第116話 壊滅する部隊たち
▽第百十六話 壊滅する部隊たち
テスタメントが死亡したことにより、レイド・ボス・フィールドが解除されました。またもや戦乱の臭いと喝采とが聞こえてきます。
私はすぐにアレックスを庇って死んだメンバーに【蘇生薬】を使います。
そろそろ在庫がキツくなってきましたね……
とはいえ、まだ十個くらいはあります。
これ以上はもう使いません。
アトリたち《独立同盟》と第七遊撃隊に使う分は残したいですからね。知らない人よりも、知っている人を優先するのが公平性というものです。
仲良しと他人を同じ扱いにするのって、じつは不公平ですから。
今まで過ごした時間を無視するわけですから、仲良しの人をその時間の分だけ不遇しているも同然です。つまり、私の行為になんら不当なところはないのです。
なんて言い訳と共に治療に従事しました。
さて戦況ですがすこぶる悪いです。
アレックスが不在な間にメタメタにされちゃったようですね。全体バフや指揮でどうにか保っていたわけですから。
かなりの戦死者が出たようです。
アレックスが指揮を再開しています。彼は冷徹に士気を上げるように呟きました。
「敵主力、魔血龍テスタメントを討った。敵は龍を失った。すでに敵戦力は崩壊寸前だ。余が来たからには勝利は自ずとやって来る」
アレックスの言葉にはスキルによって「力」があります。明らかな劣勢にもかかわらず、人類軍側はかなり奮起しているようですね。
正直、後ろから見る分には負けているように感じますけど。
こほん、と咳払いをしてアレックスが私たちだけに言います。
「すでにこの戦、軍団戦としては勝利している。あとは撤退するだけだ」
「負けてる」
「……子どもに教える話ではないが、貴様の士気は今後に関わるので告げておこう」
アレックスが語り始めたのは、今回の狙いでした。
昼に攻撃できなかった時点で負けは確実だったようです。ですが、アレックスは次善の策として精霊使いを敵の捕虜にしたようです。
吸血鬼たちの食料とは、すなわち人類種です。
敵の吸血鬼の総量は二万くらい。それを養うためには大量の人類種が必要不可欠です。アレックスは捕虜にした精霊使いを使い、敵地の井戸を駄目にしたようです。
これによって「敵陣地の人類種」が水の毒で全滅するとのこと。
吸血鬼は食料が得られず、すぐに数を減らすようですね。
「ゆえに、今回はそろそろ撤退してしまう。それによって敵軍は弱体化する。あとは緩く包囲するだけで良い。次の攻撃で仕留める」
吸血鬼は生きている人類種の血液しか餌にできません。
普通に兵士として戦っておけば、よほどでない限り敵の食料にはならないでしょう。すぐにではありませんが吸血鬼の軍は壊滅したも同然かもしれません。
内部の人々たちはかわいそうですけどね。仕方ありません。
しかし、とアレックスは眉間に皺を寄せます。
「ヨヨ……奴だけは別だ。あれは理論上、数で殺すことはできない。圧倒的な個でなくば殺し得ない。どうだ、アトリ」
「なにが?」
「貴様はヨヨ・ロー・ユグドラを殺せるか?」
「神様が言うなら殺すだけ」
「ふむ」
今回の戦は引き分けという感じです。
人類軍も壊滅的な被害を受けましたし、吸血鬼たちも軍を維持することは難しいでしょう。まあ、最期に捨て身で後詰めの人類軍を倒せば吸血鬼にはチャンスはありますけれど。
問題はヨヨの生死のみとなりました。
アレックスがモノクルを外し、目を細めました。怜悧な瞳です。
「貴様たちが突入すると言うのなら……軍を囮とするべく撤退のタイミングをズラす。ヨヨを倒せるのならば犠牲は吊り合う。どうだ?」
「なるほど」
と私は呟きました。
これはかなり責任重大ですよね。正直なところ、頷きたくはありません。アトリをロストさせるつもりは微塵もありませんが、撤退という選択肢が失われるのは痛いです。
今回だって撤退には気をつけていました。
個人で動くことが多かった関係上、逃げ場を作るために第七遊撃隊の皆さんには「アトリの撤退ルート」を防衛してもらっています。それくらい撤退という選択肢は重要でした。
が、この話を受けるならば撤退を選択肢から排除せねばなりません。
私があらゆるリスクを思考していると、ジャックジャックが息を呑んで走り出しました。何処へ行くのでしょうか?
