第130話 魔王軍の新たな配下

   ▽第百三十話 魔王軍の新たな配下

 すべてが荒廃した魔王城では、興奮した様子の魔王――グーギャスディスメドターヴァの姿があった。幼い肢体をジタバタと暴れさせて、全身で狂喜乱舞を表現している最中だ。


「なんじゃなんじゃ、この美男子!」

「うっせえぞ魔王。忙しいおらを困らせるんじゃねえ」

「見よ、ピティ。この気品ある佇まい。美しすぎる顔立ち。此方に比肩しうるほどの圧倒的な強さ! 此方、此方、もうトキメいてしもうた!」


 それはピティが献上した映像である。

 第三フィールドで行われた人類種同士のつぶし合い、その頂上決戦たるアトリVSヨヨに関しての映像だ。


 本来、敵の脅威度を測るための映像だ。

 だが、ピティは知らないが、これでは推しアイドルを鑑賞するための映像である。魔王軍の中でもわりとまともな感性を有しているピティは頭を抑えた。


「てめえ、ふざけてねえで分析しろや。死ね、強く死ね」

「ふさげておらんのじゃ、ピティ! 此方、此奴、好き!」


 魔王は真っ赤なほっぺたを押さえている。

 歓喜する魔王に優しく頷いたのは、もっとも付き合いの深い四天王……アリスディーネであった。


「良かったね、グー様。昔、メドちゃんが『お前も好きな奴でも見つけな』って言ってたもんね」

「その通りじゃ。此方はようやく番を見つけたのじゃ!」

「結婚式、私も行くね……料理は任せて」

「ふむ、頼もしいのじゃ。此方が告白する際は、此方のうしろにつくことを許す」

「いっぱい応援してあげる」


 きゃあきゃあと喚く女子トークに、背後で控えていたゲヘナが頭を掻いた。


「魔王さま、敵っすよ。しかも、この男はどう見ても俺っちよりも微妙くないすか? 俺っちのほうが美形っていうか」

「……そ、そうじゃね」

「魔王さまに気ぃ使われた!? この俺っちがあ!?」

「さすがに品がちげえだろ。おらでも解んぞ、自信過剰馬鹿が」

「ピティまで!?」


 ゲヘナは怖々とアリスディーネを見やった。彼女は不思議そうな顔をしている。


「ゲヘナのほうが顔は良いと思う、よ?」

「ほらあ!」

「でも……綺麗なのはあっちかな。ゲヘナはほら……しょうもないし」

「アリス!? やんのか、あんた。俺っちボコボコにされる覚悟はあるんすよ、おい」


 そもそも魔王は繁殖ができない。

 生殖行動くらいは可能であろうけれども、それはもやは完全なる娯楽である。番を作れたとしても、結局は相手さえも滅ぼしてしまうのが魔王という生き方なのだ。


 それを理解した上で魔王ははしゃいでいた。


「この記録映像は永久に残すのじゃ。其方の研究よりも優先せよ、ピティ。観賞用、使用用、保存用、結婚式に流す用の四つをまずは用意せよ」

「使用用って何に使うんだよ、クソ魔王が……」

「う、うるさーい!」


 顔を真っ赤にした魔王は、それっきり黙り込んでしまった。くだらない雑談の途上でも映像は止まることがない。

 映像はアトリが神器を発動するところにまで来た。


「ほう」

 感心するように魔王が吐息を漏らす。

「勇者もようやく資格を有したか。……そもそも資格もなしに此方に傷をつけたヨヨが化け物なのじゃがのう。アレは面白い男じゃった。惜しむらくは神器使いになれぬことじゃな」

