第145話 裏の相談役のアトリ

  ▽第百四十五話 裏の相談役のアトリ

 悪魔を滅した後、我々はパラサイト・フェアリーの撲滅に従事しました。

 すでに手遅れな者は屠り、寄生段階の人物は隔離しました。最初は妨害してきた冒険者たちも、私が掲示板に詳細を記載、他のフィールドの住人から確証を得たことによって協力的になりました。


 アトリ、セック、ギースを止められるほどの力は敵にはありませんでした。


 翌朝、ペニーの報告を受けてやって来た、移動特化の冒険者が枯れ葉剤を届けてくれました。これによってパラサイト・フェアリー騒動は終止符を打ったわけです。

 そして、私たちはギースのアジトにやって来ました。


「安心しろ」


 前を歩くギースは穏やかな声音で言います。


「不意打ちをする気はねえし、俺様たちにお前を害する気概はねえ」

「どうでも良い」


 アトリはキッパリと言い切ります。


「戦うなら殺すだけ」

「……まあ、警戒するなとは言わねえよ。てめえが暴れたら俺様以外の全員が殺されることくらい理解させている」

「お前も死ぬ」

「はっ」


 鼻で笑ってギースが重そうなドアを開きます。その向こうで待っていたのはダークスーツにハットを被った男性でした。

 年の頃は四十代前半、といったところでしょうか?

 その男こそが第一フィールドを仕切るマフィアのボス。


「よく来たね、お嬢さん。私がジョッジーノ・ファミリーの首領。ダラス・ジョッジーノだ」


 男は深く深く頭を下げました。


「今回はよくぞ助けてくれた。心の底より深い感謝を」


       ▽

 元々、ジョッジーノ・ファミリーは小規模のマフィアでした。

 結成理由はよくあるお話。地元に巣くっていたマフィアがもたらす薬物に対抗するべく、地元の自警団が寄り集まったのです。


 史実のマフィアも元々は,自分たちの生活を守るために生まれたという説があります。


 やがて敵マフィアに対抗するべく、彼らは暴力の力を高めていきました。それでも劣勢だった頃、彼らはギースの勧誘に成功したわけです。

 それからは暴虐に次ぐ暴虐とのこと。

 組織を乗っ取る形で勝利していき、その規模をみるみる増やしていったようです。


 ダラスは思い出すように天井を見上げます。


「のし上がるためには、クスリ以外はたいていのことはやって来た。ギースの強さを頼りにね。だが、それももう終わりだ」


 ダラスは解っていたようです。

 ジョッジーノ・ファミリーがのし上がれたのは、必ず勝ってくるギースがいたから。そのギースが今や客寄せパンダのように敵を無限におびき寄せるのです。

 そして、おそらくギースはいつか負ける。


 ワンマンの会社あるあるです。


 まあ、ダラスもそのリスクは理解した上で動いていたことでしょう。要するにギースに賭けていたわけです。その目論みは悪くなく、実際にここまで成功してきました。ワンマン=悪ではなく、ワンマン=リスクあるよ、くらいの認識が正しい。

 ダラスは見事にチャンスを掴みました。

 ですが、そのチャンスを持続するほどの力はなかったようです。


「結局、薬物が私たちを苦しめる。アレは巨万の富と人材を集める魔法のクスリだ。出回らねえように管理していたが賢い奴らに出し抜かれ、奴らの資金源にされちまった。薬物に魅了されたり、金に釣られた強者が敵対した」


 端的に言ってジョッジーノ・ファミリーの終わりは近い様子。

 それでも、とダラスは言います。


「私たちは社会のゴミだが、恩義には報いる。さもなきゃ組織運営できねえくらいに敵だらけになっちまうからな。アトリ、あんたにはうちのファミリーを自由に使う権利をやる。そのためにうちの相談役になってくれないか?」

