第151話 聖女のアトリ
▽第百五十一話 聖女のアトリ
無精髭を生やした30代くらいの男性です。彼は慌てた様子だけ見せて、意識のない男児をいじくり回します。
医療行為ごっこでしょう。
母親らしき女性は心配そうに、男性の肩に手を置いています。
「だ、大丈夫よね? 助かるわよね?」
「解らねえ。さいきんはこのキャンプでも何人も死んでやがる。くそ、《学者の村》の連中が村に入れてくれるだけで良いってのに! クソ野郎共が!」
男性は男児の命よりも、己が不満を吐き出すことに熱中しているようです。母親はどうすることもできず、ただ男性がどうにかしてくれることを祈っているようですね。
再度、アトリが言います。
まあ、いくら周囲がアレでも、男児は悪くありませんからね。
ここで男児を放っておいて見捨てよう、というほうがアレです。
「ボクが診る」
「うるせえ!!」
近づいたアトリに怒声をあげる男性。
「てめえに何ができんだよ! てか、てめえはどこのどいつだ!? あの村のクソか!?」
「ボクは回復魔法が使える」
「は? それがどうしたってんだ! ガキはすっこんでろ! てめえみ――」
男性がそこまで叫んだところに、母親のグーパンが彼の顔面にめり込んでいました。大いに鼻血を流し、鼻の形が変形してしまっております。
思い切りの良い見事な拳でした。
そこに技術はありませんでしたが、その勢いだけは見惚れるほどです。
「邪魔するなあ!」
マウントを取った母親は男性が気絶するまでぶん殴り続けました。拳の骨が折れているのもお構いなしのようです。
立ち上がり、小さなアトリに頭をさげます。
「どうか息子を助けてください! なんでもします。お金は今はないですが……きっと」
「良い」
まずアトリは【リジェネ】を試します。彼女の【リジェネ】はたくさんの要素が組み合わさることにより、かなりの効果量を誇ります。
HPの少ない男児は、すぐにHPが全回復しました。
ですが、この魔法は体力を取り戻すことができても、病魔を破壊することはできません。
「心臓が動いていない。死ぬしかない」
「そんな!?」
「だから殺す」
アトリが私に目配せしてきます。
まだ【劣化蘇生薬】の在庫はたくさんあります。アトリが大鎌を一閃――男児の首を切り落とし、その首さえも一瞬で消滅させてしまいます。
と同時、私が【劣化素製薬】を使用しました。
おそらく、この場にいた人々は男児が死んだことさえ気づかなかったでしょう。あまりにもアトリの手口が鮮やかだったからです。
一度殺され、蘇生された男児が絶叫をあげます。
この薬は痛いんですよね。
アトリは【リジェネ】を掛けながら、体温を上げるポーションや免疫上昇のポーションを飲ませていきます。
男児が弱っていた理由は「酷い風邪」でした。
幼い時分に飢えきり、生活環境も劣悪……その状況での風邪は十分に死ねます。
「いくつかポーションを置いていく。毎日飲ませれば治る可能性が高い」
「で、でも! すごく痛がっています! これは何を……」
「痛がれているのは生きている証拠」
「……っ! ありがとうございます!」
さっきまで呼吸も止まり、心臓も止まっていた男児です。
それがのたうち回れているという事実を理解したようです。アトリはその後、注意点(HPが1なのでちょっとでもダメージを受ければ死ぬこと。激痛はすぐに止むこと。一週間は安静にさせること)を教えて立ち去ろうとしました。
ですが、アトリの周囲に人だかり。
たくさんの人々が口々に何かを言い募っています。私は聖徳太子ではないので聞き取れませんでしたが、アトリレベルになれば理解できたようです。
こくり、と幼女が頷きました。
「全員は助けられない。でも順番に診ていく」
それからアトリは医療行為に従事しました。
といっても、単純に【リジェネ】を付与したり、場合によってはポーションを出すだけです。中々にレアなポーションばかりですが、全部、私がスキルレベル上げのために作ったモノです。
同じモノを作り続けると飽きますし、何よりもスキルの伸びが悪くなりますからね。
アトリが使うポーションは、太ももに装着してあるホルスター(簡易アイテムボックス付)に保管してあります。
かなりの人数を助けました。
まあ、ほとんどが単純な体力低下や飢えによる衰弱でしたが……
何人かは死にましたが、救えた命のほうが多いでしょう。
救われなかった人の関係者はアトリを睨みます。ちゃんと理解して諦めている人もいます。しかしながら、もっと多くの人間が口々にアトリに感謝を述べています。
「聖女さまじゃ!」
「ありがとうございます、ありがとうございます!」
「ザ・ワールドは我らを見捨てなかった!」
「是非、うちの息子と――」
みんなが好き勝手に言いますね。
これがこの村の常識なのでしょう。とくに責めるつもりはありません。むしろ、インターネットで多様な価値観を理解している、我々現代人のほうが人類種として進歩しすぎているだけでしょう。
ゲームのAIなので、もうちょっと現代に寄せても良いとは思いますけど。
もはや新しい宗教でも生まれようという最中、近くの山から地響きが轟きます。
誰かが呟きます。
「なんだ?」
その疑問に回答するかのように、音の正体が姿を現しました。山から雪崩れてくるのは、夥しい数の魔物、魔物魔物魔物でした。
群れという領域を超え、波とでも言えそうな大群でした。
まだかなり距離はあります。
それゆえに一体一体は豆粒のように見えますが、そのほとんどがアトリよりも大きな生物でしょう。
大群です。
村人たちが発狂するように叫び始めます。
こちらも波のように《学者の村》の柵や門に飛びかかっています。死にものぐるいの声。
「開けろおおおおおおおおおおおお!」
「魔物が来るんだよお! 頼むからあ!」
「死にたくない! 死にたくないんだああ」
「せめて子どもだけでも入れてくれ!」
最後の人、めっちゃ後ろ手にナイフを隠し持っています。開けた瞬間、門番を殺して中に入る気満々ですね。
ともかく狂乱状態。
はあ、とアトリがため息を吐きます。
あまり煩いのは好きじゃないみたいです。気が合いますね。
「神様、どうするですか?」
「どっちでも良いですけどね」
村の前から難民キャンプを一掃しようイベント……魔物に食われて消えるも、誘導して消すも自由気ままです。
とはいえ。
どちらでも良いとは言え、コンコルド効果もございましょう。
せっかく城も用意し、ポーションで住民を救ったのです。ついでに大群も仕留めておきましょう。
この周辺の魔物はレベルもそこそこに高いですし、ちょうど良いでしょう。
固有スキルを使って減少したレベルを少しでも取り戻しましょうか。
「行きますよ、アトリ」
「はい……です神様」
村に向かって逃げ惑う住民の中、幼女一人だけが真逆のほうへ歩いて行きます。背負うは大鎌【死に至る闇】……六枚の羽の異様とともに、死神幼女の目が爛々と輝きます。
「稼ぐ……です」
アトリによる蹂躙が始まりました。
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