第140話 卑劣な正義

   ▽第百四十話 卑劣な正義

 シスターと化したアトリは、廃教会に足を踏み入れました。

 スラム街に於ける教会は神へ祈る場所ではなく、もはや住居としての側面が強かったようですね。ろくに祈る場所もありません。


 というか、この世界に教会があることに驚きです。


 この世界は全人類種が「女神ザ・ワールド」のことを信じています。信じているというよりも、知っていると表現しましょう。

 けれど、尊敬している人なんて一人も出会いませんでした。

 シスター・リディスもよく解らない神を信仰していましたしね。


「ああ、神よ。教会がこのように荒廃している様は嘆かわしい限りです。わたくしが清掃せねばならないようですね」


 とアトリが言います。

 もちろん、アトリなので棒読み気味です。しかしながら、アトリって存外に演技はできる人なのですよね。


 懐かしい記憶によれば、ヘルムート戦に向かう際、ヒルダを騙したりもしました。


「上手く行くと良いですが。《劣化蘇生薬》は温存したいですからね」


 私の《劣化蘇生薬》にはいくつか弱点があります。

 そのうちのひとつに連続使用不可とHP1が数日続いてしまう状態異常があります。ギースがバタバタしている都合上、奪還しても流れ弾で即死もあり得てしまいます。この厄介な状態異常は回復手段がありません。


 いえ、アトリの【ホドの一翼】を使用すれば撤去できるでしょうか?


