第135話 不眠のギース

   ▽第百三十五話 不眠のギース

 乱闘が開催されておりました。

 薄暗い町並みの中、周囲のことなんて一顧だにしない、暴力的な魔法が飛び交います。石造りの家屋が土魔法の弾丸で吹き飛びます。


「神様、どうする……ですか?」

「まずは戦闘を止めましょうか。その後、両方から事情を聞き出しましょう」

「はい! かみさま」


 アトリが【死に至る闇】を肩に負い、小さく呟きました。


「シヲ」


 アトリがシヲを呼び出し、無関係そうな人間を守護させます。

 と同時、アトリは戦闘のど真ん中に踊り出しました。黒ジャケットの男たちは構わずに魔法を乱発しますが、アトリの【魔断刃まだんば】がことごとくを打ち落としていきます。


 男たちが後じさりしました。


「今の数をたたき落とす、だと?」

「ギースさんレベル……てか、こいつ死神のアトリじゃねえか!?」

「嘘だろ、ギースさんをやった奴か!?」

「無数の羽、真白の髪に赤の瞳。物騒な大鎌……どう見てもアトリだ! 逃げろ!」


「うごくな」


 逃げだそうとしたチンピラたちに、アトリは壮絶な威圧を込めて命じます。たったそれだけのことで彼らは膝を屈し、だらだらと汗を流しています。

 両陣営が完全に沈黙。

 ちっぽけな悪意を幼女の殺意が飲み込んだのです。


「神は言っている。両方から事情を聞く」

「あ、あの……事情の内容が良くなかったら、俺らはどうなるんですか?」

「死ぬ」

「っ!」

「ボクと神様に嘘は通じない」


 嘘を警戒するのでしたら、最悪の場合、殺してしまうのもアリでしょう。


 私たちにはセックが居ますからね。

 セックの【リアニメイト】は死者をアンデッド化して使役します。知能や耐久力、レベルは大幅に低下しますし、生前の人格なんかもなくなりますが、情報は保持していますからね。


 殺しアリの情報戦で負ける理由がありません。


 普通の情報戦は殺しはナシという意見もございましょう。

 ですが、いまはアトリのお話をしていますからね。普通ではありません。


 慌てたように両者が事情を説明し始めました。


       ▽

 どうやらありふれた抗争だったようです。

 片方は零細マフィアであり、もう片方が《ジョッジーノ・ファミリー》の下っ端だったようです。


 青年や大人と言って良い年齢の男性たちが、幼女たるアトリの禍々しさに従わされております。全員がだらだらと発汗していて、絶えず震えているようでした。

 正直、過剰な恐怖でしょう。

 ……とは思います。ですが、マフィアたちは常日頃より「死」に触れているご職業です。通常の人間よりも「殺意」に敏感なのかもしれません。


「理解した」


 アトリが殺意を緩め、大鎌を軽く下げました。

 マフィアたちが硬直を弛緩させ、数名がその勢いで汚い地面に座り込みます。


「戦いは続けてて良い。でも、一人はギースのところへ案内するのだ」

「そ、そんなことしたらギースの兄貴に殺されちまう!」

「ボクのほうが強い」


 有無を言わさぬアトリ。

 マフィアたちは諦念したようです。誰がギースを裏切るのかを決めるため、話し合いと殴り合いを始めようとしたところ、アトリが指名して終止符を打ちました。


「わ、解りやした」


 アジトへ乗り込みます。


       ▽

 そこは絢爛豪華な屋敷でした。

 この薄汚れた、と言ってもよいほどの町並みに於いて、ここだけが異質なまでにキチンとしているようです。


 むしろ、この屋敷だけがスラムではない、表の場所のようでした。


「ここにギースの兄貴はいます。あの、俺はここまでで良いですか?」

「解った……ロゥロ」


 下っ端から視線を斬り、アトリは初手にロゥロを呼び出しました。出現させた位置は屋敷の真上、ロゥロがその巨体を落下させながら、重ねた両の手のひらで鉄槌を下します。

 爆撃されたように破壊される家屋。

 豪奢だった屋敷が瞬く間にぼろ屋に変貌してしまいました。


 おそらく死傷者多数。


 構うことなく、アトリは【シャイニング・スラッシュ】を準備しています。複数の要因によって、純魔法使いに迫る火力を持った、破滅の一撃となっております。

 ぐるぐると狂信した目が屋敷を睨み付け、大鎌に宿った光を解き放ちます。


 光魔一閃。


「【シャイニング・スラッシュ】」


 瓦礫を撤去するような、光によるなぎ払い。

 すべてを浄化するような破壊は、とある箇所にて唐突に停止しました。まるで透明なバリアにせき止められるかのようにして。


 まだアトリの後ろに残っていた、チンピラが悲鳴を上げて逃げ出します。


「見つけた」

「……ちっ、最悪すぎんだろ」


 アトリの攻撃を止めたのは【暴虐】のギースでした。相も変わらず眼鏡をかけ、燕尾服を纏った姿は知的です。その優れながらも涼しげなルックスから、一見して穏やかそうに見えます。

