第117話 第七遊撃部隊VSヨヨ・ロー・ユグドラ

▽第百十七話 第七遊撃部隊VSヨヨ・ロー・ユグドラ

「暇だなー! アトリ隊長の大活躍、俺も特等席で見たかったぜ!」

「はいはい。それでゼラクくんがアッサリ流れ弾で戦死するんですよねー。解ります」

「死ねえよ! 俺だって大活躍だよ! 第七遊撃部隊のゼラクさまの名を世に知らしめんだよ!」

「そのレベルでですか……? ああ、我が美の神よ! この愚かな少年をお許しください!」


 いつものようにゼラクが喚き、シスター・リディスが毒舌を交えた投げやりの肯定をする。まだ結成して日は浅いものの、この部隊特有の空気感が生まれて来つつあった。

 ガノは焚き火に薪をくべた。

 嗄れた喉からは乾いた声が出る。


「静かにしなさい。我々は戦闘行動の最中なのですからね。徐々に夜も深まっています。そろそろ明かりの範囲も広げましょうか」

「あ、あたしがやりましょうか? 森の中での狩りは慣れてるんで」

「ふむ、では頼みましょうかな、ミャー殿」

「呼び捨てで良いですよ、ガノさん」


 ランプを持って走って行くミャーを見送りながら、ガノは隣で肉を食うゼラクを見やった。近くでは激しい殺し合いが行われている。

 そのような中で平然と食事を摂る。

 これは新兵では中々にできることではない。良い意味でも悪い意味でも、英雄の器たるアトリに毒されてきているのだろう。


「ゼラク殿、あまり食べ過ぎないように。アトリ殿が撤退してきたらすぐに動かねばなりませんからね」

「その話なんですけど、アトリ隊長が逃げますかね? 使わないルートを守るのは新兵のメンタルにはキツいっす」

「私の読み通りでしたらこのルートを使うでしょう。まず、この戦は十中八九負け……いえ、アレックス王子ならば引き分けにするでしょうかな」

「負け!? 引き分け!? 絶対に勝てる戦じゃなかったのかよ!」


 それは昼間に戦った場合ですな、とガノは横倒しになっている丸太に腰掛けた。その隣に座るゼラクは、思い出したとばかりに手を打った。


「そんなに違うんだな」

「直前まで防御結界の魔道具を隠しきったヨヨ陣営が一枚上手でしたな」

「あの壁、大規模魔法でもビクともしなかったもんなー。さすがのアトリ隊長も軍が負けたら逃げるしかないか」

「ですな。ゆえにアトリ殿は撤退する必要に迫られる。ですが、軍行動のできないアトリ殿では軍隊と一緒に撤退するのは足を引っ張られかねません。彼女だけの撤退ルートが必要なのはそういうことです」


 ゼラクの眼帯に隠されていないほうの瞳が輝いた。


「よし! だったらここは絶対に守る! アトリ隊長の命を預かってんだ。やる気出てきた、うおおおお!」

「ほどほどにお願いしますよ」とガノは苦笑を零した。


 ここは戦場から少し離れた山の中だ。

 吸血鬼の軍から逃走する際、山の中に逃げ込むのは悪手である。身体能力で劣り、夜目で劣り、機動力で劣る人類種は山に逃げ込んでも不利なだけだ。


 それは敵も承知しているはず。


 だからこそ、アトリ専用の逃走ルートは山の中を選択したのである。

 戦場の騒々しさとは裏腹に、森の中は森閑としていた。虫や獣でさえも間近の戦乱に戦いて声を殺している。


 ゼラクもスッカリ気が抜けて欠伸を零す。

 つ、と涙が一筋流れていた。ガノはその様子を咎めようとして――ゼラクの肉体を強く突き飛ばす。

 