 安全な時に試したいところです。

 ですが【ホドの一翼】はバフ状態の時のほうが便利なのですよね。状態異常に対する耐性です。アトリの弱点のひとつなので維持しておきたいアーツです。


 ヨヨを倒した時、麻痺対策の装備は破壊されました。

 あれさえ残っていれば……麻痺やステータス減少は厄介ですもの。


「おや……ここだけ埃がありませんね。どうしてでしょう」


 アトリはそう言って隠し通路を開けました。驚いた振り。これはさすがに酷い演技でしたが……まあ上手く行けばラッキーくらいの作戦です。

 失敗したら殺すだけです。

 アトリが隠し通路に足を踏み入れようとしたところ、背後のシヲが肩を掴んできます。


『――』

「……神様。どうする、ですか?」


 おそらく罠があったのでしょう。

 シヲには【音波】スキルがあります。多少の罠を見分ける能力はあるのです。


「突破です」私は言いました。


       ▽

 アトリが全速力で駆け抜けます。

 光魔法の【スピード・ブースト】や【神楽】の【奉納・天降ろしの舞】に【狂化】、私の【敏捷強化】なども含め、その速度は尋常ではありません。


 光の如く。


 アトリが踏みつけた床が爆発したり、状態異常をばらまくガスを放ちますが……アトリの速度に追いつけません。

 イメージとしては、水上を足が沈む前に次の一歩を出して駆ける忍者のようです。


 一瞬で最奧まで到着し、施錠された扉を【月天喰】で真っ二つにしました。


 突入。


 と同時、扉の後ろに待機していたであろう人物が音もなく仕掛けてきます。


「遅い」


 おそらく【シャドウ・ベール】で姿を隠していたのでしょう。

 しかし、攻撃の瞬間に効果が消えてしまう仕様上、今のアトリならば反応することは容易かったようです。


 振り下ろされた斧に、アトリは左腕を叩き込みました。

 アーツ【ティファレトの一翼】のバフである「特定部位の耐久力上昇バフ」によって、拳を小手代わりとして殴ったのです。


「っ!?」


 目を見開いたジャスティン。

 斧はアトリの拳を斬り裂いていますが、両断することはできなかった様子。


 右腕だけで大鎌を繰り、アトリはジャスティンの右足を切断しました。血飛沫が舞う中、ジャスティンは尻餅を着きました。

 地面が輝き、老人の姿が消え去ります。

 気づけば手足を拘束されている少女の後ろに、片足を失ったジャスティンが立っています。


「早速、乗り込んできたか悪め。やはり悪を捕まえれば、次々に愚かな悪が集まってくる。ゴキブリのようだ。ああ、世界は悪の温床だ!」

「転移トラップ」

「すでにこの部屋には無数の罠が仕掛けてある。その作動は私の思うがままだ」


 どうやら、ここはジャスティンの領域のようです。

 罠の中には厄介な性質のモノもあります。この狭い空間、ジャスティンの相手をしつつ、少女の安全も確保しつつ……と罠を避けるのは至難でしょう。


「さあ、どうする? いくら悪とはいえ――」

「シヲ」


 アトリが一歩、下がりました。

 呼び出されたシヲが前に出て、その夥しい触手を展開させました。捕獲に適した触手が狭い室内を暴れ回ります。

 すべての触手が向かう先はジャスティンの元です。


「来るな! この女を殺すぞ! 武器を捨てろ!」


 言いながら短剣で少女の背中を突き刺します。

 ですが、まったく無反応にシヲは捕獲を継続しました。ジャスティンが恨めしそうに睨んできます。


「クズめ! 仲間も守るつもりがないというのか! 外道がああああああ!」


 舌打ちを零したジャスティンはバックステップを踏んで、転移トラップで何処かへ消えてしまいました。


『――』


 無事にシヲが少女を確保しました……その時です。


 少女の肉体から無数の棘が生えました。

 シヲの触手を貫通することはありませんでしたが、僅かにダメージは喰らったようです。困惑したように触手が少女から離れます。


「【鑑定】」


 私が【鑑定】しても効果は弾かれました。同行していたペニーの蝶も【鑑定】してくれます。その結果は忌々しいモノでした。


名前【パラサイト・フェアリー】 性別【不明】

 レベル【74】 種族【パラサイト・フェアリー】 ジョブ【上級寄生植物】

 魔法【樹属性70】

 生産【人形38】

 スキル【寄生】【支配】【精密動作】

    【繁殖】【毒攻撃76】【麻痺攻撃75】

    【自爆攻撃】【寄生植物の因子70】

 ステータス 攻撃【740】 魔法攻撃【740】

       耐久【1】 敏捷【370】

       幸運【1】

称号【巣くう者】

固有スキル【大増殖】


 少女の眼孔から蔦が生えてきます。

 中々に悪趣味な悪戯をされてしまったようですね。


 蝶が静かに言います。


『あれは第四フィールドにしかなかったはずの寄生植物ですー。一回でも脳に巣くえば除去は不可能。どうやらクエスト失敗のようですねー。あとアトリ隊長。もう焼き払いましょう。胞子を吸い込んだだけでアウトです。最悪、目視しただけで目とか鼻から侵入してきますー』

「解った」


 かなり悪質な植物だったようです。

 前方を見ればシヲの肉体から、ところどころ植物の芽らしきモノが生えてきています。あの棘が直撃した所為でしょう。

 シヲを消してから、アトリは大鎌を構えます。


「【コクマーの一翼】使用」


 鎌に纏うは極光。

 光属性魔法に【殺生刃】を乗せた最大火力の一撃を叩き付けます。


「【シャイニング・スラッシュ】」


 動き出したパラサイト・フェアリーなんてお構いなし。室内にあったすべてを光が飲み込みました。

 おそらく、ペニーが危険視していた胞子とやらも諸共に。


「ペニーに確認を」

「神は言っている。ペニーに確認を」

『軽く探知した感じでは胞子のような残骸はありませんねー。しかし、問題となるのは奴がどうしてこんな危険物を所持しているのか、ですー。これ、下手したら大問題ですよ』


 かなり危険な植物を持ち込まれています。

 流出した場合……どうなってしまうことやら。


『一応、対策はあるにはあるんですー。解毒薬というか、枯葉剤? あの植物が完全に寄生するまでは一日以上の時間か大量の血液が必要なのでー。各街の冒険者ギルドに通達しておきます。薬自体は第一フィールド以外には常備されているはずなのでー』


 第一フィールドは時空凍結を喰らいませんでした。

 ゆえに六百年の時代が流れています。ですが、時空凍結を喰らった二、三、四フィールドはほとんど時代に変わりがありません。

 きっと第四フィールドの寄生植物は有名だったのでしょう。


 私たちは死亡した少女に《劣化蘇生薬》を使いました。


 寄生されたままなら諦めましょう。ただし、おそらく寄生されていない状態で蘇るか、パラサイト・フェアリーそのものが蘇生するかのどちらかです。

 結果、蘇生したのは寄生されていない少女でした。


「あ、えっと……ここは。って! 痛い! 痛え!!」


 私の蘇生薬の欠点その三です。

 めっちゃ痛いらしいのです。この痛みでのたうち回って壁にぶつかって死んだNPCもいたくらいです。


 アレは気まずかったですね。


 アトリが無言で取り押さえました。

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