第149話 難民キャンプ
▽第百四十九話 難民キャンプ
第一フィールドの中央に、占領された王都が存在しています。
その王都に近づくにつれ、魔物のレベルも上昇してきています。ちょっとした中ボスくらいの野良モンスターが、けっこうな頻度で徘徊しているようですね。
アトリは狭間から狙撃を続けています。
バタバタと死んでいく魔物たち。
魔法だけでは対応できない敵も、アトリかギースが出向くことによって退治可能です。旅は順調極まりありません。
「……すんません、アトリの姐御」
地面を転がされたギースは、顔を泥だらけにして呟きます。現在、アトリはギースとお嬢さんに稽古をつけています。
その際、ギースの絶対防御は禁止しています。
何かあった際、防具頼りでは危険ですからね。とはいえ、防御をすべてアイテムに任せて、全力で攻撃を仕掛けるのがギースのスタイルです。
それを否定はしませんけどね。
転がされたギースは、痛みで立ち上がれないようです。それでも口にするのは、
「……持ってきた道具が駄目になっちまって。ちょっとわけてもらえませんか?」
「解った」
「すんません」
魔物の脅威は排除してきました。
ですが、現在の第一フィールドは魔境です。ギースも色々と準備をしてきたようですが、ちょっと用意が不足していたようですね。
壊れたのは、虫除け効果のあるランプだったようです。
地味に虫対策は重要です。毒がある虫に寝ている間に刺されれば、【暴虐】のギースは簡単に死んでしまいます。
ここ数週間、寝床に暗殺用の虫が送り込まれてきた所為で、彼はすっかり虫が苦手になったようですね。そうでなくても気持ち悪いです。
持ち合わせがなかったので、アイテムボックスに収納していた世界樹素材を取り出します。それをシヲが加工してくれることでしょう。
シヲは【技巧上昇】効果のある鉢巻きをキュッと巻き、職人の顔つきになります。
凄まじい勢いでランプを作っていくシヲを見て、ギースが感心したように腕を組みます。
「召喚系のスキルは便利っすね」
「……シヲは使えなくもない」
「なんでシヲさんが苦手なんすか、姐御」
「苦手ではない。存在の価値を疑っているだけ」
朗らかに旅は進んでいます。
「あ、姐御。ドラゴンの死体は持って帰りますか?」
「こいつは弱い。ボクたちは要らない」
「俺様もっすわ」
先ほど、アトリとギースが仕留めたドラゴンです。
ドラゴンの死体は魔物除けになります。ゆえにドラゴンを仕留めた後、そこをちょっとした休憩場にしました。
なお、野営地点にはしません。
さすがに死体の横で一晩は辛いですからね。魔物は来なくても虫は湧きます。
「じゃあ休憩は終わり。ギースたちは水浴びと洗濯をしたら合図。ボクは神様とお昼寝をする使命があるのだ……」
「うす」
私はアトリに抱えられて馬車に連れ込まれてしまいます。
▽
私のログアウトを挟めば、ようやく《学者の村》が見えてきました。正直、真っ直ぐに行けばすぐに辿り着けたでしょう。
しかし、間に巨大な山を挟むことにより、どうしても迂回させられました。
あとギースたちのペースに合わせたのも原因でしょう。
ギースたちとは二日前に別れました。
どうやら下部組織の動きが不穏らしく、ギースが向かうことによって締め付けを行うようです。
お嬢さんは一端【理想のアトリエ】で預かっています。
