第144話 天使と悪魔

   ▽第百四十四話 天使と悪魔

 ギースが足止めをしてくれたので間に合いました。


 天使も悪魔もそれぞれ強力な羽アーツを持ちます。その特徴として使用後は一日のクールタイムが存在する、というモノがあります。


 つまり、何枚も羽を消費している悪魔・ルルティアを殺すならば今です。


 この好機を失って暴れたい放題させるわけにはいきません。


「アトリ、ギースに子どもたちの保護をお願いしましょう。変に巻き込まれるのも面倒です」

「神様は優しい……ですっ! ギース」


 地に這うギースを見下ろし、死神幼女が端的に告げました。


「子どもを連れて逃げると良い。ボクは神様とこいつを殺す」

「……お、俺は」


 俯くギース。

 ペニーから様子を聞いたところ、何やら口プで負けていたようです。ゲーマーの風上にも置けません。口プなんて最後に喋っているほうが勝利なのですから、論破されても「ばーかばーか」と言い続けたら良いのです。

 それがゲーマー。

 負けてなお勝ちを狙う、誇り高き孤高の狼なのです。


 ……私ってゲーマーに怒られたりしますかね。


 私がゲーマーを敵に回している間だ、アトリは油断なく大鎌を構えています。地面を転がったルルティアも立ち上がり、口に付着した血液を服で拭っています。

 嘲りの込められた笑み。


「天使たん、今度会うのは羽が10枚揃ってからって約束した♡ ひどーい♡」

「してない」

「したしたしたした♡ でも、本気でルルティアちゃんを倒すつもりかな? この身体が死んでもべつに良いけど……せっかくだしまだ遊びたいんだよね。見逃して♡」

「だめ」

「だめだめ♡ 見逃すの♡ じゃないとここにいる子どもを全員、巻き込んじゃう♡」


 アトリがジト目でギースを睨み付けました。

 わざわざアトリが敵との会話に興じてまで時間を稼いでいるのに、口プで負けたギースは心が粉砕されて動けないようです。


 どうせ【暴虐】でダメージを無効化しているのに地面に這いつくばる。彼はかなりメンタルが弱いようです。

 メスガキ口調の老爺なんて「うわ」と思っておけば良いだけですのにね。

 そのような敵に口で負けるのは中々の逸材です。私だってざこざーこと言いたくなりますね。


 とはいえ、心の問題の大小は本人に大きく作用されます。


 他者があまりどうこう言うのははしたないですかね。私が無言を貫くことに決めますと、アトリが敵を睨みながら問うてきます。


「神様、ギースはどうするです、か」

「放置で良いでしょう。好きにさせておきます」

「はい! です! ギース、神は言っている。好きにすれば良い」


 言われたギースは悔しそうに歯噛みをして、地面に拳を叩きつけて爆破しました。舞い散る粉塵の中、彼はふらつきながら立ち上がります。

 口元には歪な笑み。

 割れた眼鏡の下、瞳だけがギラギラと光を帯びています。


「好きにすれば良い、だと……? はは」


 ギースは額を抑えて呵々大笑します。

 眼鏡の位置を中指で正し、キッとルルティアを凝視します。


「そうだ……! 俺様は【暴虐】のギース! 道理なんざどうでも良い。万物は俺様の暴虐に屈する! 俺様は俺様の気まぐれの言うがままに生きるだけだぁ」


 なにやらいきなり元気を取り戻したギースが、ポケットから取り出した数個のピアスを装着していきます。

 代わりに数本の指輪をそっと外しました。

 その姿を見て確信しました。ギースの【暴虐】はデタラメ性能ですが、おそらくアトリの【疑似神器作成】のように適応できる限度数があるのでしょう。


「防御はもう良い。ぶち殺す」

「ギース、おまえは子どもを連れて逃げれば良い」

「てめえの神が『好きにして良い』って言ってんだろうが」

「そ、そうだった……神様、ごめんなさい、です! ボクは悪い子です。嫌いにならないでください……です。神様神様神様神様神様」


