間というモノが必要なのです。たっぷり数時間ほどキャンプの撤収をさせました。


 私が【クリエイト・ダーク】で巨大な馬車を作り出します。


『――』

「シヲ、神様を愚弄するなら殺す」

『――』


 腰に手を当てたシヲは、やれやれとでも言うように肩をすくめました。馬の姿を取ります。どうやら、私が産みだした闇の馬車がお気に召さなかったご様子。

 ちょっとセンスないかもです。

 所詮、魔物型AI……仲間とはいえども、その点については酷評せざるを得ません。


 このキャンプ民たちは弱っています。

 この人たちのペースで進むのは却って面倒です。それゆえに一度に移送することに決めました。恐る恐る闇馬車に乗り込む人々。


 地味にこの規模の【クリエイト・ダーク】を維持するのは大変です。


 私の無限のイメージ力と集中力が欠けそうになります。プライドで持続させますがね。馬車の装飾などのクオリティ部分は最優先です。

 馬車というよりも、もはや車輪付の屋敷ですよ。

 その屋敷を引っ張るのは、シヲとセックが召喚したたくさんの魔物たちです。


「じゃあ、行く」


 馬車が動き始めました。


       ▽

 道中の魔物なども退治しながら、キャンプ民をお城へ届けました。

 全員が驚天動地。

 絶句の中、アトリだけが平然と告げます。


「これが邪神ネロさまが用意してくださったお城。お前たちが生きるのには十分」

「こ、こんなすごい物を……! ありがとうございます、聖女さま」

「ボクではなく、神様に感謝をするのだ」

「え、えっと……はい」


 キャンプ民たちを城へ入れます。

 凄まじい城です。美観はまだまだですけれども、人が生活したり防衛したりするならば十分でしょう。住民の数が倍になっても問題ないでしょう。


 アトリとセックが準備した花壇には、無数の薬草が存在しています。

 この薬草は薬にもなりますが、食べることも可能とのこと。まあ、美味しくありませんが、エネルギーだけはお墨付きです。


 この薬草は繁殖も早く、これがあるだけで飢え死にだけは防げます。


「ここに住むが良い」

「説明は完璧なるワタクシが行います。完璧な説明をお届けしましょう」


 セックが引き継ぎ、彼女が村人たちを新住居に案内します。バリスタやその他の備え付けの武器、配備した弓などの武器を紹介していきます。

 ぜんぶが全部、かなりの能力を秘めています。

 その正体はシヲが趣味で作ったモノ、セックが作ったは良い物の性能に納得できなかったものです。


 いわゆる失敗作、不良品です。


 ですが、村人たちには十分すぎる力に思えたようですね。


「これを使ってどこかに攻撃を仕掛けた場合」

 アトリが小さな声で言います。

「おまえたちはボクが殺す。全員、殺す」


 何人かが目を逸らします。

 やる気だったようですね……近くにある《学者の村》に不当な怒りや恨みを抱いている人々は多かったようです。


 難民あるあるです。


 ただし、両足を失った青年だけが目をギラギラとさせています。この私でも気づけることでした。

 小さな村社会に於いて、きっと青年はリーダーたり得たのでしょう。


 ちょっと粗暴で実力主義で、脳筋ですが行動力と発言力がある。


 おそらく、彼がいなければ村人たちは《学者の村》の前まで辿り着けなかったことでしょう。その実力はあるようです。ただし、これからの村には不要な人材です。

 力を持った脳筋は厄介なだけ。

 しかも武器頼りでは真の強者には通じません。


 私はアトリに言います。


「アトリ」

「はい! ……神が言っている。さっきボクと戦った男。あれの意見には一切従うな。そして村の武器や備蓄の近くに寄らせるな。勝手に売った場合もボクが皆殺しにする」


 こくりこくり、と村人たちが頷きました。

 まあ、実際はそこまで面倒を見るつもりはありません。彼らが装備などでレベルを上げ、武装蜂起をする日が来るまで認知できないでしょう。


 その時はてきとーに殺すだけです。


「あの」

 今までの№2だった雰囲気を持つ青年が話しかけてきます。

「この村の名前はどうしますか? このお城は聖女さまたちのモノですよね?」


 アトリが「邪神ネロさま村」と言いかけたのを御します。

 私が【クリエイト・ダーク】で作った腕で口を押さえれば、アトリは嬉しそうにしています。

 この村が敵になることも考慮すると、私の名前を付けるのはリスクとなります。ゆえに、私はアトリに言わせました。


「ここは今日より《ミリム城》。村名は自由に。でも、ボクたちに関係のある名前にはするな」

「は、はい! 本日よりここは《ミリム城》、我々の村名も《ミリム村》と改めます!」


 ミリムには何をしても良い。

 そういう風潮が私や掲示板の中にはございます。すみません、ミリムさん。


 こうしてミリム村が誕生したのです。

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