第137話 正義厨
▽第百三十七話 正義厨
ギースから提示された《お嬢救出任務》は難しいところです。
メリットが乏しい。
女の子を助けるのは良いのですが、ギースの仲間だと
自分が女の子を助けたい理由さえも語らないのですから。
それはさすがにギースも理解しているのでしょう。途切れ途切れではありますが、眠そうな頭を全力で回転させています。
「メリットを提示する。金、それからアイテムだ。これでも第一フィールドが魔王軍に占領されるまで、うちらは他の追従を許さねえ業界最高峰のファミリーだった。手は豊富だ。ボスは孫娘がかわいくてしょうがねえらしいからな」
金銭はともかく。
裏の伝手での装備やアイテム類は魅力的ですね。神器化できる今は余計に、です。
「……それ以外も《ジョッジーノ・ファミリー》が全面的にあんたのバックにつく」
「要らない。ボクには神様がいる」
「っ、そりゃあ、あんたはそうか……」
いや、めちゃくちゃ魅力的じゃないですか?
第三フィールドの貴族連中を敵に回す可能性を考慮すれば、第一フィールドの有力者(裏ですけど)の力は便利でしょう。
まあ、さすがに戦いに手を貸してはくれないでしょうが。
あくまでもギースとの関わりを疑われることが問題なのです。
関わりがないのに疑われては損一方。
ですが、実際に協力関係にあるのならば話は別です。
正直なところ、ギースは好きではありません。
それでもメリットのほうが多ければ、ゲームの悪役を許すくらいの器は持っております。そもそも、ギースがアトリにやったことって「花壇を無断で荒らす。武器を向けられ、暴言を吐きながら戦闘突入。返り討ち」なんですよね。
むかつく程度。
ハンムラビ法典的にはアトリのほうが悪まであります。
まあ、アトリが殺したいなら殺しても良いです。ですが、アトリ理論では「死=赦し」で一度殺したので報復は終わっているようなのですよね。
あくまでギースの報復が嫌な私が「倒しに行きたい」だけです。
アトリの反応の鈍さを悟り、ギースは眼鏡の位置を直して喋ります。
「……俺様はマフィアの幹部だ。情報なんていくらでも入ってくる。アトリ、あんた魔王と本気でやり合う気なんだろ?」
「なんで知ってる?」
「一部の人間は【
「なにそれ」
「はあ!? てめえの武器だろうがよ!」
ギースの眼鏡がズレました。大いなる困惑が眼鏡のズレを許したのでしょう。そういえばギースって眼鏡外したら見えなくなるんですかね?
だとすれば弱点をまたひとつ発見です。
「ボクが使うのは邪神器。邪神ネロ様からボクに授けられた祝福なのだ……」
「邪神が祝福ってわけ解んねえ」
「神様はなんでもできる。神を愚弄するなら死ぬだけ」
「っ……悪かった。俺様の見識が狭かった」
「そう」
ぐぬぬ、とギースは露骨に歯ぎしりしました。
眼鏡紳士は悔しさを滲ませながらも、本題を見失うことはしませんでした。
「俺様は第三フィールドのフィールド・ボス……《神薬劇毒のピティ》についての情報を持ってる」
「……」
アトリが私のほうを見やってきます。
一応、私とアトリとの間で「魔王討伐」は共通目的として共有されています。私はべつに魔王と戦うモチベーションは乏しかったのですけど、アトリがやる気でしたらよろしいでしょう。
私にとって《スゴ》は楽しんで稼げる場所です。
ですが、基本的にこれはVRMMO――クリアを目指すことを運営は推奨しているのですからね。
「アトリ、ピティの情報はほしいです。ギースの言葉の真偽を確認しましょう。本当でしたら受けても良いかもしれませんね」
アトリはこくり、と頷きました。
「ピティを知ってるの?」
「……知ってる」
「嘘」
アトリには【勇者】があります。
自身に向けられる害意を察知することにより、相手の「騙そう」という気持ちを読めるのです。嘘の判断が可能なわけですね。
確信しているアトリを見て、ギースは諦めたように肩をすくめます。