「はっ、さすがはヤヤとユユの弟君だな」


 ピティは腕を組んで感慨深そうにヨヨを観察している。かつてまだ世界に「スキルシステム」がなかった頃、魔王を抑えていた人類種の強者たち。

 その中の一人がピティであり、同時にヨヨでもあったからだ。


 魔女、真祖吸血鬼、巨人、鬼人、妖怪、狼王ろうおう族・狐帝きつねみかど族やエルフの狩人たち。

 そして七人の神器使い。


 そのほとんどが魔王に討ち取られたが、ヨヨはその中の数少ない生き残りであった。が、その彼もまた今回で死亡してしまった。

 戦とは、そういうモノである。

 得られる物よりも、失うことのほうが多い。


 やがて映像では決着がつく。


 ゲヘナを除く誰もが平然としていた。ゲヘナだけが唯一、悔しそうに拳を握り締めていたのだ。アンデッドは涙を流せない。

 舌打ちの直後、ゲヘナは呟く。


「ヨハン、あんたはいっつも俺に嘘を吐く」


 嘘つき、とゲヘナは力なく呟くだけだった。かつて世界最強の騎士と呼ばれた男の影は、そこにはなく、あるのは無力な死に損ないの姿だけだった。

 魔王は溜息を吐く。


「其方の悪い癖じゃぞ、ゲヘナ。あの者らを助けたくば、其方が行ってやれば良かったのじゃ。其方の本体ならばアシュリーの呪縛を解き、ヨヨとも戦えたことであろうよ」

「俺っちは魔王さまの配下っすから。そこまでしてはいけない」

「いつもそうじゃのう。騎士というのは厄介な生き方じゃ。そして其方はいつも間が悪い」


 図星を突かれたゲヘナは反論することなく、ただ背を向けて退室してしまう。彼はエルフとして「中途半端な精神」を有しているので、こういう時は逃げ出すしかないのだ。

 精神修行必須のエルフが、強さゆえに修行をさせてもらえなかった。

 そうしてできたのが魔王軍四天王が一翼――《徘徊騎士のゲヘナ》なのである。


       ▽闇精霊ミリム

 意識を失っていたようです。

 気づけば知らない天井を見上げています。老朽化して崩れかけの天井は、年期よりも哀愁を感じさせます。

 天井から降り注ぐ破片を避ければ、目の前には真白の幼女が立っていました。


「ふむ、ピティ。精霊が目を覚ました。鹵獲は上手くいったようじゃな。どうやったのじゃ?」

「神が定めたリスポーン地点を書き換えただけだ。べつに大したことはしてねえ。つか、もう良いか? おらは仕事がたんまりあるんだ」

「うむ」

「ああ、あとアイツを易々と使わせるんじゃねえ。アイツにはアイツの生活ってもんがあんだろうがよ。おらにとってアイツは娘みてえなもんだからな、パシらせたら殺すぞ」

「結局、ヨヨはアトリが片付けたじゃろ。裏から来ていた雑兵くらいで彼奴が後れを取るとは思えぬな。さすがは《神薬劇毒のピティ》の最高傑作じゃ。神も其方に関しては『本当のチートは困っちゃうよー』と泣いておったわ」

「ふん」


 やたらと厚着の少女は、むかついたように、あるいは誇るように鼻を鳴らして出て行った。

 ばたん、と乱暴に閉められた扉が砕け散る。そのような悲惨な惨状をものともせず、真白の幼女は――魔王グーなんとかかんとかなんとーかは言いました。


「精霊よ、此方と契約せぬか? 世界の半分をやろうぞ」

「魔王と契約ですか? この私が?」

「その通りである。其方には虚無の才能があるのじゃ」

「才能……」


 私が才能と耳にして真っ先に浮かぶのは、陽村ナナの姿でした。中学生くらいに見えるルックスながら成人しており、素手で熊を引き千切った化け物女です。

 おそらく《スゴ》をプレイして【決戦顕現】を使って、人類で唯一、レベル20までなら肉体スペックが下がると言えば奴の異常さが理解できることだろう。噂によればプレイしている目撃情報があったはずです。


