第127話 レーヴァテイン

▽第百二十五話 レーヴァテイン

 死のバフを全開にしたヨヨが動きます。


「な」と私は呻きました。


 何故か身動きが取れません。

 ただヨヨが圧倒的なステータスで「歩いている」だけです。しかし、そのゆったりした動作なのに速い動きに脳が対応できないのです。


 ヨヨ以外が止まったような、世界。


「【絶界】である」


 アトリも反応することができず、ヨヨの大剣をぶち込まれようとして――、


「? なにが、、、?」


 剣を振りかぶっていたヨヨがぶっ飛ばされていました。

 両腕と両足が引き千切れ、あの、、ヨヨが一瞬だけ気を失っていたようです。無論、アトリは止まることなく、凶暴な狼じみた動きで追撃に掛かります。


 ヨヨが吹き飛んだ瞬間、私の反応も正常に戻りました。


「【ダーク・オーラ】」


 光と闇と二重のオーラを纏ったアトリが食らいつきます。

 しかし、すでにヨヨも意識を取り戻し、凶悪な笑みを湛えておりました。


「対応するか! 【血撃ブラッド・インパクト】」


 それは【死神の鎌ネロ・ラグナロク】のヨヨバージョンでした。その攻撃を大地に放つことにより、ヨヨは吹き飛ばされている中でも音速で動きます。

 追撃していたアトリが上半身と下半身を分離させられました。攻撃の余波で下半身が完全に消え去りましたが……再生しました。それには大量のMPを消耗するのですが【ヴァナルガンド】の効果でしょう。


 MPの最大値が爆増しています。まったく問題ありませんでした。

 今のアトリは【ダーク・オーラ】を常時展開できるようです。


「ふむである」


 大剣は二本。


 残る一本がアトリの心臓を破壊する軌道を取ります。


「【ダーク・リージョン】」


 大剣が虚空を斬り裂きます。

 アトリはぐるぐると狂信した目と共に、大鎌でヨヨの首を跳ね飛ばしました。無防備になった肉体に【奉納・戦打の舞】を叩き込みます。


 バラバラになる、ヨヨ。


「っ! 余の速度に【ダーク・リージョン】を合わせたのであるか!?」

「神様は神」


 容易いことです。

 私は【神威顕現】でヨヨを完璧に観察しました。先程のような意味の解らない動きをしない、戦闘の流れであれば――私はヨヨをいくらでも描写できます。


 ヨヨの首が【再生】した直後、アトリが手を握り締めます。


「爆破」


 もちろん、アーツ【光爆刃】は効果中ですとも。

 頭部を吹き飛ばされれば、ヨヨでも一瞬だけ動きが停止します。そこにアトリはすかさず大鎌を無数に叩き込んでいきます。


「何度でも……死ね」


 爆破。

 内臓や血管をぶちまけながら、しかしヨヨは即座に【再生】しました。


「【霧化】」


 爆撃の連打を無敵化でいなし、ヨヨがアトリの背後を取りました。掬い上げるような大剣での二連撃。

 風圧で竜巻が巻き起こります。


「【二連】【砲斬】!」

「【月天喰】」


 振り向きざまの一閃。

 迎撃しようにも向こうの火力のほうが遙か格上でした。少しだけ勢いは殺しましたが、アトリの腕が容赦なく砕けます。

 アトリの鎌系統のスキルレベルは尋常ではありません。

 そのテクニックを使い、破壊力を逃がしたようです。後方に跳びました。


 そこにミリムが叫びます。


「【決戦顕現】! 死ねや【ダーク・バレット】!」


 夥しい数の闇の弾丸が掃射されます。

 どれも威力は大したことがありません。が、命中すれば動きが僅かに止まります。それは困るのでアトリは大鎌で次々に弾丸を叩き落としていきます。


「【ダーク・スパイク】!」


 アトリの真後ろに闇の棘杭が生えました。

 背が杭にぶつかり、一瞬、動きを阻害されてしまいます。


「はっ! ヨヨ、仕留めろ!」

「褒めてつかわす」


 ヨヨにとって一瞬は十分じゅうぶん

 一息で距離を詰めてきたところ、見事、私が【シャドウ・ベール】で隠していた【ダーク・ボール】にぶつかりました。


「む」


 動きを止めたのはヨヨです。


 アトリの斬撃がヨヨを跳ね飛ばします。ヨヨの反応速度も大したもの。腕を犠牲にしながら、左の大剣でアトリの肉体を捌きます。

 硬直状態に焦れたミリムが喚きました。


「早く殺せ! てか、なんで麻痺が入らないんだよ!」


 麻痺が入らないのは当然です。

 この世界の戦いに於いて麻痺は死です。ゆえに、私は対策をしてきました。今回、アトリが戦場に降り立つ際、わざわざ【クリエイト・ダーク】で階段を用意し、ゆっくり歩かせた理由です。


