第141話 混沌たる正義

   ▽第百四十一話 混沌たる正義

 一度、シヲを消してしまいます。

 つまり、翌日までシヲを呼び出すことは不可能となりました。寄生状態を解除するためです。シヲに少女を守ってもらいたかったのですが……また寄生されては困りますからね。


 ロゥロに護衛はできません。


 ここはシンプルにセックに頼みましょうかね。ギースに引き渡したいですが、ずっと狙われている彼にHPデバフのお嬢さんを渡せません。


 私たちは夜の街に出て……阿鼻叫喚する住民たちを見つけました。


       ▽

 外では無数のパラサイト・フェアリーが暴れ回っていました。

 いくつもの住民に「あらかじめ寄生」させていたようですね。この街はもうお終いかもしれません。


 ここは第一フィールド。


 パラサイト・フェアリーのことは伝わっていないでしょう。


「……アトリ、その子を連れて逃げ出しましょう。ペニーはギースに連絡が取れますか?」

「神が言っている。ペニーはギースに連絡が取れますか?」


 蝶が何かを言うよりも先に、空から燕尾服の青年が落ちてきました。傷ひとつない状態ですが、額から汗が伝っております。

 ですが、すぐにお嬢さんを見つけて口元を綻ばせました。


「無事に確保してくれたのか? ……めっちゃ痛そうだが。まあ拷問の後だからな」

「今、こいつは薬の副作用中」

「ああ……あのど雑魚野郎が! 好き勝手やりやがって! 仕留めたのかあ!?」

「転移で逃げた」

「ちっ、俺様がこの手で直々にどたまぶっ飛ばしてやる」


 一応、事前の打ち合わせで「一度だけ、蘇生をすることができる」とは話し合っております。使用した際は使用料金をタンマリといただく契約です。

 ともかく、この街を脱出する必要がありますね。

 アトリが逃走を提案したところ、ギースは苦しそうに歯噛みします。


「逃がしたい奴らがいる。……アトリはお嬢を連れて脱出してくれ」

「だめ。契約が違う」

「ちっ……」

「でも、神は言っている」


 アトリがぐるぐると狂信した目で、周囲を睨め付けました。


「ジャスティンはここで殺す」


 現在、アトリは【ダーク・オーラ】を纏っています。

 それで近づいてきたパラサイト・フェアリーの胞子を対策しているわけです。また、お嬢さんには洗脳対策のアイテムを貸しています。


 寄生は洗脳カウントされる、というのがギースからの証言です。

 どうやらパラサイト・フェアリーとは交戦済みのようです。その検証結果のようです。これについてはペニーも頷きました。


『ですが、無限に無効化できる装備はレアですよー。アトリ隊長の洗脳対策はレア度が足りていないみたいですねー』


 そう言われたのでアトリは洗脳対策アイテムを神器化しました。


『すっご』とペニーは呻きます。『規格外すぎますー』


 今、シヲの大盾はなくても良いですからね。空いた枠を使って洗脳対策アイテムを神器化したわけです。


 ……ふと思ったのですが、劣化蘇生薬を神器化したらどうなるのでしょう?