「厳密にはピティの正体を知っていそうな奴を紹介できる、だ。……嘘をついたのは受けてもらえる可能性を上げようとした」
「……それは本当」
もう受けてしまいましょう。
十分なメリットは提示してもらいました。ギースは悪ですけれども、そもそも私たちだって正義ではないわけです。
私だって別ゲーでは暗殺ギルドや盗賊ギルドに入ったりしました。
アトリ次第でしょう。
まあ、アトリも「イベントで一回殺した」ので言うほど固執はしていません。ギースを殺しに来たのは「因縁で狙われ続けるのが面倒」だからです。
恩を売れるならば、問題は解決するでしょう。
▽
さて。
今回の敵についてです。
ギースが言うには「ハンター」が敵とのことです。要するに賞金稼ぎですね。その賞金稼ぎは有名な相手らしく、ギース曰く「もっとも邪悪な正義の味方」とのことです。
ポイントは「正義」ではなく「正義の味方」という部分。
正義の味方が正義とは限りません。
その名を【執行】のジャスティン・ブラックと言います。
現在、ギースは睡眠を取っています。
アトリが護衛についているので安全については保証されていますね。引っ切りなしにプレイヤーに襲われているようでしたが、今は傘下たちが必死に陽動作戦の途中だとか。
現在、私はセックに周辺の捜査をお願いしています。
また、元第七遊撃部隊のペニーにも協力してもらっています。戦争の時のように無償ではありませんが、お金さえ払えばペニーは力を貸してくれるようです。
超一流のサモナーでありながら、気にくわない相手とは会話もしない人です。
その彼女が「お金」で働いてくれているのは、アトリを相当に気に入った証拠でしょう。
『いやー、ネロサマー』
蝶からペニーの声が聞こえてきます。
『第一フィールドにも召喚陣を仕掛けておいて良かったですー。時空凍結を解除してくれたアトリ隊長に感謝ですねー。またアトリ隊長に使ってもらえて良い感じです。言いふらしませんけど、ゲヘナを倒したのもアトリ隊長ですよねー』
ペニーの情報収集力は恐ろしいところ。
けれども紙一重で味方と言えるで許容できます。
ペニーは技術屋気質ですからね。
有能な人物に、自分の能力を有効に使い倒してもらいたい子なのです。彼女には、アトリが第三フィールドの貴族を殺害した罪があることも通達してあります。
それでもペニーは問題ないようです。というか、
『情報を収集してみたのですけど、アトリ隊長の暗殺は気にしなくて良いですよ。普通に王サマは知った上でアトリ隊長に褒美を出したいみたいでー。たぶん、貴族にしてもらえるか、Sランクにしてもらって罪をなかったことにされるんじゃないですかねー』
とさえ教えてくれました。
やはりペニーは有能です。私がその仕事ぶりに感心していれば、蝶がびくりと震えました。鱗粉を飛ばしながら、蝶から暢気な声が聞こえてきます。
『いま、ざっと街にある全部の建物に侵入しましたー。壊れた教会に地下がありまして、そこにジャスティンと女の子がいますねー。こっちの情報のほうが優先ですかね』
ペニーが召喚生物と視覚を共有した水晶を浮かべました。
私はアトリを呼んで視聴することにしました。
▽
「私はこれでも勉強家でね。かつて偉大なる研究者から学びを得たことがある。生物には遺伝という仕組みがあるのだ。それを耳にした瞬間、私は雷に撃たれたように痺れたね」
筋骨隆々の老人でした。
その容姿に老いは感じられず、よく鍛えられているようです。長い白髪が地面にまで届いています。
「私が今まで処分してきた屑はだね、大抵、両親も屑だったんだ。……つまりだね、悪は遺伝するということなのだ。悪の子は悪。悪。恐ろしいことだ。そうは思わぬかね、ジョッジーノ・ファミリーのボスの孫娘くん」
「……死ね」
「やはり悪。そのような少女の時分から他者に暴言を吐く。忌々しい悪の因子が香る。キミは売女として世界に悪をばらまきかねない。処分せねば……正義として」
捕まった少女の年の頃は十代。アトリよりは年上なので十四か五くらいでしょうかね?
