第128話 復讐者の末路
▽第百二十八話 復讐者の末路
ヨヨの殺害に成功しました。
最後の攻防は完全に私たちの敗北だったでしょう。
ですが、我々にはゼラクとガノという仲間が居たのです。
ヨヨがトドメを刺そうとした寸前。私はかつてゼラクに渡していた【反応石】を使いました。ゼラクが妹を連れてきた時に、彼に持たせた防犯ブザーのようなモノです。
ピン型の石は、対となる石に魔力を流せば爆音を放ちます。数キロ離れていても届く音は、研ぎ澄まされていたヨヨに反応を強要しました。
ゼラクが死の間際、ヨヨの襟首を掴んだときに仕込んだモノです。
「仕掛けたのが別人であれば気づいたでしょう……ですが、相手が悪かったですね」
まだ戦闘を怖がっているような新兵が。戦うためではなく、自分の隊長の勝率を僅かでも上げるためだけに命を捨てた――化け物たるヨヨを真っ向から騙そうとした。
そのような覚悟は尋常ではなく。
ゆえにヨヨでさえも気づくことができなかったのです。
ヨヨが散々に警戒していた英雄とは、実力差を覆して勝利をもたらす者とは、つまりゼラクだったようですね。
またガノが自害した真相も、おそらくは【反応石】を隠すためです。
この世界、強い装備はオンリーワンです。基本的に戦時で「装備を脱ぐ」ことなんて滅多にありません。
壊れない限り同じモノを着ます。
ですが、もしも「ガノと戦って返り血で服が汚れた場合」……洗うために脱ぐ可能性が生まれます。その際に気づかれないように、ガノは返り血で服を汚さないために死んだのです。
命を懸けるには不安定な策。
ヨヨが気紛れに戦争中に装備を脱げば破綻する愚策。
ですが、彼らは「それがもっとも勝てる」と判断して命を使って戦ったわけですね。
結果は言うまでもなく、
▽
「う……あ」
ヨヨのHPを全損させた瞬間、アトリはバタンと倒れました。
ステータスを確認しましたが、HPは満タンと表記されております。どうやら問題はステータスに出ないところのようですね。
精神的な疲労かもしれません。
すでに狼耳は消え失せていますし、他の【天使の因子】スキルなども維持できなくなったようです。
いつもの重課金アバターのようなルックスから解放されています。
「はあ……はあ、はあ」
全身を返り血と自分の血、汗とでずぶ濡れにしています。
正直、ヨヨへの勝利はすべて奇跡で成り立っていました。ですが、その奇跡を手にするために無茶を繰り返したのは真実です。
いつだって奇跡を手にするのは、必死に手を伸ばした者だけなのでしょう。
どうやら【死に至る闇】も元に戻ってしまったようですね。まあ、また神器を使えば性能を取り戻せることでしょう。
ただし、生きて帰ることができれば……という注釈はつきます。
だって、ここは戦場のど真ん中。
陣営的には吸血鬼側なのですからね。今の弱った私とアトリとでは、この人数に抗うことは不可能でしょう。
実際、私も気絶しそうです。
ふらふらと思考をしていると、突如として影が十個ほど私たちを囲みました。その影の正体には覚えがあります。
屋敷で遭遇した敵――三騎士のレンでした。
十人のレンが我々を包囲しております。彼らは面倒くさそうに髪を手で梳き、アトリの様子をじっくりと観察しているようでした。
「あー、無駄な抵抗は止めてくれ。俺が包囲している。本体を含めた十人の俺と吸血鬼の軍勢……ヨヨ様と死闘したキミでは抵抗できないだろう」
「……ボクは死なない」
アトリが必死に立ち上がろうとして、顔面を地面に強く叩きつけました。傷は【再生】しますが、肉体がまったく言うことを効かないようです。
詰みの二文字が脳裏に浮かびます。
全力で脱出方法を考えますけれども、どのようなルートでも死んでしまいそうですね。
レンが申し訳なさそうに呟きました。
「ふむ、動けなさそうだな。良かった良かった。少しでも動けたならば、諦めて撤退するところだったよ。無駄死にはごめんだ」
レンはすべての分身を消して、表情に喜びを灯しました。
「初めて使える。このスキルのお陰で王にはなれなかった。光属性だったら良かったんだがな……仕方がない。さて、さすがに緊張してしまうし、わずかに躊躇ってもしまうものだ」
「まさか」
私の脳裏に過ぎるのは最悪の可能性でした。
残った力で【ダーク・ネイル】を放ちますが、【顕現】もしていない精霊の攻撃では止めきることなんて不可能でした。
攻撃を払うこともなく、レンが――それを使用しました。
「聖人スキル――【
スキルが発動したのとレンが消えたのとは同時でした。まるで初めからレンなんて人物が存在しなかったかのようです。
聖人スキル【
それは光属性以外の聖人・聖女だけが取得できるスキルでした。
その効果は「自分の死と引き替えに、対象を蘇生」するという力。
アトリが聖女になった時、光属性なので不要だと省いたので覚えているのです。絶対に使うことはおろか見ることもないはずのスキル。
ヨヨが復活しました。
「ふむ。レンがやってくれたようであるな。忠義、誠に大義である」
先ほどの死闘や彼自身の死を感じさせない、余裕の笑み。その笑みを目撃した私は、まるで心が深く深く闇に呑まれていくようでした。
隣を見やれば、アトリさえもが苦しそうな表情を浮かべています。
どうにかせねば。
ですが……どうやって?
