第126話 ヴァナルガンド
▽第百二十六話 ヴァナルガンド
アトリの一撃を受け止めたヨヨが、その血色の瞳を見開きます。嬉しそうな余裕の笑みの影に、一筋の汗が伝っています。
「これほど、であるか! ふはは」
暴風同士の激突を彷彿とさせました。
強者ふたりの戦闘の余波で戦場は崩壊していきます。すでに吸血鬼も人類種も関係なく、アトリとヨヨから逃げ出しているようでした。
何処かの兵士が絶叫します。
「こんなの……人類種の戦いじゃねえだろうがあ!」
実際、そうでしょう。
もはや、これは戦いの次元を超越しつつあります。
これはもう個人と個人による――戦争でした。
「ふはははははははははははは! 素晴らしい! 素晴らしいのである! 此度の戦を乗り越えた余は、どこまで辿り着いてしまうのであるか!?」
「おおおおおおおおおおおおお!」
目にも止まらぬ斬撃合戦。
紅と紅の瞳の光だけが、夜闇で残像として残されます。
アトリが圧倒的となったステータスを使い、全方位からヨヨを攻撃していきます。しかし、ヨヨはギリギリのところで大剣で弾く。
花火のような火花が連続します。
アトリが踏み込むだけで爆撃のような音が炸裂した。
この領域に至れば、もはや雑にアーツを繰り出すことはできません。小さな隙が致死の呼び水となるのです。
ほとんど戦闘力は――拮抗。
それを崩すのは私とミリム、どちらかでしょう。
ミリムが闇魔法で無数の杭を生やします。それは絶妙な位置でアトリの動きを妨害しようとしますが……アトリは構わずに蹴り砕きました。
「【クリエイト・ダーク】」
アトリがヨヨの背後から飛び掛かり、回転するように斬撃を放ちます。防がれましたが左へ跳躍、私が産みだした【クリエイト・ダーク】を踏み台にして、あり得ない軌道でヨヨの後ろを取ります。
ヨヨの腕が宙を舞います。
しかし、瞬きの間だに【再生】してしまいます。
お返しとでも言うようにヨヨの斬撃が二連続。
それらを紙一重で躱しましたが、軽く左腕が両断されます。血飛沫。
「アトリ、どうやら【禁治刃】も無効化されています。刃を切り替えましょう」
「はい……神様!」
アトリが刃に込めるのは【奪命刃】と【
スキル【月光鎌術】で得た攻撃用のアーツです。効果は「斬り裂いた箇所を爆発させる」という力になっています。
同時に攻撃。
斬り裂きます。アトリも刻まれますが、
「弾けろ」
アトリが呟けば、ヨヨの肉体が小さく爆ぜました。
もちろん、ヨヨは【吸血鬼の因子】とミリムの持つ【再生】で二重に回復しています。正直、まったくダメージは与えられません。
ただし、アーツ【光爆刃】の厄介さは……吹き飛ぶこと。
肉体を吹き飛ばされたヨヨが僅かに動きを止めた瞬間、アトリはヨヨの首を斬り飛ばしました。
飛んでいく首。
しかし、即座にミリムが首を魔法で破壊します。再生地点を変更しないためでしょう。
ヨヨの肉体は構わずに攻撃。
アトリの右半身が消滅しましたが、こちらも負けじと【再生】しました。
首が戻ってきたヨヨと右半身を取り戻したアトリは、その場で十を超える攻撃を打ち合います。
互いに腕や足、腹を吹き飛ばしながらの殺し合いでした。
両者、互角。
タイミングよく二人が強力な一撃を放ちました。武器と武器とが鍔迫り合います。その途方もないエネルギーが爆発の形を取りました。
小規模の爆破。
どちらも後方に激しく吹き飛びながら、魔法をぶっ放します。
「【シャイニング・スラッシュ】!」
「【バースト・アロー】!」
光と炎が互いを喰らい合い、アトリの火力が勝利しました。
光に焼かれるヨヨは、しかし、笑いながら何かをしました。それだけでアトリの肉体が燃え始めます。
私が消火ポーションを取り出せば、そこをミリムの【闇魔法】で撃ち抜かれます。
キツいですね。
私が万全に支援できません。
まだ【神威顕現】による【魂痛】は続いております。魂が焼けるような痛みに、今すぐにでも意識を飛ばしたくなります。
得意なはずの【クリエイト・ダーク】を出すのも一苦労です。
ですが。
脳裏を過ぎるのは、ムカつく男の満面の笑み。
『――そういう成長に触れた時、心の底から思えるんだ。生きてて良かったってな。生まれてきてくれてありがとうって!』
子どものように目を輝かせて。馬鹿みたいに!