数日後に合流するので良いでしょう。またお嬢さんが誘拐された、という展開を繰り返すよりはマシです。
さて、《学者の村》まであと少しです。
が、ここにひとつ問題が発生しました。なんと《学者の村》の周囲に無数のテントが立てられており、一部の人々が暴徒のようにして、村を囲う壁を殴りつけているのです。
このようなキャンプ場の存在、私はギースから聞かされておりません。
「神様、どうするです、か?」
「そうですね。簡単には入れてくれそうにありませんね……」
私たちが入ろうとすれば、このキャンプの人々も雪崩れ込みそうな勢いです。事情については推理することができます。
これは面倒そうな予感が漂ってきますね。
ですが、ピティの情報を得るためのクエストなので我慢するしかありません。
「まずはキャンプの人たちから事情を伺いましょう」
「はいです、神様!」
とりあえずアトリはもっとも近くにいた老人に話しかけます。いつもの膨大な死の威圧を抑え、人畜無害な幼女だと思わせる作戦です。
「そこの人」
アトリが話しかければ、老人は目を丸くして信じられない者を見る目を向けてきます。第一フィールドの赤目・白髪への当たりは厳しい傾向にあります。
もしや威圧モードのほうが良かったかも、と思い直しているところ、
「な、なんじゃその羽と輪……おとぎ話で聞く天使か」
「なるほど。アトリのコスチュームについてでしたか」
アトリはMMOの課金アバターのようなルックスをしています。無数の翼を背から生やし、天使の輪があり、大鎌を背負って軍服のような衣服に身を包んでいます。
要素が多い。
その上、白髪と赤目なのですからね。
いずれオッドアイにもしてみたいところ。
魔眼系のスキルを手に入れねばならないようですね。
「これに関しては」アトリが天輪を優しく撫でます。「気にしなくて良い。状況の説明をしてほしい」
「簡単なことですじゃ。難民キャンプというやつじゃのう。我らは力がなく、村を潰され、生きるためにここに滞在している。《学者の村》には悪いのだが、ここの庇護を得られねば確実に死ぬだけでのう」
「そう」
こくり、とアトリは頷きました。
やはり、想像の通りでしたね……じつに面倒なことです。
第一フィールドはアリスディーネに支配されたことにより、その脅威度を初心者向けフィールドから一転してエンドコンテンツにされてしまった経緯があります。
私などは「育成がはかどる!」くらいにしか思えません。
ですが、そこで活動していたプレイヤーやNPCたちは絶望でしょう。住んでいる場所が格上の魔物の巣窟となるわけでして。
おそらく《学者の村》には強者NPCがいるのでしょう。
そういうNPCが居なかった難民キャンプは逃げだし、この周辺でようやく休むことができた、という経緯があるようです。
アトリがチラリ、とこちらを見てきます。
私は頷きます。
この難民たちを退かさねばなりませんね。
皆殺しにはしません。ここを魔物たちから守り切れた《学者の村》でしたら、それはいつでも可能だったはずなのです。にもかかわらず、不便を我慢して難民キャンプを見逃しています。
それはすなわち《学者の村》は難民キャンプを許しているということ。
これからお世話になる可能性がある以上、嫌われる行動は避けるべきです。
穏便に難民キャンプの皆さんに立ち退いてもらう……じつに難易度の高いクエストですね。というか無理では?
