第124話 【個人アナウンスを開始します】
▽第百二十四話 【個人アナウンスを開始します】
ボクが【顕現】した神様を拝見するのは――初めてのことだった。
全身の細胞が震える。
「――かっ、ひゅ」
息ができない。
神様のお姿はボクの想像を遙かに超えていた。当たり前ではあるが人智を越えた美貌である。いつものお姿もお美しいのに、本来のお姿は――限度を超えている。
人類種が知覚して良い上限を超えている。
お顔をチラリと見ただけで頭がおかしくなりそうだった。
しょせんハイ・ヒューマンでしかないボクは、圧倒的な神気を前に呼吸さえ許されない。戦場へ向かう際、ポンと頭に置かれた手の感触が消えない。
神様は行ってしまった。
正直な話、恐ろしいお話、ボクは神様を甘く見ていたのかもしれない。
神様の本気があそこまで……すごいなんて。
神のお力を前にボクは死ぬかもしれない。
全身が熱い。心臓が破裂しそうなほどにドキドキしている。立っていられない。床にぺたんと座りながら、ボクは唖然としてしまっていた。
少しお力を目撃しただけで、危うく殺され掛けている。
やはり神様は存在としての次元や格が違いすぎる。ウットリを止められない、暴力的で神々しい――魅力だった。
しかし、あまり神の余韻に浸っているわけにもいかない。
なぜならば、ボクには神託がくだされたから。
「……ヨヨに勝たないと」
どうにか息を吸う。
ふらり、と立ち上がる。息を整えながらも、ボクはヨヨに勝つ方法を必死に考える。高速で巡る思考。そのすべてで敗北した時。
「アトリ……ど、の。ヨヨ、は……」
ボクよりもおぼつかない足取りで廊下より現れたのは――死ぬ寸前のジャックジャック先生だった。
▽
その老兵は憔悴していた。
見た目にダメージは見受けられない。いや、装備がボロボロになっていて、纏っている衣服がところどころ破けているくらいだろう。
傷はひとつも見られない。
おそらく回復はしてあるのだろう。先生の契約精霊である羅刹○は【光魔法】の治療ができるからだ。
でも、不思議とジャックジャック先生は死ぬように見えた。
今、立って歩いている時点でおかしいのだ。
邪神の使徒たるボクには死の香りが解る。
もはや彼は戦士ではなく、ただの老人になってしまっている。手にしたレイピアも歩行補助用の杖にしか見えない。
ジャックジャック先生はもう死ぬのだろう。
今にも事切れてしまいそうだった。回復魔法やポーションも試してみるが効果がない。そもそも魂のレベルで彼の器が壊れているからだ。
たぶん、
「……儂は」
倒れそうになる先生を抱き留める。
ゆっくりと床に寝かせた。驚くほどに肌が冷たい。ボクは……気づけば涙を流していた。この人は最初にボクの命を狙ってきた人だ。
でも、この人とは何度も一緒に戦った。
この人には色々な技術を教わった。ボクの血と肉の中には、もはやこの人の存在は欠かせないのだと……いま知った。
その大切は……欠けてしまう。
勝手にボクの心を埋める一欠片になって、勝手にボクから奪っていくのだ。欠けた心はきっと【再生】でも治ってくれないのに……
「先生……!」
「アトリ殿……儂は成し、遂げた。あ、アシュリーお嬢様を……救った。どうか、眠っている、あのお方を」
「!」
「28の呪いと術……4つの魔道具……7つの制約と2つの祝福を解いた」
あり得ない。
あの廊下で出会ったアシュリーは化け物だった。言動だけではない。その実力もまた異常なまでに高かった。
敵が理性をなくしていたので、ジャックジャック先生ならば殺せるとは思った。
でも、戦闘中に彼女の支配を解除できるほど、ジャックジャック先生は強くなかったはずだ。このエルフは殺しに特化しているのだから。如何に奥の手があろうとも……そんなことはできない。命を懸けた程度で埋まる差ではなかったからだ。
満ち足りた老爺の表情を窺えば、彼の言葉が偽りではないと解る。
先生は……奇跡を起こしたのだ。
どうしてそんなことができた?