 飲み干したら枠が永続的に消えるとかないですよね? 怖くて検証もできません。

 とりあえずセックを呼び戻します。


       ▽

 セックが町中に大量のアンデッドをばらまき、現在はアンデッドVSパラサイト・フェアリーVS賞金稼ぎVSマフィアの戦争が始まっているようですね。


 アトリの仕事は無事にお嬢さんをギースに届けること。


 すでに依頼は完遂していますが……ギースはまだ躊躇っている様子です。どうやら同じファミリーの人々なども回収したいようですね。

 とっとと撤退したいのですが……ここで無駄に時間を浪費するほうが危険でしょう。


 どうせジャスティンはここで片付けますしね。

 私は溜息を吐きます。


「アトリ、どうせギースは動きません。さっさと私たちで解決してしまいましょう。かなり報酬を追加してもらわねばなりませんがね」

「神様の慈悲……です、ね」

「そういう感じです」


 お嬢さんの護衛にセックをつけましょう。


「ギース」アトリが首だけを回してギースを見ます。「子どもの護衛にセックをつける。でも危険。死ぬかもしれない」

「……ちっ」


 小さく舌打ちを零した後、そっぽを向いたギースがぼそりと呟きます。


「すまねえ」

 ギースが今度は頭を下げました。

「恩に着る。そうしてくれ。俺様は……パラサイト・フェアリーどもを仕留めてくる」

「そうすると良い」


 走り出すギース。

 アトリは【ヴァナルガンド】を起動しました。狼耳がぴょこん、と生えます。全身を光の業火が包んだことにより、周囲のすべてが燃え尽くされていきます。

 私は【ダーク・オーラ】を解除しました。


「捜査は足で行いましょう」

「はい……神様」


 目にもとまらぬ速度でアトリが走りました。このくらいの広さの土地ならば……【ヴァナルガンド】を使ったアトリならば数十秒で周り尽くせるのです。


        ▽

 町中の胞子を焼き払いながら、アトリが街中を駆け回りました。

 数体のパラサイト・フェアリーを鎧袖一触に砕きながらジャスティンを捜索しました。すると、アトリの【勇者】に反応があったようです。


「【レージング・ウィップ】」


 アトリは纏う光炎を鞭状に伸ばし、とある建物を激しく打ちました。とある建物――このスラム街に於ける冒険者ギルドです――の壁が融解します。

 建物を溶かせば、その内部には複雑な文様が刻まれていました。


「神様……あれはなんです、か?」

「あれはお洒落ですね」

「お洒落……すごい、ですっ! あの禍々しさも神様には些事……」


 ジャスティンはその魔方陣の中央に座り込んで、私たちを強く睨み付けました。


「社会のゴミめ。色々な人間が苦労して作った建築物を破壊する。冒険者ギルドがどれだけ社会に貢献しているのか知らないのか? 壊さずとも、もっと良い方法が他にあっただろう!」

「知らない」

「貴様らのような邪悪……ここで必ず討ち取る! もう誰も殺させはしないぞ! 私が人々を悪から守護するのだ……正義として」


 こいつ、マジで頭おかしいですよね。


 べつにアトリは正義ではありません。正しいことなんてどうでも良い。正しさのため損をするつもりなんか皆無です。

 おそらく、ジャスティンはこれまでたくさんの悪を倒したのでしょう。

 でも殺します。


 性格の不一致は離婚と殺意の定番理由ですから。


「今から悪をいけに――」とジャスティンが喋っている最中。


 アトリが無言で【シャイニング・スラッシュ】を叩き込みました。それだけでジャスティンは首を跳ね飛ばされました。

 血飛沫が魔方陣に大量に降り注ぎます。

 それを切っ掛けとでもするように、魔方陣が禍々しく輝き始めます。


「神様、どうするです、か?」


 アトリがこちらを見てきます。判断を仰がれているようです。アトリはあの魔方陣を危険と理解したようですが、私は何も感じませんでしたからね。

 私ならば何とかできる、とアトリは判断しているのでしょう。


 できませんが。


「様子を見ましょう」

「はい! です!」


 やがてジャスティンの死体が動き出しました。最初は震えるだけ。ですが、徐々に魔方陣にぶちまけられた血肉が寄り集まり、一匹のスライムのように集合します。

 そのスライムがジャスティンの肉体に収まり、最後には頭部が接着されました。

 たくましい老人の背に歪な七枚の翼が生えます。


 その頭上には漆黒の天輪。

 白目の部分を真っ黒に汚した男が、糸で操られる人形のように立ち上がります。


 復活したジャスティンは、両の拳を握り、その二つを顎にくっつけて言い放ちました。


「おはようちゃん! ってか! なあに♡ めっちゃ天使ちゃんいんじゃーん♡ 忌々しいライバルおる♡ おるおるおるおる! ルルティアちゃん、敵は容赦なく殺しちゃーうぞ♡」


 キツい。

 私はそう思いました。

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