 陽村ナナには酷い目に遭わされた。


 正直、スタークを殺したアトリやネロよりも、現実で暴行を加えてきた陽村のほうを恨んでいます。しょせん、私の気持ちなんてそのていどでした。

 私はあらゆる意味で浅い人間です。

 才能なんて二文字とは吊り合わない。


 目を伏せる――なんて言っても精霊体ですけど――私に、魔王様は子どもをあやすように頭を撫でてきました。幼女の手なのに、不思議と亡くなった母親を思い出させました。

 ふと涙が零れます。


「闇精霊よ、此方に名を名乗る名誉を授けようぞ」

「……私はミリムです」

「ミリムよ。其方は自分が『くだらぬ小物』であることを気に病んでおるのじゃろ?」


 言うとおりでした。

 私はどうしようもないほどの小物です。現実でまったく上手くいかず、ゲームで憂さ晴らしもできず、人生の選択の悉くを間違えてきた自覚があります。


 でも。


 どうやったって上手くいかないのです。私は狂いそうになる自分を抑えるために、必死に叫びました。


「貴女に何が解るんですか! 教授に言われるがまま抱かれていれば大学を辞めずに済みましたか!? セクハラをもっと受け入れれば、上手くいなせれば、私はもっと出世できたんですか!? 私が悪いんですか!? 私がもっと穏やかだったら、企画を同期に盗まれませんでしたか!? 一回もミスなんてしていないのに、全部私のミスにされませんでしたか!? 周りにも父にも馬鹿にされて、何を頑張ったって他人は私から簡単に奪えるじゃないですか!」


 どうやったら上手く生きられるんですか。


 必死に努力したとて、誰も努力なんて評価してくれない。見てくれない。気づいてくれない。存在しているだなんて考えもしない。私の必死の頑張りだって周囲にとっては無価値で、私を抱くだとかくだらない理由のために踏みにじって良い物です。


 成果を出しても横から簡単に奪われる。

 そりゃあ、理解はしているんです。

 私の巡り合わせが悪いだけだって。きっと世界は本当は優しいんだろうって。


 変なプライドなんて捨て去れば良い。

 男に抱かれて上手くやっている女なんていくらでもいるじゃないですか。私だってそうするべきなんですか?


 でも。

 でも、どうやったって上手くいかない。


 自分の情けなさに、涙がボロボロと零れてしまいます。それを止めることさえ自分でできない。私はどこまでも愚かで小物で愚物でつまらなくて、くだらない。

 死んだほうが良い存在。

 でも、死ねば楽だと解っていても、実行することができないど低脳。


「貴女に解るんですか!? どうしてゲームキャラ、、、、、、を虐めたていどで掲示板で無限に誹謗中傷を受けねばならないんですか!? 天音ロキになら解りますけど、どうして他人が私を虐めるんですか!? だって、それって私と同じじゃないですか。誹謗中傷で人が死ぬって、殺せるって知ってるのに、私を殺そうとしているのに何で私だけが許されないんですか!? 覚悟もなく、どうして平気で人を傷つけられるのですか!?」


 私には覚悟が必要でした。

 でも、他の人は生きるのが上手いから、なんの覚悟もなしに私を殺そうとできるのです。


 意味が解らない。

 意味が解らない。意味が解らない。


 他の人はもっと上手く生きているのに。

 どうしてこんなにも上手くいかないんだ。上手く生きられないんだ。


「みんな私を馬鹿だって。小物だって。くずだって。しょうもないって。ダサいって、惨めだって! 生きてる価値がないって言うんですよ……しょせんゲームのキャラでしかない貴女に何が解るんですか!」

「其方が解ってほしい、ということが解るのじゃ」

「――っ」


 魔王の言葉は不思議と私の胸にすとん、と落ちてきました。

 懐かしい声音でした。お母さん。私がずっと独りぼっちだったのに、お母さんだけが私を愛してくれた。


 私に【優しい】を教えてくれた。


 きっと彼女の言葉に深い意味なんてないのでしょう。

 ですが、私には魔王の言葉が強烈に染み込んできます。かつて天音ロキがインタビューで言っていました。


『私の芸術は空前絶後。誰だって平等に感動させられますし、その感動は極致のはずでしょう。ですがね、私の描いた絵が、子どもが親に描いたド下手な似顔絵もどきに負けることがあります。こんなにも簡単なことが昔の私には理解できませんでした』


 きっと。

 もっと良い言葉を他の誰かが言っても、私の心には響かないのでしょう。ですが、不思議と魔王の言葉は私を理解してくれるように感じました。


 魔王は不適に笑い、その短い腕を組みました。


「此方についてくるが良い、ミリムよ」

「……!」

「其方に教えてやろう。其方は『くだらぬ小物』で良い」


 だって、と魔王は自信に満ちた笑顔で言い放ちます。


「それが其方は楽しいのじゃろ?」

「たのしい……そう。そうです! 私は……そっちのほうが楽しいんです! 品性なんて捨てた言葉で、思う存分に他人を罵りたい。馬鹿にしてくる全部を馬鹿にしかえしたい。ですが――」