どうやって奇跡を――捕まえたのだろう。
「アトリ殿」
震える手が伸ばされた。
ボクの無防備な頬に皺だらけの手が重ねられる。冷たいのに温かな手が。
「貴女のお陰ですじゃ。あの時、貴女と過ごした時、儂は……奇跡を起こさねばと思った。お嬢様を殺すのではなく、救う……諦めていた選択肢を選ばせてくれた」
「もう喋らなくて良い。回復するかもしれない」
「……ヨヨを。殺さねば。アトリ殿では……まだ……」
息も絶え絶えの先生。
ボクは先生を強く抱き締め、流れ出す涙を腕で拭って言う。
「大丈夫」
先生は奇跡を起こした。
救えないはずの少女を、恩人を、主を、恋人を――悪夢から腕を伸ばして掴み上げた。誰にもできないようなことを、この老人は――成し遂げた。
さすがは先生だ。
このボクが。邪神の使徒たるアトリが――神様以外に唯一の尊敬を払った相手である。
奇跡を起こせた理由は解った。
それは意志の力。運命さえもを寄せ付けない、圧倒的な――愛情の力だ。
ボクはずっと願っていた。
誰かに愛されたいわけじゃなかった。
ボクは誰かをずっと愛したかった。たぶん、ボクは本能的に理解していたのだ。誰かを愛する心というのは、きっと強い生きる力となることを。
途方もない願いは、心は、魂は――奇跡だって手繰り寄せられるから。
だから解った。
ボクは最期に偉大なる師匠から「愛の強さ」を教えてもらったのだ。
先生の身体を床に横たえる。まだ息はあるけれども、たぶん……もう長くはないのだろう。最期の瞬間を一人にしてしまうのは申し訳ない。
耐えがたいほどに苦しい。
でも、ボクは邪神の使徒で、暗殺者の弟子だから。
戦いに行く。
ボクの笑顔は下手だけど、下手な笑顔を精一杯、先生に向けた。
「ヨヨはボクに任せると良い。……勝つからね」
目を丸くした先生は、しかし、仕方なさそうに脱力した。こくり、と頷いてくれた。
「ありがとう先生」
▽
ボクは壮絶な戦場を見学していた。
神様とヨヨが屋外で戦闘している。戦争のど真ん中だというのに、そこだけ戦の規模が段違いだった。
雑兵たちは誰も近づくこともできず、戦うことも忘れて数秒の戦闘を見守っていた。
この場にいる数多の戦士たちが、神様とヨヨの存在に気圧されていたのだ。戦闘は当然ながら神様が圧倒的に優勢だった。
否、あれは優勢とかそんな次元ではない。
一方的な蹂躙であった。
ただし、神様はこちらの世界では「破壊」を不得手とされている。ヨヨは何度も殺しても死なないタイプの敵だ。
死に特化した神様では、時間を稼ぐのが精一杯なのだろう。
ボクは戦う神様の姿に見惚れていた。
何も考えられなくなりそうになる。でも、ボクは戦士だから己が腕に歯を立て、どうにか理性を保つことに成功していた。
やがて【顕現】を終え、いつもの姿に戻った神様がやって来る。
「どうでしたか、アトリ? 勝つ方法は見つかりましたか?」
「……まだ、です」
「まあ、普通はそうです。まだギリギリ間に合います。貴女に判断を委ねましょう。戦うのか逃げるのか」
そう問うてくれる神様の声音は……いつもよりも硬い。
全知全能の神様でもあのお姿を取り戻すためには、相当な負担を抱えてしまうのだろう。おそらく、今の神様は弱っている。苦しんでいる。
神様は優しいから、ボクに弱った姿を見せないようにしてくれているのだ。
ボクは邪神の一番の使徒だから気づいただけである。
……ボクは自分が情けなくなって、かなしくなった。
神様。
ボクは神様のお役に立ちたかった。だというのに、神様に負担を掛けてばかりだ。守ってもらってばかりだ。救ってもらってばかりだ。神様にこんな苦しい思いをさせてしまっている。
このままは嫌だ。
だから、自然と決断できた。
「ボクは決めた……です」
大鎌を強く握り締め、それを天へと掲げる。
「ボクはもう何も奪わせない。まだボクは弱くて、奪われてばかりだけど……いつか、いずれ、万物はボクから何も奪えなくする」
そのためにボクは強くなる。
ボクは神様のことが大好きだ。
もちろん先生のことも、ゼラクのことも、ガノのことも、シスター・リディスのことも、ミャーも、ペニーのことも、一緒に戦った色々な人のことが好きなのだ。
だから、ボクは強くなる。
誰にも奪わせないため。
宣言する。
「ボクはヨヨに勝つ。魔王にも……神様にだって勝てるようになる! そうすれば、ボクはもう何も奪われない……全部を守れるっ!」
ボクは神様が大好きだ。
でも、大好きな神様をボクは――守りたい。神様の代わりに戦えるくらい、神様の敵のことごとくを葬れるくらい――強くならなくてはならない。
だから!!
「ボクはっ! 勝つ!!!!」
決断したボクは世界に命令するよう、吠えるように叫んだ。こんなに叫んだのは生まれて初めてかもしれない。
産声の時だってボクはこんなに大きな声を出していない。
やがて。
最強を求めるボクに呼応するように。
その声は、魂に響いてきた。ボクに眠る、未知の力が。
かつて、大人たちが囁いているのを。
断片的に耳にした。勇者の力の正体は。
【
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