第146話 ジョッジーノ・ファミリー(お花屋さん)

   ▽第百四十六話 ジョッジーノ・ファミリー(お花屋さん)

 アトリがジョッジーノ・ファミリーに要求した内容はひとつ。


「神様のためのお花畑をお前が壊した」


 底冷えするようなアトリの視線がギースに向けられました。


「一度、死で罪は許された。でも、まだ神様に捧ぐお花は不足している……」

「その」


 ダラスが冷や汗をだらだらと掻きながら会話に参戦しようと試みます。正直、理解しようとするよりも、とりあえずやっておくほうが早いと思われますね。

 どうせ拒否はできません。

 させません。


 ダラスが深く息を吐きながら問うて来ます。


「花売りってことはだな、もしかして少女たちのウリを再開させろってことか? すまんがそれは困る。私が孫娘に嫌われてしまう」

「? なんの話? 神様にお花を捧げるのだ」


 アトリはよく解っていないご様子。

 元々、アトリは娼婦行き確定だった身の上です。ゆえに「そういうこと」は理解していることでしょう。ですが、さすがに「花売り=」「マッチ売り=」とは結びつかないようですね。まあ、マッチに関しては原作では未知数ですけれど。


「普通の花畑ってことか? マフィアが?」

「まあ良いじゃねえか、ボス」


 ギースは新調したのであろう燕尾服の襟を正します。


「要するに花畑さえ作れば良いんだろうが。だったら、薬物の畑を全部、てきとーな花で埋めて食いつぶしてやるよ。そうすれば俺様たちの得にもなるだろうが」


 ジョッジーノ・ファミリーにとって薬物とは宿敵です。

 結成の理由からして薬物と敵対するためですし、牛耳ってからも薬物は敵のままです。せっかく支配したのに周囲が中毒者だらけでは困りますし、下部組織に麻薬運用をやらせては資金源にされては無闇な反乱のタネとなりかねませんからね。


「当面の目的は」ダラスの声が真剣の色を帯びます。「精霊マニープリーズだ。あいつはこの世界の住民に麻薬を流行らせようとしている。手っ取り早く稼げるからな……あいつらは人の命をおもちゃとしか思っていねえ」

「精霊は殺せねえが資金の元は壊せるってことだな」

「その通りだね、ギース。そこを花畑に変えれば良い」

「アトリ、もうひとつ頼みができた」


 ギースがアトリのほうを真剣な表情で見やりました。その瞳に映っているのは切実です。


「あんたがイベントの時、花壇で栽培していた薬草……種はあるか?」

「ある」

「……頼む、《レレナ》の種を買わせてくれ」


 レレナという花は、この世界特有の薬草でした。その効果は「薬の効果減少」となっております。

 なんのために? と思われるかもしれません。

 ですが、この薬草は子どもの薬になるのです。薬の効果量を落とすことにより、副作用も抑えることができるので子どもが安心して薬を飲めるようになります。


 この世界の薬はどれも強力ですが、子どもの身にはキツいわけです。


 それを中和するための、稀少な薬草こそが《レレナ》でした。

 ちなみに、これは魔女がアトリを心配して渡してくれた種でもあります。いくつか【理想のアトリエ】にストックがあります。


 まあ、アトリには不要な薬草だったわけですが。

 余談ですが、この薬草はとても可愛らしい花を咲かせてくれます。


「今度は買わせてもらう。あんな稀少な薬草……売る気はねえかもしれねえが。だが、確実に増やして返す。うちには良い造園スキル持ちや薬草栽培持ちがいるんだ」

「ちょっとだけなら良い」

「助かる」


 造園関係はアトリに一任しています。

 基本的に種は好き放題して良い、と言ってあります。アトリは黙々と栽培を繰り返し、種自体もたくさん所有しています。


 まあ、レレナは私たちには役に立たないので構わないでしょう。


 話がまとまりました。


 アトリがソファから立ち上がれば、慌てたようにダラスが机の引き出しを漁り始めます。やがて、そこから取り出したのは二枚の木製のトランプカードでした。

 絵柄はジョーカーとエース。

 それぞれアトリとギースに渡します。


「それはファミリーの相談役の証だ。うちのファミリーにはそれぞれ役職に応じたカードが配られている。うちのメンバーに指示を出すときは使ってくれ」

「解った」

「ギース、お前は今日から若頭だ。アトリは裏の相談役、表の相談役は別にいるのは知ってるな? おまえは表の№スリーになったわけだ」


 こくり、とギースが頷きます。

 それから、だらりと舌を出して下品に笑いました。


「もらえる金と権力が増える分には構わねえぜ。精々、あんたを利用してやるよ、ボス」


 これでひとまずはジョッジーノ・ファミリー関係はお終いでしょう。

 アトリはカードをポケットにしまい、今度こそは立ち上がりました。


 ぽん、とアトリの肩にギースの手が置かれる直前、アトリは跳躍して距離を取りました。


 睨み付けるアトリに、ギースが苦笑しました。


「ま、これから頼んますわ、姐御」

「姐御?」

「あんたは裏の相談役に収まったんだ。だったら、あんたは俺様の上司だろうが」

「む」


 アトリが難しい顔をしました。が、ギースの言い分に理を感じ取ったのか、とくに反論することもなく、彼女は横柄に頷きました。

 こうして死神幼女には、最強の舎弟が誕生したわけです。


       ▽ダラス

 アトリが退室した後、ダラスは深く深く息を吐いた。

 全身が過度に汗に濡れている。握った拳が開いてくれない。ギースや他の強者とは違う、存在の異質さに肉体が震えてしまっていた。


「ありゃあ化け物だ。ただ強いだけならば良い。だが、奴は強さとは別の次元……人間の道理で生きるつもりが微塵も感じられなかったぞ」

「は、俺様を殺した相手だぞ。舐めなくて良かったなあ、ボス」

「お前が畏れるだけある。気をつけろ、ギース。今後、あいつとの窓口はてめえだよ」


 ギースは鼻で笑い、眼鏡の位置を中指で調整する。


「ああいう輩は逆らわなきゃ良い。利用しなければ良い。正直に困ってることを話して、相手にとってのメリットを示せば、少なくとも敵にはならねえ。気をつけるべきは闇精霊のほうだな。あっちは基本的に常識を弁えている癖に、肝心な根元がイカれてるから動きが読めねえ」


 常識を知らないアトリ。

 知った上で致命的にズレているネロ。


 敵に回しても、味方に回しても恐ろしいのは後者であろう。


「結局、あいつらはイカれてるだけ。ガキと自称神だ。好きなようにさせておけば間違いねえよ」


 ひらひら、と軽い様子で手を振って部屋を出て行くギース。

 その背を見やってから、ボソリとダラスは呟いた。


「ずっと見えない何かに追い詰められていたギース。それがこんなにも簡単に落ち着いた。その事実がヤバいんだがな。が……ギースの言う通りだね。敵対しなければ良い。部下どもにしっかり教育をしておかねばな」


 アトリが相談役に就任したことは、部下にさえ周知できない。

 あのトランプは組織にとっては絶対だが……その絶対を今まで以上に周知しておかねばなるまい。誰が持っていようが従う、というルールだ。


「組織の終わりは回避できそうだが……忙しくなりそうだ。はああ、なんで私がマフィアのボスなど。弱けりゃ喰われるが、強けりゃ疲れるなああ」

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