 丸太から落下し、ゼラクが尻餅を着いた。


「痛っ! 何すんだよ、じいさ――」

「――敵襲です」


 尻餅を着いたまま、ゼラクは目撃してしまった。自身を押し倒したガノ……その腕がなくなって、代わりに血飛沫を撒き散らしている光景を、だ。

 ガノは腕の痛みを感じさせずに立ち上がる。

 残った左腕には長杖が握り締められていた。


「ゼラク殿、老体の私と新兵の貴方では逃げ切れません。ここで死ぬ覚悟を。せめて他の二人を逃がすために時間を稼ぎますよ」

「な、え、あ……」

「ヨヨが来ました」


 ガノが睨み付けるのは樹上であった。

 細い枝の上、10代前半くらいの美しい少年が立っている。太い幹に手をかけて、静かに吸血鬼――真祖吸血鬼のヨヨ・ロー・ユグドラが第七遊撃部隊を見下ろしていた。

 愉快そうに、クツクツとヨヨが嗤う。


「見事である、軍師ガノよ。余の奇襲を腕一本の損害で抑える……褒めるしかないではないか」

「ヨヨ! 何故、貴殿が直々にこのような場所に現れるのです!」

「うむである。応えてやろう。褒美である」


 ヨヨが樹上から飛び降りた。

 染めた黄金の頭髪が風で揺らめき、着地と同時に跳ね上がる。髪の下には緋色の瞳。

 小さな子どもである。如何にも貴族や王族であることを誇示するような豪奢な上着。それに対して、下半身を覆うのは動きやすそうなショートパンツだ。


 細い少年の太ももがよく見える。

 ガノの隣でゼラクが絶句していた。


「俺よりもガキ……だと?」

「否である、新兵の少年よ。余は二百を越えているのである。されど、たしかに肉体年齢は貴殿よりも幼かろう。貴殿が望むのならば愛らしく『お兄ちゃん』とでも呼んでやろうか?」


 この世界には体躯補正が存在している。

 肉体が小さければ小さいほど、素早さが高く反映されやすいのだ。つまり、人類種は小さいほうが強くなりやすい。


 さすがに大きい人類種でも、龍やその他の化け物よりも小さい。どんなに大きくても上限には遙かに届かないのだ。ならば小さいほうが最高率に近い。

 また、【再生】スキルの効果についても、小柄なほうが有利となる。

 再生する部位が小さいほうがMP消費が少ないからだ。ゆえに、真祖吸血鬼のヨヨは己が肉体を全盛期で留めたのである。


 ご機嫌そうにヨヨが首を振る。肩口に触れる長さの頭髪が、左右に揺れた。


「幼い肉体は良いモノである。唯一、リーチの乏しさと精通していないことくらいが懸念であるか? が、リーチの短さは武器で補えるし、女を欲するようになれば処女の生き血を啜れぬ。む……この肉体は完璧すぎるのであるな?」


 ふざけた奴、とゼラクは口の中だけで呟いた。

 すでにシスター・リディスとミャーは撤退しようとしている。が、ヨヨに見られているために動けないでいた。


 ごくり、と新兵は生唾を飲んだ。


「ここに来た目的はなんなんだよ、おーさま」

「本来ならば語らぬ。が、貴殿らは余の戦士としての奇襲を防いだ。ならば、今の余は戦士に褒美を取らせる王でなくばならぬのであるな。であるからして、貴殿の問いにも応えよう」


 ヨヨはまるで数字を覚えたての子どものように、嬉しそうに指を立てる。


「貴殿らはアトリ殿の配下であろう? ゆえに殺す」

「は? 俺たちを殺したところでアトリ隊長は何も困らねえだろうが」

「否である。アトリ殿は確実に英雄の資質を持っているのであるな。理不尽を覆し、余にさえも届きかねぬ刃。恐ろしく、美しい……力。余にとってのアトリ殿とは、一軍の脅威に勝るのであるな。ゆえに余は英雄としてのアトリ殿を壊すために来たのである」


 ヨヨは言う。


「あの齢で配下の全滅を体験すれば、その心に傷が走る。一筋の傷で良いのである。戦士の心に絶望を、悲しみを、後悔を……何かを混ぜるだけでアトリ殿は脅威ではなくなるのであるな」

「そんな意味の解んねえことのために、王様が戦場を放置して来てんのかよ!」

「おそらくテスタメントは死んだであろうな。奴のことを思えば涙が止まらぬ」


 そう呟き、ヨヨは一筋の涙を袖で拭った。

 が、次の瞬間にはまたもや余裕の笑みを湛えていた。


「しかし、余が勝つための最善手はここで貴様らを殺害することなのである。貴殿らにはすまぬが寛大な心で以て許すが良い」

「……イカレ吸血鬼め」

「ふふん、余から見れば貴殿らのほうがイカれているのである。何故、魔王災害を前にして何もせぬ? 穏やかな日常を送っていられる? 魔王グーギャスディスメドターヴァを殺害するために……何故に全力を出さぬ? 何でもせぬ? 死力を尽くさぬ? 最善を行わぬ?」

「完全に理解したぜ、ヨヨ」


 呟いたのは、この中でもっとも弱い少年であった。彼は何の効果も持たぬ、安売りの剣を構えた。足がガクガクと震えている。剣先が無様に揺れている。

 それでも視線だけは鋭く、ヨヨを捕らえていた。――戦士の目だ。

 ヨヨは己に向けられた切っ先に目を細め、口元を緩めた。


「なんであるか? 余に刃を向ける無意味さを知らぬのであるか?」

「死ぬんだろ、俺。だったら抗わせてもらうだけだ。アトリ隊長の部下に臆病もんはいねえ。どんな強敵だろうと止まらない、それがアトリ隊長だ。その配下――ゼラク様だあ!」


 絶叫してゼラクが走り出す。

 と同時、ミャーとシスター・リディスが森の奥へ走り出す。ガノが魔法を放つ。ヨヨはあえて避けることも追うこともしなかった。


 ゼラクの剣がヨヨの指に摘ままれていた。

 ガタガタと力が込められて軋む、渾身の剣。


 交差するのは隻眼と血色の瞳。

 苦しそうな新兵に対し、余裕の笑みを真祖吸血鬼は浮かべていた。鍔迫り合いとは言えない、慈悲によってもたらされた擬似的な拮抗。

 ゼラクは諦め悪く、ヨヨの腹部を蹴り付けるもダメージはない。


 ヨヨは嬉しそうな声音を隠そうともしなかった。


「己が弱さを知りながら強者に打ち込める。良き魂である!! どうだ、ゼラク殿! アトリ殿の配下のままで良い。余の敵のままで良い! 吸血鬼に興味はないか? 吸血鬼の力を手に入れた後、余の支配から自力で脱すれば良いのである! さすれば世界は魔王に一手近づくのである」

「はっ! 俺みたいな雑魚が役に立つかよ!」

「否! 強さはいくらでも後付けできるのであるな。必須なのは心。精神。どのような強者とて心が伴わねば弱者である!」

「死ね!」

「ここは余に下り、虎視眈々と機会を狙うのであるゼラク殿! 頼む!」


 ヨヨがゼラクの剣をへし折り、彼の肉体を優しく蹴り付ける。大地を転げていく少年兵を見つめ、ヨヨは年寄りが若人に向ける優しい目をした。


 泥だけになりながら、ゼラクは即座に身を起こしてタックルを試みてくる。


 それを簡単に蹴りで突き放す。

 ふとガノの周囲で透明な輝きが起こる。それを目撃したヨヨは目を丸くした。


「魂技であるか。ヒューマンで会得している者がおるとは。驚きである」

「ヨヨ・ロー・ユグドラ。この無意味な戦を止めさせてもらいます。私の魂と貴方の命……道連れにさせていただきますよ」

「笑止。この戦は魔王との戦いに必須である」

「黙れ、独り善がりの愚者が」

「くく、最善を目指さぬのは人類種の共通した悪癖であるな。寿命の短い生物はすぐに諦めるのである」


 ガノの肉体が発光する中、ヨヨが静かに影から武器を引き抜く。それは二本の大剣であった。ヨヨの身の丈を倍するような剣である。

 吸血鬼の圧倒的な膂力がなければ振るえない、そういう武器だった。

 ヨヨが二本の大剣を構えた。


「魂技使いを喪うのは残念である。が、余に通じぬならば魔王にも通じぬであろうな」

 ヨヨの大剣が闇を帯びる。

「さあ、来るが良い」


 ガノとヨヨとの戦闘が始まろうという、寸前。

 場違いなほどに脆弱なゼラクがヨヨに突撃していた。真祖吸血鬼は困ったような表情でゼラクの胸を蹴りで抜いた。


 骨が砕け、内臓が潰れ、ゼラクは血の塊を地面に吹いた。


「すまぬなゼラク殿。余も魂技使いとの戦闘中、貴殿に付き合ってやる度量はなかった。余の王としての不徳を寛大な心で以て許すが良い」

「……まだ、だ」

「ほう?」


 ゼラクが手を伸ばしてくる。

 しかし、その手はあまりにも弱々しく、避ける必要も防御する必要も感じさせなかった。それでもゼラクの手がヨヨの胸ぐらを掴んだ。


 死の寸前であっても少年兵の瞳からは希望は潰えていない。

 爛々と輝くのは、英雄を見た子どもの瞳だ。その強い希望と意志の光に、ヨヨは僅かに息を呑んでしまう。


 ゼラクの瞳越しに理解したのだ。

 アトリの英雄としての資質を!

 自身にとっての脅威を!!


 すでに致命傷の少年兵は、血を吐きながら言う。その血はすべて大地に吐かれ、ヨヨにはまったく降りかからない。

 まるで吸血鬼にやる血は一滴もない、とでも言うように。


「俺は弱かった。だから、死ぬ。でも、調子に乗るなよ吸血鬼。俺は、第七遊撃部隊……最弱の新兵だから。俺が死んでも……第七が壊滅しても」

 それでも! とゼラクは吠えた。

「勝つのは――アトリ隊長だ、、、、、、!」


 唾を飛ばす勢いの怒声に、ヨヨは軽く目を丸くした。が、すぐにいつもの余裕を取り戻し、小さく微笑んだ。

 それは誇り高い新兵を讃えるための笑みである。


「そうであるか。心しておこう、ゼラク殿」


 そのまま足で心臓を潰した。

 ゼラクがゆっくり倒れていく。その表情には死への恐怖がある。死への恐怖がない人間なんて何も怖くない。

 だが、その恐怖を持ちながら、ヨヨという強者に挑んだ。

 その意志は強者ヨヨに届きうる武器であった。寂寥を感じさせる声をヨヨが漏らす。


「うむ、やはり喪うには惜しい才である」


 ヨヨは笑って死んだゼラクから視線を切った。が、改めて見つめた視線の先では、ガノが己が顔面を魔法で撃ち抜いて――自害していた、、、、、、

 あまりもの意表の突かれ方に、ヨヨは声を失い呆然と立ち尽くす。


 真剣な眼差しで死体を見つめ、口元を片手で押さえてブツブツと語り出す。


「何故であるか……魂技を自分に撃った? 何故。死への恐怖であるか? 否、ガノ軍師ともあろう御仁が恐怖で死を選ぶとは思えぬ。そういう技であるか? 死後に発動する固有スキル? 解らぬな……が、不気味である。なるべく迅速にここを離れねばならぬな。が、二人も生かしてはテスタメントを喪った甲斐がないのも事実である」


 仕方がない、命を賭けよう……とヨヨは肩を竦めた。

 周囲の死体ふたつに向け、真祖吸血鬼は礼を尽くして頭を下げた。優美にて優雅なる仕草は、自称とは嗤えぬほどに様になっている。


「余の負けである。一人は生かさざるを得なくなった。この余が全滅を望み、貴殿らは全滅を免れた。天晴れである。第七遊撃部隊は恐るべき敵である……やはり余の判断は最善であった」


 さて、とヨヨが目を細めた。


「足の遅いほうを最速で狩らせてもらう。ライフストック使用――」


 ――吸血鬼の姿が消え失せた。

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