 言葉に詰まる私。

 しかし、魔王はそのような愚図な私を馬鹿にしませんでした。


 子どものような純粋な声で、興奮に頬を朱に染めていました。


「ならば誇るのじゃ、ミリムよ! 此方は知っておる! 誇りを持っておる娼婦は誰にも穢すことはできず。誇りを持っておる奴隷はいつだってギラギラして、誇りを持った物乞いは誰よりも生き抜こうと輝いておる!」

「誇り……」

「世界はゆえに美しい! 誇りを持ちさえすれば、この世の万物は明るく照らされ、この此方が壊すに相応しい色合いを有するようになる! 誇りこそが人類種の持つ、唯一無二たる武器なのじゃ!」


 誇り。

 思えば、そのようなモノは持ったことがありません。


 私にあったのは意地や見栄ばかり。

 誇りがあれば、私は変われるのでしょうか? 誇りがあれば、今までの選択だって後悔しなかったのでしょうか。


 他人に認めてほしかった。

 でも、私は他人の前に、まず自分で自分を認めることさえできずにいました。でも。


 魔王が胸を張って宣言しました。


「くだらぬ小物であることに誇りを持て、ミリム。生き生きとせよ、それだけで人類種は美しいのじゃ」

「……どうやったら良いのですか?」

「ふっ、容易いこと。此方に付き従うが良い。さすれば自ずと解るじゃろ。どうじゃ? 此方の配下となる覚悟は持ったかの?」

「……はい」


 不思議と言葉に熱が籠もります。

 誰に嫌われたって構わない。私が私を誇れるようになれば。


 この魔王は……魔王様は誰よりも自分を誇っているから。

 ゲームのキャラだとか関係ない。私はきっと心の底からこの魔王様に心服してしまったようです。ありきたりの魔王様の言葉が、私にだけはよく響きます。


「私を貴女の配下にしてください!」

「うむ! では、明日より早速ピティの改造を受けるが良いのじゃ。其方は世界初の『虚無の精霊』……ボイド・スピリットへと至るが良い」

「解りました」

「あ、其方って【魂痛】とか大丈夫かの? 深度3相当じゃそうだが?」

「大丈夫です! よく解りませんが!」

「ふむ、それでこそ此方の配下よな」


 うむふむ、と魔王様は嬉しそうに何度も頷きます。その一挙手一投足は研ぎ澄まされていて、美しく、この私がロリコンにされてしまいそうです。

 愛らしい。

 私が魔王様にウットリしていると、魔王様は思い出したように呟きました。


「そうじゃ、ミリムよ。此方のことは『魔王』と呼ぶが良い」

「はい。仰せのままに」

「良い。此方は大抵のことは笑って許すが、名を違えられることは決して許すわけにはいかぬのじゃ。噛むことさえも許さぬ。ゆえに名を間違えられたと契約精霊たる其方を殺めたくない」

「解りました、気をつけます。ですが、魔王様。精霊は殺せませんので、私以外の精霊にはお気をつけください」

「ふむ、心配ご苦労。しかしの、ミリム。プレイヤーの魂を破壊することは容易い」


 ふ、と魔王様は不適に微笑みました。

 魔王様が踵を返し、部屋の外へ向かいます。私はどうすれば良いのか迷いましたが、すぐに彼女が笑み混じりの声で告げてきます。


「ミリムも共となり見るが良い。此方の番に相応しい男の映像が手に入ったのじゃ! 何度みても飽きぬ! 彼奴は必ず此方のモノにするのじゃ。三日三晩と抱き合うのよ……ふふふ」

「え、番ですか?」

「ふむ、名をネロというらしい。これがまた美男での」

「……ネロ。また……てめえですか、ネロお」


 ネロ、殺す。

 私はそう決意しました。

 しかし、同時に魔王様の好感度を稼ぐため、天音ロキの写真集などを課金で購入することにしました。プレゼント大作戦です。


 ゲームの広告だかなんだか知りませんが、アイドル活動が裏目に出ましたね。貴方が踊ったり歌ったりしている映像なんていくらでもあります。

 私も昔は集めたモノです。

 ……データ消しちゃったけど、どうにか復元できるはず!


 私は生きるのは下手でしたが、かなり秀才でしたからね! 何させたって大抵のことはできるのです。

 くふふ、精々、私に利用されるが良いのです天音ロキ。


 私の小物街道は始まったばかりなのです。

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