 あれは芸術家として、アトリを美しく演出したかった欲が9割。

 残りの1割はゲーマーとして「勝つため」です。わざわざ【魂痛】を我慢しましたからね。あの時、私はアトリの背に隠れ、彼女に【プレゼント・パラライズ】を放ち続けていました。


 麻痺の仕様として、最初は長い時間を拘束されます。

 以降、麻痺率は減少していき、さらには拘束時間が減少していくのです。最後には効かなくなります。

 あの時、アトリは何度も麻痺を喰らっていたわけですね。


 ゆえに、今日のアトリに麻痺は効きません。


 無効ではなく。

 一時的に耐性を作ったわけですね。


 ただミリムの脅威は想像以上でした。

 私が念のために麻痺対策をしていなければ、ミリムが現れた時点で詰みでしたね。また、いくら【決戦顕現】を使っているとはいえ、【ヴァナルガンド】を使っているアトリとヨヨに介入できているのは……規格外です。


 言動がアレなだけでミリムは上位の精霊でしょう。

 色々なNPCと契約したことにより、対応力がかなり鍛えられた様子。

 いま【魂痛】で弱っている私よりも、よっぽどミリムのほうが上手い。これはそろそろ決めてしまわねばアトリの命に届きかねません。


「どうですか、アトリ。……【ヴァナルガンド】の感覚は掴めましたか?」

「はい……です、神様。邪神器……すごい、です。神様のお力」

「固有スキルの上位互換くらいの設定はありそうですからね。これらを使って互角以上のヨヨが化け物すぎますが……」


【ヴァナルガンド】反動がありそうで恐ろしいですね。


 ともかく。

 ようやくアトリは邪神器の試し切り、、、、を終えたようです。尋常ならざるステータスを完全に掌握し、今やヨヨに匹敵する戦闘が可能となっております。

 大鎌術のトータルレベルで、技術に関しては勝っています。

 あとはもう先に大技を決めるだけ。


 ヨヨもそれを狙っているのでしょうが、それを挫く一手はすでに打たれています。


「ゼラク、感謝しますよ……貴方の一撃は強者ヨヨを殺しうるのです」

「……!」


 最終フェーズです。

 すう、とアトリがゆっくり息を吸いました。


       ▽

 ここまでの戦いはまったくの互角でした。


 ややアトリが不利くらいでしょう。アトリの能力の時間制限も解りませんし、吸血鬼兵たちに囲まれつつあります。

 正直、朝まで持たすことはできません。


 この戦闘でアトリが受けた痛みは、もはや拷問官がどん引きするレベルでしょう。


 不毛なる痛みの与え合い。

 部位の飛ばし合い。

 アトリもヨヨも互いの不死身っぷりを痛感した様子。

 ゆえに、ここからは削り合いではありません。どちらが先に「大技」をぶち込むかの勝負となっております。


 この領域の戦闘で大技を放つのは難しいですが……できねば負けるだけのこと。


 ヨヨは自分で言っていました。


『――ふむ。あるのであるか、首を落とされても死なぬ手段が。ならば肉体を跡形もなく消そう。吸血鬼でもそうすれば死ぬのである』


 つまり。


「貴方も死ぬんですよね、ヨヨ」


 アトリが飛び出します。

 その時、ふとアトリから何かを感じました。その強烈な感覚は……感情でした。今、私には不思議とアトリの感情が手に取るように伝わってきます。


 いつも無表情の下に隠している――激情。


 つられるように私も熱さを感じてしまいます。この異常なシンクロは何かスキルの影響だとみるべきでしょう。

 固有スキル【勇者】の力かもしれません。


 魂から零れるくらいの感情の爆発。


 悔しいのでしょう。

 悲しいのでしょう。

 辛いのでしょう。


 だから……勝ちたい。

 全部を守りたい。


 アトリが叫びます。


「う、おおおおおおおおおお!」


 いつもの棒読みではない、魂からの咆哮でした。解き放たれた魔狼は縦横無尽に戦場を駆け回ります。

 紅い瞳が真祖吸血鬼の首を狙います。


 速度がヨヨを上回ります。


 ヨヨが首の半分を寸断されながら、後に大きく飛びました。追いかけるアトリを牽制するように魔法が放たれます。


血コウモリの軍歌ブラッディ・パレード


 ヨヨが生み出した無数のコウモリ。

 その一頭一頭が血と炎で強化され、弾丸のように射出されました。そのコウモリひとつひとつがアトリの肉体を砕くには十分な火力を有します。


「【コクマーの一翼】使用!」


 放ったのは【コクマーの一翼】を込めた魔法での破壊でした。一日に一度だけ、アトリは魔法攻撃の威力を上昇させる翼スキルを持っているのです。

 放った【シャイニング・スラッシュ】がコウモリどもを一掃しました。


 ですが、そこから抜けてきたのは【霧化】して接近してきたヨヨでした。


 一掃の光から男児の姿が飛び出します。無論、その両腕には紅く灯る大剣。


「見えてる!」