少女には指が数本、ありませんでした。
ハサミをチョキンチョキン、と遊ばせながら、老人――ジャスティンは吐き捨てます。
「ギースもまた悪。早く彼を殺したいのだが。中々、素直になれないようだ。悪らしい」
「ギースは助けに来ねえよ。あいつはジョッジーノの中でも異質だ。自分のこと以外、まったく気にしねえ奴だからな。あいつは身内でも平然と見捨てる。残念だったなイカレ爺」
「否。あいつは子どもは殺さない。見捨てられない。挑みかかってくれば惨たらしく殺すが……交戦時以外、あいつは子どもを殺した情報がない」
「……はあ?」
「あいつは子どもには甘いつもりなのだ。最近ならば、ダラスが少女の売春館を禁じた時も、奴はわざわざ他マフィアの賭博場を奪って、そこで従業員として働かせている。ふん、くだらぬ。老若男女、平等に命のはずなのにあいつは子どもを優遇している。勝手に命に重さを決めている。その傲慢さが悪だと言うのだ!」
まあ、売春って良いイメージがありませんが、スラムのような場所で少女が比較的安全に稼ぐ方法としては……なしではないですからね。
お金をもらって比較的安全に抱かれるか、強引に抱かれた後に殺されるか。
そういう世界なのでしょう。
そういう商売は日本ならば推奨はされませんけれど。
このような治安と文明度の世界では、やらねば奪われて死ぬ……わけですからね。
ジャスティンは苛立ち混じりに、ハサミを少女の太ももに突き立てました。
「ぐっ、う」
「忌々しい! そもそも救済するのならば、初めからそうすれば良いのだ! くだらぬ偽善者が! 偽善だ! 悪だ! そもそも賭博場を奪うだと!? そこで元々、働いていた者たちの生活はどうなる!? 盗人がああ!」
「……や、やめ」
「ああああああああ! そもそも、世界中にはまだ救われぬ少女がいるだろうが。救うならば全員を救ええ! 不平等だ! 無責任な偽善者が……吐き気がするう! 正さねば、正さねば……正義として」
泣き喚く少女をジャスティンがぶちます。
「泣いて許される罪だと思っているのかあ! 悪が赦しを求めるな。その血にはこうされる理由がある! 理由があるだろう! 泣くな! クズめええええ! お前を培う血は、肉はああああ!」
「っ! てめえは虐めて良い弱い奴を虐めてえだけだろ! じゃなきゃギースが弱ってから来ねえもんな!」
「言葉が通じないのかイカレ女! 悪に正当な裁きを与えているだけだ! お前らのような悪が何を並べようとも、それが何だとしか言いようがない。悪の言葉は薄いのだ!」
……
頭おかしいですね。
まあ、ただこういう人って多いですからね。ジャスティンはよくいる頭のおかしい人が、偶々実力と行動力を持っちゃっただけでしょう。
正義側であれば。
敵が悪であれば。
何をしても良いと「自分で勝手に決めている異常者」です。
ネットがあれば、てきとーに吠えて発散できたでしょうにね。
色々と情報は出ましたが、ギースが悪であることに代わりはありません。マフィアなんてどう擁護したって悪ですし、ギースは今までもたくさんのモノを奪ったでしょう。
ジョッジーノの活動方針は知りませんけれど。もしかしたらルーツ重視的なマフィアかもしれませんけれども。
ですが、それはともかく。
このジャスティンは殺したいですね。
「そして!」
画面の向こうのジャスティンが、ぎょろり、とこちらを睨み付けました。
「覗き見をしている貴様らも悪だあああああああああああ!」
こわ。
ペニーが怯えたように呟きます。
『こわ。そもそも私の偵察を見抜ける奴って頭おかしい人ばっかりですねー』
美食家にも見抜かれていましたね。
しかし、ヨヨには見抜かれていなかったような気もします。ヨヨも頭はおかしかったですけれども、おかしさのベクトルは違っていましたからね。
……私、ペニーの観察に気づいたのですが。気づいたからこそ、今回は彼女に協力を要請できたわけでして。
私って外から見ればあんな感じなのでしょうかね。嫌ですね。
……とその時でした。
屋敷の一角が爆破され、無数のNPCたちが雪崩れ込んできたようです。
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