肝心のアトリが動けないというのに。
ぎりり、と歯噛みします。
「……いえ、もう一度、私が【神威顕現】を使ってアトリを抱えて逃げれば」
幸い【神威顕現】にはクールタイムはないようです。理由は不明瞭ですけれども、私の本能的な部分が連続使用を忌避するだけです。
けれど、今はそのようなことを言っている場合ではありません。
私が覚悟を決めようとしているうちに、ヨヨは楽しそうに語り始めます。
「此度は余の敗北である。されど、意義ある敗北であった。これにて世界はまたひとつ強くなり、余もより凶悪になったのであるな。魔王グーギャスディスメドターヴァに至るために必要なのは力だけではないのである」
地に座り込んだままのアトリを、ニヤリとヨヨが見下した。
「次に見える時が楽しみなのである。その力を使いこなすが良い。……チャリティーの枠は余っておるな? 生き残りたくば、余に神器を作るが良いのである」
見たところ。
ヨヨもかなり弱っているようでした。すべての【ライフストック】を失っているようですし、そもそも【
それでも、今のアトリを殺すのは簡単でしょう。
完全に逆転されてしまいました。
ヨヨはアトリに歩み寄り、その白髪を乱暴に掴み上げました。呻き声をあげる幼女が浮いた足をバタバタと暴れさせます。
「貴殿の命は安くないのである。それから余の無礼……寛大な心で以て許すが良い」
「――許すわけなかろうが」
「!?」
杭が生えていました。
ヨヨの心臓から。
信じられないモノを見るように、真祖吸血鬼が目を見開いて叫びます。
「貴殿はヨハン殿!? こ、これは……」
「儂の……私の前で! 貴様にはもう奪わせぬ!」
「ヤ、ユ……す、ま」
それがヨヨの本当の最期でした。
▽
ヨヨの死灰の上に倒れたジャックジャックは、もう立ち上がる気配がありません。生きていることは理解できますが、それはもはや深い執念によるモノでしょう。
六百年も凝縮させた想いは、尋常ではない力を生み出すようです。
しかし、これまで。
いくつも回復アイテムを試しますが効きません。
鑑定してみれば、最大HPがマイナスになっていました。今もなお下降が止まってくれません。
一切の正規の回復手段が通用しないのです。
おそらく、私の《劣化蘇生薬》も役に立たないでしょう。
もはや骨にうっすらと皮が張っただけの、哀れな老体にはかつての元気は微塵も見られません。アトリたちと笑っていた姿が霞んで消えていくよう。死体が動いているように見えました。
本来ならば動ける状態ではありません。
それでも戦場に辿り着いたのは――恨みではなく、アトリを救うためでしょう。
ジャックジャックは人殺しです。
しかし、その心根はどこまで行っても優しい老爺だったのでしょう。その証拠とでも言うように、彼は最後までずっと【筆頭執事】のままでした。
世界は一度たりとて、彼を薄汚い【暗殺者】とは呼びませんでした。
すでに何も映さぬジャックジャックの目が、ふと動きました。
その視線を追いかければ、ヨヨの屋敷の方からよろつきながら歩み寄ってくる姿がありました。それは屋敷でジャックジャックと戦闘していたはずの少女――アシュリーです。
とはいえ、あの時の狂気的な様子は見られません。
顔を涙で溢れさせた、若い少女が倒れたジャックジャックを抱き締めました。皺だらけの乾いた老人の肌に、少女の涙がそっと降り注ぎます。
「ヨハン! ごめんなさい、ヨハン!」
「……アシュリーお嬢様」
「どうしてなの!? こんなことになるのならわたくしを殺せば良かったのですわ! どうして六百年も頑張った貴方が報われないの……! こんな辛い目に遭わなくてはならないの!」
ジャックジャックは首を振り、優しく少女の頬に触れました。
「愛するお方をお救いできた。私の人生は……報われた」
「死なないでヨハン! 嫌です! やっと、やっとわたくしは」
「ああ……」
ジャックジャックは心の底から嬉しそうに笑いました。
まるで青年のような笑みでした。
「生きていて、良かった。六百年、ずっと貴女のことだけ考えられて……」
ヨハンの手が力を失います。
それをアシュリーが咄嗟に握り締めます。皺だらけの、苦労だらけの、優しい手。
「私は……幸せ、でした」
きっと。
それは六百年の執念でした。アシュリーに「愛している」と「幸せだった」を伝えるまで、絶対に死なないという老人の覚悟でした。
満ち足りた表情で、老人は一人、勝手にあの世へと旅だったのです。
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