 ですが、そのまとう雰囲気はならず者のソレ。

 一人がけのチェスターフィールドにて、彼は肘掛けに足を投げ出して座っていました。


「てめえも俺様を狙ってきたわけかあ? このクソど雑魚が」

「ボクは雑魚じゃない」

「だろうな。てめえは俺様を一回だけ殺してるからな。だが、もう油断はしねえ。だから、てめえはど雑魚のままだ」


 重労働、とでも言うようにギースが立ち上がろうとして、転倒してしまいます。顔面を床に打ち付けますが、おそらくダメージは無効化しているのでしょう。

 立ち上がろうとするギースは、ゆらりと揺れて足がおぼつかないご様子。


「眠そうですね」

「です!」

「ああん?」とギースが眉を寄せます。


 よく観察してみれば、ギースの目の周囲には深い隈。視線に強さはなく、今にも落ちてしまいそうなくらいでした。

 すべてを把握しました。

 これはギースの数ある弱点のひとつ……寝たら死ぬです。


「ギースのスキルはアクティブです。バフではないので剥がせない代わり、意識がなければ発動できません。つまり、寝ているところを襲えば確殺できるわけです」

「さすが神様です!」

「まあ、普通の生物は寝ているところを襲われれば死ぬものですがね」


 よくある吸血鬼の弱点のひとつ。

 心臓に杭を打つ。

 あれは弱点と言われていますけれども、そりゃあ死ぬでしょ、という感じです。むしろ、それ以外で死なない恐怖が強調される思いです。


 ふらつきながら、ギースが拳を握ろうとして……手を開きました。


「…………俺様の負けだ」

「? 勝ち負けは関係ない。殺しに来ただけ」

「待ってくれ……待ってください」


 ギースが床に頭をつけ、真摯な声で告げてきます。


「Aランク冒険者であるアトリ殿にクエストを――」


 凄まじい爆発音。

 それはアトリが全力で床を蹴った音でした。すでに【死に至る闇】は振りかぶられており、あまりにも美しい技が披露されています。

 気づけばアトリの斬撃がギースを襲っています。


 大鎌はギースの首の寸前で止まっています。寸止めしたわけではなく、単純にギースが装備の効果で防いでいるだけでしょう。

 やはり、予備のアイテムがあったようですね。

 ですが、ギースは反撃もせずに頭を下げたままでした。構わずに台詞を続けます。


「人を取り返してほしい。金ならばいくらでも積む。俺が助けにいけば、あの人は間違いなく殺されちまう。だから、まったく警戒されておらず、その上、俺よりも強いあんたに頼みたい」

「む」


 アトリは僅かに頬を膨らませてから、私のほうを見やりました。

 ギースへの対応策はいくつか思いついております。絡め手もありますし、単純な手も用意してあります。


 どれを使うか、というお話ですね。


「シンプルに試してみましょう。絶好のかかしですからね」

「解ったです、神様! 頑張る……です」


 今回はあえて単純な方法を試してみましょう。


 それは要するに【ヴァナルガンド】と【狂化】の同時使用です。あくまでも【暴虐】は「アクティブ」な固有スキルなので、ギースが「使わなければ」間に合いません。

 つまり、ギースが反応できない一瞬のうちに何十回も切り刻めば、ギースは普通に死ぬかもしれないのです。


 失敗した場合、すぐに【理想のアトリエ】に逃げ込みます。


 ここは屋外ですし、とくに制限もないので【理想のアトリエ】が展開できてしまうのですよね。これで万が一にも【ヴァナルガンド】の反動を襲われることはありません。

 まあ、そもそも【ヴァナルガンド】は一瞬だけでは行動不能には陥りませんが。


 あとはギースの装備次第です。

 たとえば一秒間無敵、みたいな装備があれば防がれてしまいます。その場合は別の策を試すので問題はありません。


 色々試してみましょう。


 アトリのまとう空気が一変します。

 問答無用で邪神器を解放しようとするアトリに、ギースが慌てたように語ります。


「お嬢を救ってくれ! 頼む! あの人は何も悪くねえんだ! ただ」

「【ヴァナルガ――」

「ただ――生まれたことが罪、、、、、、、、なんて難癖で連れてかれたんだ!」


 ギースの必死の叫びに、思わずといったようにアトリが手を止めます。ただし、そこに一切の隙はなく、ギースの敏捷値では【自爆攻撃】を命中させられないでしょう。

 ギースが殺意を抱いた瞬間、彼を切り刻めるでしょう。

 アトリには【勇者】があります。どのような効果があるのかは【鑑定】では解りませんが、敵の害意を読み取ることが可能なのです。


 今、アトリに向けてギースはまったく害意を抱いていないご様子。


 無論、ブラフもあり得ます。しかしながら、ギースが【勇者】を貫けるようなブラフを巧みに使いこなせる人物だとは思えませんでした。


 頭を下げたまま、ギースは……嗚咽混じりに告げました。


「誘拐されたお嬢を助けてやってください。お願いします」

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