 アトリが避けようと地を蹴ろうとする寸前、ヨヨが二本の大剣を投擲しました。ミサイルのような威力がアトリに直撃。

 華奢なアトリがぶっ飛びます。


 無論、心臓や頭部は死守しました。

 これくらいのダメージならすぐにでも【再生】できる。ですが、


「っ!」


 アトリは立ち上がろうとして、よろけて地面に崩れ落ちました。再生したアトリの足を見てみれば、そこには黒の杭が突き刺さっています。

 どうやら足の関節部に、ミリムが闇杭を設置していたようです。


 私たちは知りませんでしたが、どうやら【再生】する時に異物があると飲み込んで治るようです。そして、関節部に杭があれば、どれだけステータスがあろうとも人体構造的に動けません。

 サッと死の予感が全身を満たします。

 アトリと共有されている感覚が死を理解しています。


「やはりミリムは能力だけは優秀であるな――終りである」


 それはヨヨの決め技。

 投げたはずの大剣は、すでにヨヨの手の中。

 十字型に重ねられた大剣が血を滝のように滴らせます。男児の血色の瞳が――強欲に濡れました。

 ヨヨが詠唱を始めます。


「奪い尽くせ【破滅の鬼牙】よ!」

狂い開け、、、、【死に至る闇】!」


 地面に片足を突いた姿勢のまま、アトリも負けじと唱えます。このような体勢で放っても、攻撃は僅かに届きません。

 否。

 どころかヨヨの攻撃より一歩――遅い。一瞬、間に合いません。それでもアトリは真剣な眼差しで【魂喰らい】の闇を大鎌に注ぎ込んでいきます。


 先に叫んだのは――ヨヨ。


「我が王道にひれ伏せ! ――【血戦の一振りブラッド・エッジ・エンド】!」

「万死を崇めよ!」


 一瞬――早く。

 アトリに届こうとする刃。

 跡形もなく存在を消し去るような――暴威を前に。


 邪神わたしは笑いました。


 この瞬間を待っていたのですから。


 ただ私は【アイテムボックス】よりその石を取り出し、全力でMPをぶち込みます。

 その時。



 ビイイイイイイイイイイイイ!



 ヨヨの首元から突如として、凄まじい爆音が戦場全体に響き渡りました。空間が振動するような音の爆弾に、真祖吸血鬼が生物の本能として反応します。


「な、あ!?」


 ヨヨの耳から血が飛沫き、一瞬――13ミリ秒刹那に満たない隙ができました。



 そして!

 刹那もあれば――アトリは殺せる、、、、、、、

 叩き込むのは。


「――【邪神の一振りレーヴァテイン】」


 北欧神話に登場する邪神ロキが作ったという――伝説の武器・レーヴァテイン。

 邪神器を用いて放つに相応しい、破滅を告げる一撃でした。白と黒。悉くを灰燼に帰す混沌が解き放たれました。


 戦場に風穴が開きます。


 アトリが斬撃した方向から「すべて」が殺し尽くされます。失われた空気を取り戻そうと、突風が吹きすさびました。

 白いアトリの髪が風で激しく乱れます。血まみれの軍服は、まさしく死神の羽衣のよう。恐ろしいほどに美しく、幼女は戦場に佇みました。

 ヨヨの姿はありません。

 ですが、ミリムには【致命回避】があります。


「天晴れである。褒美に余の首を獲るが良い」


 死に呑まれたはずのヨヨが虚空より姿を現します。その満身創痍のヨヨの首には、【死に至る闇】の刃が添えられていました。

 狂信に回る目が、紅く紅く光ります。


ゼラクは言っていた、、、、、、、、、


 もはや【再生】の時間さえ許さず。

 死神幼女が本領を発揮しました。


「勝つのは――アトリ隊長ボク


 グルリと回り、その勢いで斬首しました。

 アトリの背後ではヨヨだった灰がふわりと空に舞い上がります。シン、と戦場が沈黙に満たされます。

 その沈黙を破るのは、いつもの声でした。


【ネロがレベルアップしました】

【ネロの闇魔法がレベルアップしました】

【ネロのクリエイト・ダークがレベルアップしました】

【ネロのダーク・オーラがレベルアップしました】

【ネロの再生がレベルアップしました】

【ネロのアイテムボックスがレベルアップしました】

【ネロの敏捷強化がレベルアップしました】

【ネロの罠術がレベルアップしました】

【アトリがレベルアップしました】

【アトリの鎌術がレベルアップしました】

【アトリの月光鎌術がレベルアップしました】

【アトリの造園スキルがレベルアップしました】

【アトリの光魔法がレベルアップしました】

【アトリの閃光魔法がレベルアップしました】

【アトリの孤独耐性がレベルアップしました】

【アトリの神楽がレベルアップしました】

【アトリの口寄せがレベルアップしました】

【アトリの詠唱延長がレベルアップしました】

【アトリの天使の因子がレベルアップしました】

しました】

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