「解った」
それでも挑戦は無料です。
「ボクと神様がどうにかする」
アトリはそう言いました。老人はキョトン、としています。
▽
難民キャンプをぐるりと回りました。
現状はハッキリ言って厳しいと言わざるを得ません。まず、生活の状況がかなり劣悪です。これはそのうち疫病とか流行るでしょう。
また食料も乏しいようです。
時折、《学者の村》が食料を支給してくれるようですが、難民たちは「あまりにも少ない」と口々に非難の声を上げているようです。
子どもなどは栄養失調間近。
すでに何人かは死亡しているようですね。
誇り高く死ぬか。
生き汚く生きるか。
私たちはあくまで他人事なので「誇り高く生きろ」と口にしたくなります。しかし、それは圧倒的に恵まれた強者の視点でしょう。
誰だって死にたくない。
こういう場面に遭遇すれば、大抵の人が汚くても生きることを選ぶでしょう。
誇り高く生きることを強要するのでしたら、代わりに誇り高く死んで彼らを助けるくらいでなくばいけませんね。私にはそういう気持ちが皆無なので非難は避けておきます。
回った感じ、このキャンプが出て行くために必要なモノは二点。
一、安全安心の住居。
二、襲われた時に返り討ちにできる戦力。
主にこの二つでしょう。
食糧問題も深刻ではありますが、結局、前者二つを解決した先の話となっております。
「難しい……です」
「一応、いくつか解決策は思い浮かびますけどね」
「! さすがは神様です! 人類の叡智では神様は計り知れない……です」
もっとも単純な解決方法が……住民への神器貸し出しです。
貸し与えた神器で魔物を狩りまくり、レベルを上げまくり、あるていど育ったら神器を没収。あとはその人工強者に村を守ってもらうわけです。
問題は、場合によっては人工強者との殺し合いに発展するかもしれない、という点です。
あの後も【
その結果、判明したのが貸し出し中の神器は借り手が手放す意志がなければ、勝手に効果を解除できない、ということでした。
借りパクされかねません。
奪い合いになれば、勝てる……とは限らないのが神器の恐ろしいところです。格上殺しのスキルを持っていたり、そもそも借り手が妙な固有スキルを得ないとも限りませんからね。
もっとも単純で効果的ですが、リスクも高い一手と言えましょう。
もうひとつは……
「【天使の因子】でアーツを取るか、です」
「【マルクトの一翼】です……か?」
「その通りです」
アーツ【マルクトの一翼】の使用効果は特殊です。その効果は「一日だけ持続する王城を直ちに出現させる」というモノです。
城の規模感は操れそうですね。
このスキルで城を作り、セックの土魔法で大まかな型を取ります。
そうすれば即席の住居が完成するわけですね。
しかも城というのは防衛拠点としては最強クラスです。住民が力を合わせれば、あるていどの脅威からは身を守れることでしょう。
不確実ではありますし、微妙な【天使の因子】を取得するデメリットはあります。
ですが、どうせ【天使の因子】はすべて取るつもりでした。多少、順番が前後するくらいでしたら許容範囲でしょう。
今の【天使の因子】スキルは60を僅かに超えています。
ずっと展開しておける関係上、わりとレベルが上がりやすいスキルかもしれません。私は保留していたアーツを枠を【マルクトの一翼】で埋めてしまいました。
これで羽は6枚。
一、【コクマーの一翼】
バフ効果は「魔法攻撃ダメージ増加」で使用時は「強力な魔法攻撃を放てる」です。
二、【ケセドの一翼】
バフ効果は「クリティカルダメージ増強」で使用時は「クリティカルダメージを通常ダメージに変換」です。
三、【ティファレトの一翼】
バフ効果は「特定部位の耐久力上昇」で使用時は「指定した攻撃のダメージ判定を消失させる」です。
四、【ホドの一翼】
バフ効果は「デバフへの強い耐性」で使用時は「自身も対象となる周囲の固有スキルも含めたバフ・デバフの消去」です。
五、【イェソドの一翼】
バフ効果は「HP増加バフ」で使用時は「未来視」です。
六、【マルクトの一翼】
バフ効果は「物理ダメージ増加」で使用時は「一日だけ持続する王城を直ちに出現させる」です。
すべてが固有スキル級の効果でしょう。
しかし、まだ未取得の【天使の因子】は後回しにしただけあり、じつは使い辛い性能ばかりが残されました。
まあ、【マルクトの一翼】も大概、アトリには合致していません。
バフ効果が息をしていません。
アトリの物理攻撃って小鎌の投擲、【奉納・戦打の舞】くらいしかありません。今や鎌でさえも【月光鎌術】によって魔法判定となっております。
「城を作るのは良いのですが、この周辺に作るのも違いますよね。迷惑ですし」
「住民を連れて行く……ですか?」
「それが難しそうなんですよねー」
まあ、先にお城を作ってしまいましょう。
私は【理想のアトリエ】からセックを連れ出しました。
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