第142話 悪魔

   ▽第百四十二話 悪魔

 いきなりジャスティン老はキャピキャピとした雰囲気で喋り始めました。


「ね、聞いてよ天使たそ♡ いきなりね、ルルティアちゃん呼ばれちゃったの。スキンケアしてる途中だったのに♡ お肌磨いてたの♡ かあいいね♡ また魔教の人たちなのかな? でもでも天使ちゃんを殺せるなら何でもいっか♡」


 すう、とジャスティンの目が細られました。

 数分前の彼では決して放てない威圧です。ゾッとするような……そういう強さ。


「羽七枚ってマジでねえわ♡ 飛べねえじゃん。ま、でも殺すだけならあ」

「アトリ、もう一度ジャスティンを仕留めましょう」


 こくり、と頷きながら「です」と返したアトリが大鎌に光をまとわせた瞬間でした。

 ジャスティンが低語で言いました。


「【悪魔の因子】……【エーイーリーの一翼】発動♡」


 ジャスティンの羽が一枚、忽然と姿を消しました。消える瞬間に黒が弾け、その直後に世界には変化が起こっていました。 

 アトリが突如として動きを停止させたのです。

 ……いえ、よく見れば僅かずつ動いています。その様はまるで「スーパースローカメラ」で捉えられた映像のようでした。


 エーイーリー。

 つまり愚鈍。


 私はハッとします。気づいてはいましたが、やはり敵は本物の悪魔のようです。

 スキル【天使の因子】には10の羽アーツがあります。それらはすべて「生命の樹セフィロト」がモチーフになっていました。


 王冠ケテル

 知恵コクマー

 理解ビナー

 慈悲ケセド

 峻厳ゲブラー

 ティファレト

 勝利ネツァク

 栄光ホド

 基礎イェソド

 王国マルクト


 の十個。

 ならば、【天使】がセフィロトならば。

 その対である【悪魔】はクリフォトであるのが道理です。


 無神論バチカル

 愚鈍エーイーリー

 拒絶シェリダー

 無感動アディシェス

 残酷アクゼリュス

 醜悪カイツール

 色欲ツァーカブ

 貪欲ケムダー

 不安定アィーアツブス

 物質主義キムラヌート


 この十の羽を所有していると考えるのが当然でしょう。

 アトリの【天使の一翼】はすべてが固有スキル級の効果を有します。それに匹敵するスキルを敵が有している、というのは危険極まりありません。


 ジャスティン……悪魔・ルルティアがニッコリと微笑んで歩み寄ってきます。


「死んじゃえ♡」

 凄まじい勢いの抜き手。

 攻撃は無防備なアトリの心臓を貫こうとしています。いまだに【エーイーリーの一翼】に囚われているアトリは防御できません。


「【ダーク・リージョン】」


 悪魔の抜き手を強制回避させます。悪魔は平然と次手として、いわゆるグルグルパンチを放ってきました。

 アトリの【致命回避】が発動すると同時、私が【クリエイト・ダーク】のワイヤーでアトリを上空に引き上げます。飛べない、と自白していたので空ならば手出しはし辛いでしょう。


「うわあ♡」


 悪魔が自分の腕があった場所を見つめています。

 そこには何もありません。アトリが纏う光炎によって焼き尽くされたからです。攻撃した側がダメージを負う……そういう効果があるのです。


 両腕を亡くした老人の肉体で、悪魔ルルティアが悲しそうに呟きます。


「腕ないなった♡ いたーい♡ この身体よわいよお♡ こんなのでルルティアちゃんを呼ぶなんて信じられなーい♡」


 さて、アトリのスローも解除されたようです。敵の有効範囲を脱出したのでしょうかね。詳細は不明ですが動けることだけが事実です。

 アトリは上空から無数の【ハウンド・ライトニング】を降り注がせました。


 対する悪魔ルルティアは、


「【バチカルの一翼】発動♡ じゃーね、天使たそ♡ 今度は羽が十枚同士で会おうねーい♡」


 ルルティアが唱えたことをトリガーに、老爺の背後から巨大な漆黒の巨人が出現しました。スラム街の摩天楼の一画として成立するような、要するにビルクラスの体躯をしています。影のようなルックスをした巨体は、顔面がのっぺらぼうとなっております。