『そいつのためなら何でもできるような気になるんだ』
私は苦笑しました。
馬鹿みたいな痛みの海の中、ゆっくりと牙を剥き出します。不敵を意識する、笑み。
「そんなんじゃないですよ、月宮!」私は叫びました。
「私はただゲーマーとして――負けるの、嫌いなんです!!」
意識を集中。
我が絶対の才の前に……痛みなんてくだらない。
「【クリエイト・ダーク】」
闇で生み出した目隠し。
それにてミリムの妨害を防ぎつつ、私は改めて消火ポーションをぶちまけます。すぐに再生したアトリは頷き、同時に【死に至る闇】を握り締めました。
「使う……です」
邪神器【死に至る闇】にはいくつかスキルがあります。
そのうちのひとつ【ヴァナルガンド】はバフ系のスキルのようでした。時間がなかったので詳細は不明です。
しかし、現状ではアトリは……負けるでしょう。
まず、私の意識がいつまで持つか、という時間制限。
さらにはシンプルにアトリとヨヨのスペック差があります。アトリはまだ首や心臓を破壊されたら負けなのです。
対するヨヨは首も心臓も問題なし。
この拮抗ではいずれアトリの敗北は必至。
ならば、詳細不明の能力でも使わねばならないでしょう。
私の【クリエイト・ダーク】が破壊された先、ヨヨは大きく息を吸って体勢を整えているところでした。
目には壮絶な闘志。喜悦。禍々しい強者の笑み。
「通常戦闘は互角であるか。まったく、イカれた性能であるな? チャリティーの性質上、ステータスが爆増しているのであろう? その技のキレは余を遙かに上回っている」
「……本気を使う」
「うむである。ここからは全力戦闘と行こう。消費が多いので使いたくはなかったが……そうも言っておられぬ」
ヨヨが二本の大剣を砕き割りました。
明らかに貴重で強そうな大剣でしたが……その破片に己が血液を振りかけます。
「【ブラッディ・アームズ】……これで余の全力でも壊れぬ武器ができた。武器を失うので悲しくなるのである」
失われた大剣そっくりの武器が出現しました。
血液で作られたという武器は、小さなヨヨの肉体には不釣り合いなはずなのによく似合っております。
ゾッとするほどの気配に、不敵な微笑が貼り付きます。
「さらに【魂喰らい】で身体強化を極限まで持っていくのである」
ヨヨの肉体から膨大な死が溢れ出します。
赤いヨヨの瞳から、ダラダラと血が流れ出します。
幻視されるのは、ヨヨが今まで踏みにじってきた数多の魂。亡霊。亡者。それらに絡みつかれながらも、ヨヨは嬉しそうに嗤っていました。
本物の【魂喰らい】は格が違います。
おそらく、今後のヨヨの攻撃は――一打毎が【
そういう威圧を感じます。
アトリも応じるように新スキルを発動しました。
【ヴァナルガンド】
ヴァナルガンド。
北欧神話にて出現した……魔狼フェンリルの別名です。北欧神話に登場する邪神ロキの子にして――主神殺しの狼。
神さえ恐れた、封印されし
発動後のアトリの変化は劇的でした。
伝承では炎を扱う魔物でしたが、今のアトリは全身に高温の光を帯びています。炎と光は性質は異なりますが、極限まで言えば光も熱も密接な関係を持ちます。
その炎は光でした。
それだけで大地が溶解していきます。
ただ。
もっとも変化したのは姿でした。
ぴょこん、とアトリの真白の頭部の上に、小さな狼の耳が生えています。
その凄まじい変化を目にした私は、唖然と呟きました。
「かわいいですね」
あとで絵を描かねば。
魔狼の鎖が解き放たれました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます