第150話 難民王城、出現

   ▽第百五十話 難民王城、出現

 難民キャンプを消滅させるべく、我々は難民王城の建設に取りかかっています。


「この辺りで良いでしょう。何もありませんし、かといって交通に不自由するわけでもありません」

「はい! です! 【マルクトの一翼】発動」


 アトリが新たに取得した【マルクトの一翼】が、空気に溶けるようにして消失します。直後、アトリが腕を一閃しますれば、地面が激しく鳴動いたします。

 ゴゴゴゴゴ、と地鳴りを上げ、大地が亀裂。

 地底より立派なお城が生えだしてきました。


 私が作った【アルスヴィズ・フゥス】に比べれば地味目ですね。


 とはいえ、私レベルを求めるのは世界にとって酷なこと。これくらいのモノでも我慢しましょう。私が使うわけでもありませんしね。

 とにかく、巨大なお城ができました。


       ▽

 この【マルクトの一翼】はアトリの意志が強く反映されます。

 結果、生み出されたお城は防衛拠点として優秀でした。中々によい構造をしています。これならばドラゴンなどが攻めてこない限り、そこまで戦力がなくても攻撃を防げることでしょう。


 セックがシヲの土魔法を模倣し、城の型を取っていきます。


 あとは明日、土の内部を補強して固めればよろしい。

 もちろん、今の城よりも遙かに防御力は低下してしまいます。いくら【土魔法】レベル100や【良品生産】などのスキルがあろうとも、どこまで行っても土の範囲です。


 まあ、普通の石壁などよりは強固ですが。


 また防衛するためにシヲ特製の木製バリスタも用意します。

 いくつか用意したうち、ひとつだけが世界樹素材のバリスタとなっております。正直、私たちはあまり難民キャンプ勢を信用していません。


 すべて世界樹素材のバリスタを与えても売られるだけです。


 日本が途上国に井戸を掘っても、すぐに井戸を運用するのに必要な金具が盗まれて壊されるのと同じになると見ています。

 この一本があれば、大抵の魔物は排除可能でしょう。

 が、これを売り払えば巨万の富と代替に村の滅亡が待っています。その辺りは自己責任なので知ったことではありません。


 かなりの投資です。


 しかも絶対に利益が返ってこないタイプでしょう。

 クエストなんてそういうモノですけどね。大抵がお使いです。失った労力や金銭以上の何かが手に入るから、渋々やるのがクエストというものでしょう。

 あるいは面白いストーリーを求めてか。


 私たちが求めるのはピティの正体。


 なるべく《学者の村》とは情報のやり取りが終わるまで仲良くしたいですね。


       ▽

 セックが大量のポーションを飲みながら、どうにか三日掛けてお城の型を取りました。【マルクトの一翼】の効果は一日限りなので、数回、アトリには同じアーツを使ってもらいました。

 MP消費は規模に対して極小となっております。

 やはり【天使の因子】は色々と規格外ですね。


 私たちは再度、難民キャンプに戻りました。


 さて難民キャンプの様子ですが、ゆっくりと悪化していますね。おそらく《学者の村》にも食料的な余裕がないのでしょう。

 露骨に飢えの声が上がっております。


 かといって《学者の村》の住民が外に出れば、その隙を見計らって暴徒系の難民が雪崩れ込みます。

 そうなれば……《学者の村》は難民たちを皆殺しにしなくてはなりません。


 そして、難民たちはその末路を理解できていない。

 小さな村社会で暮らしていたのでしょう。外の常識だなんて知らないし、知ろうという概念さえも育たなかったことでしょう。


 ゆえに無知なのはしょうがありません。

 その無知ゆえに全滅することさえも仕方がありません。


 そう遠くない将来、この難民キャンプは全滅することでしょう。ですが、その数日間を待っているほうが私にとっては面倒でした。

 助けたほうが時短なわけです。

 それに愚かな者もいますが、そうでない人もたくさんいるわけで。


 後者の人々が死んでいくのを観察するのは、あまり気分良くありませんからね。


 人が死んでいく様をゲラゲラ笑ってみていられるならば別ですけど。私は残念ながらそこまで性格が悪くないようです。

 邪神ですけど。


「そこの人」

 アトリが話しかけたのは、先日よりもやつれた老人でした。

「お話を聞きたい」

「おや、無事で良かった。この周辺は魔物がたくさん出るんだ。ここにいれば学者様たちが渋々でも守ってくださる。ここにいたほうが賢明ですじゃ」

「ボクは強い」

「いやいや」


 窘めようとする老人の前で、アトリが気配の隠匿を一瞬だけ解除しました。それだけで難民キャンプが騒然とするレベルの圧力を持ちます。

 周辺の重力が一気に増えたかのような、強烈な錯覚。

 老人は立っていられなくなり、転びそうになったところをシヲに支えられました。


 伸ばした触手によって。


 ひいい、と悲鳴を上げる老人。

 アトリは溜息を吐き、仕方がなさそうに呟きました。


「ボクは子どもだけど優秀なテイマー。安心すると良い」

「……この圧力。たしかに貴女様は強者なのでしょうな。しかし、一体、そのような強者が我々にどのようなお話が?」

「単純。ボクたちは《学者の村》に用がある」


 なるほど。

 と老人は頷きました。

 この老人は理解しているのでしょう。自分たちがいることにより、私たちが《学者の村》に入れないという事実に。


 いえ、強引に入ることはできますけれど。


 目の前の《学者の村》はそれを歓迎してくれないでしょう。難民たちが「なんで俺たちは入れてくれないんだ!」と日夜喚くことが解りきっているからです。

 私たちにだって誇りはあります。

 情報をもらおう、という相手に失礼をするつもりはありません。


「お前たちが助かる方法を神様が啓示してくださった。神様に従うが良い」

「ですが……我らは一枚岩ではないのです。我と我に賛同してくれる者はいるでしょうが、全員を動かすことは無理そうですじゃ」

「なら死ぬだけ」

「ううむ……」


 とその時です。


「誰か! 誰か助けてくださいっ! 私の子が……! 息がっ!」

「アトリ、ちょっと行ってみましょう」

「はい! 神様!」


 アトリが駆けだし、声の主の元に辿り着きました。

 そこには倒れた子ども。かなり痩せていますが、倒れた理由は飢えではないでしょう。人間、思ったよりも餓死には時間が掛かるものです。

 これは単純に体力低下から来る病でしょう。


 アトリがぽてぽてと男児に近寄ろうとしますが、


「ガキはすっこんでろ!」


 男児を診察している男性が怒鳴り散らかします。診察といっても身体を揺すってみたり、脈を診てみたり、あまり効果的な診察とは言えません。

 スキル【鑑定】を使ってみても、彼に医療系のスキルは皆無のようです。


 これは子ども、死にますね。

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