 不気味で巨大な生物が、アトリに向けて手を伸ばしました。


「ロゥロ」


 アトリががしゃどくろを呼び出し、その巨人に対抗させようとします。出現したロゥロはすぐさま影巨人と組み合いますが……力負けして地面に叩き付けられました。

 巨人に踏みつぶされ、ロゥロが消えてしまいます。


 なんやかんや力負けはしたことのないロゥロが負けました。


 私はアトリを宙づりから解放し、敵に【プレゼント・パラライズ】を命中させます。弾かれる様子はなく、影の巨人が麻痺状態に陥ります。

 動けなくなったところへアトリの大鎌が一閃。

 その体格差をものともせずに頭部を吹き飛ばしました。


 それでも影巨人は消えません。


 どうやらあの首は飾りだったようです。

 理解したアトリは【ヴァナルガンド】を解除してから、【死に至る闇】をゆっくりと構えました。


「開け【死に至る闇】」


 狂信した瞳は、夜の中にあっても紅く輝きます。


「万死を讃えよ! ――【死神の鎌ネロ・ラグナロク


 私が【クリエイト・ダーク】で用意した階段を駆け上り、影巨人の胸元付近に至った幼女が大鎌を唐竹割りに振るいます。


 闇色の光。

 攻撃の余波によっていくつものビルがなぎ倒されていきます。

 影巨人が真っ二つとなり、その姿を掻き消しました。


 ふう、と地上に着地したアトリが息を吐きます。

 私は隣にそっと並んで労います。


「よくやりましたアトリ。中々に厄介な敵でしたね。【死神の鎌ネロ・ラグナロク】をしっかり撃たねばならないレベルでした」

「邪神器すごい、です!」


 邪神器と化した【死に至る闇】は、かつての全力【死神の鎌ネロ・ラグナロク】ならば数発も打ち込めるのです。

 つまり、かつてのアトリであれば……切り札を使わされたレベルです。


 一瞬で倒しましたが、逆に言えば一瞬で倒すしかなかったわけですね。

 悪魔。

 中々に厄介そうな敵です。


       ▽ギース

「ああああ!? 黙っってろや、ど雑魚!」


 襲いかかってくる賞金稼ぎの胸ぐらを掴んで爆破を叩き込む。

 いつもなら迷いなくぶっ殺している。だが、今回はアトリの意向で殺すわけにはいかない。瀕死にして地面に転がしておく。


 パラサイト・フェアリーの脅威度が伝わっていない。


 謎の暴れている魔物がいる、くらいの認識らしい。あのような敵を前にして、まだハンターも敵対マフィアも俺様を狙ってやがる。

 まあ仕方がねえ。

 俺様だってアトリからの情報がなければ信じない。


 軽く身体に芽が生えるくらいだ……いや、怖いだろう。なんで気にしないんだ。気にしている奴は逃げ出したんだろうが……胞子を下手にばらまかせないため、そういうのはセックという奴が狩っているらしい。

 そのセックも今やお嬢の護衛。

 俺様が暴れねば……いよいよ第一フィールドが終焉する。


 パラサイト・フェアリーを発見する。

 俺様は即座に接近していく。パラサイト・フェアリーは人間の肉体から大量の蔦を生やしている。狩人が使うというギリースーツに似た容姿だ。

 ただし蔦の一本一本が、ミミズがのたうつように蠢いているが。


「あ、が、あ……たけて」

「黙れ、死ねえええええええ!」


 手を伸ばしてくるパラサイト・フェアリー。

 その手の平からは針の弾丸が射出される。一秒で十発以上の針弾は、そのすべてが寄生攻撃に違いない。

 だが、俺様は無敵の【暴虐】のギース様である。


 すべてを指輪の効果で無効化する。一秒間だけ無敵になれる代わりに全MPを消費し、一回の使用で壊れる特殊な指輪の――マイナス効果を踏み倒す。

 針が俺様に命中する寸前、力を失って地面に落ちていく。

 距離はゼロまで詰めた。パラサイト・フェアリーの顔面を掴む。気色悪ぃ植物で覆われた顔面に、容赦のない【自爆攻撃】をぶち込む。


「寄生された奴は助からない! 手っ取り早く殺しても良いよなああ!?」


 爆破した。

 植物の向こう側、僅かな間だけ顔が見えた。それは……俺様の子分の一人だった。信じられない、という目で俺様を見ていた。それから死んだ。


 ガルグを思い出す。

 ぎりり、と歯を噛む。


「クソ野郎があああああああああああああああああああああ!」


 俺様たちはたしかにゴミ屑だ。

 死んだほうが世のため人のためというモノだろう。かといって、世だとか人だとか、そんなくだんねえもんのために死んでやるつもりもねえ悪党だ。


 だが。


 ジャスティンは悪ではなく、もはや……災厄だ。

 俺様は孤児院寮に辿り着いた。まだ戦闘には巻き込まれていないようだ。建物は無事だった。ここには孤児やそれに近いガキ共が住んでいる。


 こいつらは貴重な人材だ。

 べつに好きで助けるわけじゃねえ。マフィアと一口に言っても暴力を振るうだけでは金は稼げねえ。奪った賭場にしろ、所場代を取るにせよ、働く奴らがいる。

 それがこいつらだ。


 ガキのほうが物覚えが良い。それに愛嬌もある。

 俺様の配下たちは暴れるくらいしかできねえ。


 今更、一からガキ共を教育する手間を考えれば、ここで外に連れて行くほうがメリットがある。手間がねえ。それだけの話だ。

 今夜の街はいつも以上にうるさい。

 ギャーギャーと騒いでうるせえガキ共を連れて行こうとして――俺は見た。


「あは♡ 子ども♡ やっぱり美味しい魂は若い子のに限るな♡」


 そこに居たのはジャスティンだ。

 夜を斬り裂くようにして、奴は孤児院寮に向かって歩いてきている。背からは禍々しい翼が生えている。

 どうやらアトリは遭遇できなかったらしいな。


 好都合だ。

 俺様は拳を握り締め、軽く確かめるように爆破してから叫んだ。


「よく来たなあああ、ど雑魚ぉ! ぶち殺した後に蘇らせて、豚に犯させてから海に沈めてテポテポの餌にされる覚悟はしてきたろうなあ!?」

「え♡ テポテポはエグすぎー♡ いやんえっち♡」

「はあ?」


 妙に気色悪いがどうでも良い。

 こいつは殺すだけだ。


 俺様は生粋の悪党。心の底までがゴミ屑だ。

 ……べつに誰からも好かれなくても、認められなくても、嫌われようがどうでも良い。そんなカスどもからの評価なんて一々気にしてねえ。


 だから、俺様は俺様のためだけに、気に入らねえカスをぶち殺すだけだ。


「散々、俺様たちをゴミだと、死ぬべきだと言ったな? 正義だとか悪だとか」

 俺様は前に一歩出て吠える。

「てめえのつまんねえ意見なんざ無価値なんだよ、ど雑魚」

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