第133話 第一フィールドへ

   ▽第百三十三話 第一フィールドへ

 第三フィールドの王家のひとつより招集されました。

 いわゆるブッチさせていただきました。


 十中八九、王家よりお褒めのお言葉なりなんなりがもらえるのでしょう。ですが、私たちは第三フィールドの貴族を手に掛けております。

 もしかすると囲まれて殺されるかもしれません。

 そのようなことはまずあり得ない、と思いたいですけど。


 可能性があるならば、わざわざ踏みに行く必要はありません。


 そもそも、現在のアトリは最上の領域に達しています。同じく最上の領域にあったヨヨは、ほとんど独力で国に喧嘩を売りました。

 ならば、アトリも一国くらい敵に回したところでよろしいでしょう。

 いざとなったら【ヴァナルガンド】で殲滅すればよろしいのです。


 ゆえに、私たちはあえて敵かもしれない者たちの巣窟へ出向きませんでした。まあ、アレックスのことは信頼していますが、彼以外の王族はどういう人か知りませんからね。

 念のためです。

 面倒だったわけではありません。


 べつに、私がどこぞの国王に「絵を描け」と言われて軽く監禁された経験なんて、まったく関係ありません。ですが、王族はともかく国王なんてどうせろくでもないのです。

 現代の王にあそこまで権力があるだなんて、監禁されてから初めて知りましたよ。


 そのような私たちは第一フィールドへ向かっております。


 目的はただひとつ。

 かつて遺恨を残した【暴虐】のギースを仕留めるためです。


 第二回イベントの際にアトリの花壇を破壊するという暴挙に及んだNPCでした。最強の一角と言われていましたが、ヨヨを体験した今、彼を最強だなんてとても呼べません。

 精々、面倒なギミックボスくらいの心持ちです。

 そのギースはマフィアの幹部というか用心棒らしく、ハッキリ言って遺恨を放置しておける相手ではありませんでした。


 では、どうしてギースの滅殺を遅らせたのか?


 理由は単純なことです。

 第二回イベントの報酬が良かったからです。【理想のアトリエ】とセックです。それはもう効果や使用感を試したくて試したくてしょうがありませんでした。


 実際、そちらを優先しておかねばヨヨ戦で負けていたことでしょう。


 新コンテンツを遊ぶことに夢中で、ギースを優先することができなかったわけです。


 何よりも、当時のアトリはわりと辛勝でした。

 いくらギースがアイテムを失って弱体化していようとも、予備の装備がないとは考えられませんでした。ギースだって「装備を盗まれて負ける」なんて二度と許さないでしょう。


 つまり【理想のアトリエ】で強化してから安全安心に殺そう、という感じですね。


 まあ、とある有名プレイヤーによって、ギースの命にはリアルマネーで五百万円の懸賞金がつけられています。放置していてもアトリを狙う暇なんてなかった、というのも大きいですね。

 今、ギースへの襲撃は一部界隈では人気コンテンツとなっております。

 じつはギースから逃げるのって簡単なんですよね。


 あらゆる攻撃を無効化し、近づけば【自爆攻撃】で殲滅してきます。


 が、近づかねばやりたい放題です。ギースの足は決して速いほうではありません。あと、ギースの固有スキルはアクティブスキルなので寝ている際にも使えません。

 ですから、今のギースは日夜を問わずに襲撃され、まったく眠れていないようです。


 かわいそう。


 これは一刻も早くアトリが行ってあげるべきでしょう。ギースを仕留める策については、すでにいくつか用意してありますしね。

 最悪の場合、睡眠対決を挑んでも良いです。


       ▽

「さてアトリ。シヲを呼んでください」

「はい……神様」


 アトリがシヲを呼び出しました。シヲはすでに目的を把握しているのでしょう。さっさと馬に変形しましたが、アトリは彼女に乗り込もうとはしませんでした。

 幼い胸を張り、私に自信満々に告げてきます。


「神様、ボクはもうシヲよりも速い……ですっ! 神様と二人きりのほうが効率良い、ですっ!」

『――!?』

「おまえはもう遅いのだ……ボクと神様は二人きりで良い。おまえはもう要らない」

『――』


 邪神器ふたつによって、アトリはステータスが超強化されています。

 いくら走ることに特化した形態であろうとも、このステータス差を覆すことは難しいでしょう。故ヨハンによって走り方を伝授されているので尚更です。


 シヲがエルフモードでジト目を向けてきます。

 私は溜息ひとつ。


「アトリ、ちょっと意地悪ですよ」

「なっ――あ、ぅ」 


 アトリが時間を止められたように、その動きを完全に硬直させてしまいました。私がアトリに苦言を呈したのは、これが初めてのことですからね。

 しかしながら、これは必要なことでしょう。

 アトリがいずれ嫌味小姑にならぬようにせねばなりません。


 シヲに殺されかけたことを根に持っているのは知っていますけどね。

 普通、殺そうとしてきた相手を許すわけもなく。

 ……ヨハンには懐いていましたけどね。これはもう人として――シヲは人ではありませんが――の人望の違いも関係してくるのでしょう。


「? アトリ、どうしました?」


 アトリが動かなくなりました。

 ヨヨが復活した際の絶望が10だとしたら、今のアトリの絶望は100かもしれません。そういう雰囲気が【勇者】で伝わってきます。


 謎スキル【勇者】


 私はアトリの頭部に乗ります。


「私としてはシヲに乗ってゆっくり旅をしたいところですね。アトリに抱えられて行くのは、ちょっと速すぎて忙しないですね。アトリで行く場合、念のためにログアウトしようと思います」

「……う。かみさま」


 常時、ジェットコースターのようなモノでしょう。

 視点も大いに揺れることが予想されます。おそらく、全速力のアトリに抱えられての移動は地獄でしょう。


 私がログアウトを匂わせた瞬間、アトリが真剣な声音で命じます。


「……シヲ、お馬になれ」

『――』

「ボクには神様をだっこするお役目があるのだ……」


 シヲが「やれやれ」という風に肩をすくめて馬になりました。

 私は【アイテム・ボックス】からシヲ手製の馬車を取り出します。彼女の高い【木工】スキルと世界樹の素材で作られた場所です。

 効果は「揺れ防止」と「快適」と「頑丈」でした。


『――!』


 私が取り出した馬車を見て、シヲは満足そうにします。自信作のようでした。シヲもまたご機嫌そうに馬車を引き始めました。

 アトリも幸せそうに、精霊体の私を抱き締めます。

 第一フィールドへの旅が始まりました。

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