 私はアトリを慰めようと口を開きかけましたが、それよりも早くギースが弾丸のように走り出しました。

 かなりの超スピードです。

 おそらく速度上昇系のピアスでしょう。


 気づけばギースがルルティアの顔面を握り込んでいました。


「死ね、ど雑魚!」

「【|シェリダーの一翼】発動」


 ギースが爆撃する直前。

 ルルティアが翼を一枚消去し、代わりに固有スキル級のアーツを使用します。それだけでギースの腕がひしゃげ、彼の肉体が衝撃で吹き飛ばされました。


 骨が数本ほど折られたようです。


 全身を血まみれにしながら、ギースが地面を転がります。無駄死にです。


「て、てめえ……」とギースがか細い声で呻きます。


 生きていました。

 しかも、吹き飛ばされる寸前に攻撃はしたのでしょう。ルルティアの顔面は高熱によって焼けただれていました。


 ルルティアもまた血を吐きます。


「痛っいなあ♡ 片目潰れた♡」


 悪魔が腕を振り上げ、そのまま鉄槌を落とすように振り下ろします。それだけで遠距離にいるはずのギースの背骨が砕けます。

 まるで透明な巨人の手で殴られたかのように。


「神様」とアトリ。

「ええ、もう我慢は良いでしょう。あと、さっきの発言は気にしていませんよ」

「神様!」


 アトリが動き出しました。


       ▽

 一歩を踏み出した瞬間、アトリの腹部が引き裂かれました。

 透明な何かによる攻撃。

 アトリが咄嗟に反応していなければ、心臓などを破壊されて即死していたことでしょう。ギリギリで躱したのです。


 悪魔の因子は初見殺しが多いですね。


「【イェソドの一翼】【ケセドの一翼】発動」


 未来視とクリティカルダメージ無効を発動します。アトリの翼が二枚失せる代わりに、幼女の瞳が不思議な光を伴います。

 それを見たルルティアが「あーん♡」と身をよじります。


「だめだめ♡ 【イェソド】はだめぇ♡ のぞきは禁止ぃ、このえっちな天使ちゃん♡」

「ボクはえっちな天使ちゃんじゃない」

「……♡」


 アトリが今度こそ走り出します。

 目にもとまらぬステップの連続。ジグザグに駆ける様は雷の如く。アトリが数瞬前まで居た箇所が、透明の手によって粉砕されていきます。


「じゃあ♡ これはどーかなぁ、勇者さまぁ♡」


 ルルティアが孤児院寮を向き、そちらに手を払おうとして――


「俺様たちみてえな外道は、すぐに外道に頼るんだ。知ってんだよ、ど低脳!」


 ルルティアの後ろに回り込んでいたギースが、透明な手の攻撃を代わり受け止めます。数本の指輪が輝いていたことから、何かしらのダメージ減少には成功した様子です。

 あくまでも減少に留まります。


「うっ、ぐあ!」


 またもや血まみれとなり、吹き飛ばされてしまうギース。彼は孤児院寮の壁に衝突し、それを大きく破壊してしまいます。意識を失ったようでグッタリとしています。


 建物への被害は甚大。

 ですが、人的な損害は皆無に抑えたようです。


 悪魔は、子どもたちを攻撃してアトリに庇わせようとしたのでしょう。


 そんなことだろうと思い、私はこっそりギースをポーションで治療していたわけです。


「神様はすべてお見通しなのだ……!」


 ルルティアの真後ろにアトリが辿り着いていました。

 慌てて振り向こうとする悪魔よりも、アトリの大鎌による斬首のほうが明かに早かったようです。


 老爺の首を切断しながら、ぐるぐるした目の死神が告げます。


「視えてる」


 死亡したルルティアは、最期のあがきとして透明の手を放っていたようです。が、それさえもお見通しだったアトリは、姿勢をずらすことによってダメージを大幅に減少させたようです。

 受けた傷も【再生】ですぐに完治しました。

 悪魔・ルルティアの脅威はひとまず去ったようですね。

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