「相談役?」


 いわゆるコンシリエーリという奴です。

 アトリに務まるとは思えません。これはマフィアの頭脳的な仕事を担う役割であり、実質、組織の№2に収まるということでもあります。


 ちょっとアトリ向けではありません。


「あんたは自由にしていて良い。ファミリーも自由に使ってくれ。もめ事があった際、手伝ってくれれば嬉しいが、最悪の場合は名前だけでも貸してくれれば良い。悪用はしない」


 マフィアからの要求は理解しました。

 要するにギースだけでは地盤として安定しなくなったので、今回の縁を機にアトリにもバックについてほしい、ということでしょう。恩義がどうのと言いながらも、がっつりと利益を得ようとする魂胆……嫌いではないです。

 まあ、お話は理解しました。

 これは経験談になりますが、後ろ盾は表にも裏にもほどほどに持っておくほうが勝手がよろしい。


 内容によっては協力も吝かではありません。


 私はアトリに軽く説明し、彼女に交渉を任せることにしました。

 マフィアの首領が持つ悪党の威圧に、死神幼女はなんの気負いもなく語ります。ふかふかの革張りソファに行儀良く座り、私をクッションのように膝に乗せて抱き締めています。


「条件次第では受けても良い」

「ほう。受けてくれるとは。それで? 条件とは?」

「まず、ボクが相談役の地位にあると周知しないこと。何かあったら手伝うことも考慮するけど、ボクの名前は一切貸さない。お前たちと協力関係にあることも秘密」

「……解った」


 ダラスは頷きます。

 ハッキリ言ってジョッジーノ・ファミリー側にメリットがなくなりました。それでもなお許諾するということは、つまり、本当はノーメリットでも協力してくれるということ。

 メリットがあれば御の字、と考えての提案でしょう。


「神は言っている。ボクとお前たちの利害が一致したなら動いてやる」

「ジョッジーノ・ファミリーの裏の相談役になってくれるわけだね?」

「うん」


 相談役の仕事は多岐に渡ります。

 が、元々交渉に随行したり、運営に意見したりは不可能です。


 ゆえにアトリに求められていた役割は競合他社への牽制、あるいは粛正でしょう。仲間の裏切りなどにも適応されます。まあ、基本的にギースがやるでしょうけど。


 掌握できている悪の組織。

 掌握できていない悪の組織。


 厄介さは明かに後者となるでしょう。

 アトリが倒すべきような敵(ギースの手に負えず、なおかつ私たちの厄介になり得る敵)の時だけ動きましょう。


 変に別組織に麻薬を流行らされて、おかしくなったNPCばかりになっても面白くありませんからね。


 まあ、このような感じでしょう。

 何か文句があれば、その時に言えば良いのです。最悪、彼ら相手でしたら約束を破っても良心はさほど痛みませんからね。


 話がまとまりかけます。


 ダラスはワイングラスに注いだぶどうジュースを呷ります。


「では、新しい組織の相談役死神の就任を祝わせてもらおうか」

「まだ」

「おや?」


 私がアトリに指示したのはもうひとつ。

 アトリも要求があれば自由に言ってください、という指示でした。こういう指示を受けるのは不得手なアトリですが、今回は明確な要望があるようでした。

 すなわち、


「ボクからも要求がある」

「何でも聞こう。人を殺すのか、誘拐するのか。欲しいものがあるのならば奪おう。なんなりと欲望を吐露するが良いさ」

「神様のため……お花畑を捧げるのだ」

「? な、え、どういうことだ……?」


 ダラスが縋るようにギースを窺いますも、暴虐くんはサッと目を逸らしていました。


 まあ。

 マフィアの皆々様にとってアトリとの交渉は「生きるか死ぬか」の瀬戸際です。きっと今のダラスは内心では気が気でないはず。

 しかしながら、アトリにとってはギースたちとの会話の主題は「お花のこと」なんですよね。


 イカれています。


 アトリが突出しすぎている弊害ですね。

 マフィア一同は困惑に目を白黒させています。彼らが一同に見やっているのは、アトリではなくて私でした。


 幼女の膝に抱えられている、この闇精霊――邪神ネロでした。


「お、お花?」ダラスが引き攣った笑みで言います。


 私、お花を要求するタイプの邪神と思われています?


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