目で追えば向かっているのは――アトリが撤退する予定だった場所です。
「ジャックジャックには教えていませんでしたが……」
『アトリ隊長! 帰ってきましたか! 緊急です!』
レイド・ボス・フィールドに参加していなかった、ペニーの召喚蝶が慌てて伝令を送ってきます。ペニーにしては珍しく焦りが見えますね。
アトリが頷きます。
「なに?」
『第七遊撃隊が守っていた撤退ルートに――ヨヨ・ロー・ユグドラが単独で乗り込んできました。おそらく第七遊撃部隊は壊滅します』
「!?」
アトリが走り出しました。
▽
辿り着いた場所には
すでに死後数分が経過しており、私の劣化蘇生薬では復活させられません。アトリは膝の力が抜けたように、ゼラクの死体の前に屈しました。
呆然と力なく呟きます。
「ゼラク……ガノ」
胸を貫かれた死体は、少年兵のゼラクでした。彼は恐怖の混じった笑みのまま、心臓を潰されて地面に倒れていました。
ガノは片腕と頭部を失っています。
始末されていない焚き火がパチパチと拍手をしています。さながら間に合わなかったアトリを嘲笑うかのように。
アトリは掬った砂をかけ、焚き火を消してしまいます。蝶に問います。
「シスターとミャーは何処?」
『召喚獣で見つかるわけにはいかなかったので追いかけませんでした。不明です。ですが、私の読み通りなら片方は死んでいるでしょうねー』
「そう」
アトリが大地を殴りつけます。
拳での攻撃は不得手なアトリは、むしろ怪我をしてしまいました。ですが【再生】によって傷はすぐに塞がります。
ただし、その心に刻まれた、仲間を失うという傷は癒えません。
「…………かみさま」
「アトリが仲間を喪うのは初めてかもしれませんね」
「ゼラクとガノは神様のところに行ける? …………ですか?」
「ええ、安心しなさい、アトリ。ですが、貴女が生きている間、彼らとはお別れです。それが死というモノです」
アトリはボンヤリしています。
今までアトリはたくさん残酷に冷酷に無慈悲に殺してきました。ですが、あくまでも彼女はまだ幼女であり、我ら大人ほどには合理的には生きられないようです。
それでも。
ふらつきながらアトリは立ち上がりました。軍服の袖で顔を拭ってから、彼女はいつもの無表情に戻りました。
「戦って弱ければ死ぬ……です。死は人類種に与えられた平等の救い……だから、ボクはゼラクとガノの弱さを許す、です」
正直なところ、私はこういう時にかけて良い台詞が解りません。たった一人きりの友人……知人であった月宮が死んだ時だって、私は涙ひとつ流しませんでした。
ただ死を受け止めるだけでした。
それを幼いアトリに求めるというのは酷なお話です。いくらAIとはいえども、アトリは高性能のAIなのですからね。
解らないので私は何も言いませんでした。
ただし、
「アトリ、まだミャーとシスター・リディスが逃走中です。すぐに援護へ行きましょう」
「……はい、ですっ!」
アトリが私を抱き締め、凄まじい速度で駆け出しました。
▽
シスター・リディスの死体を発見した後、私たちはミャーと合流しました。狩人たるミャーは全身を泥だらけにしています。
狩人の衣服も枝葉などで切られ、全身から薄く出血していました。
「シスター・リディスのほうだったかあ……あえてそんなに離れず誘ったのに」ミャーが項垂れます。「ヒーラーが死んだら駄目じゃん。弓師一人残ったところで……」
「良い」
アトリは短く答えました。
「全滅じゃないから良い」
「……すんません、アトリ隊長。あたしらが弱い所為で」
「敵が賢くて強かっただけ」
「はいっす。てか、なんであたしらが総大将に狙われたんでしょうかね。しかもこんな森の奥地……アトリ隊長の撤退ルートを潰すにしてもやり過ぎな気がします」
「おまえたちを殺すため」
「? ハッキリ言ってあたしら雑魚っすよ? 作戦にも関わってなかったっすし」
首を傾げるミャーに応えるように、サモナーのペニーが蝶越しに話します。
『それについてですがー、私の蝶が一部始終を記録してあります。一応、敵の情報でもあるので確認しますか? 無理そうなら良いですけどねー』
「見る」
『あ、じゃあー映像を流しますねー』
ペニーの蝶がアイテムをドロップします。落ちたのは青白い水晶でした。その水晶に魔力を流し込めば、蝶が見ていた景色を見ることが可能のようです。
私たちはゼラクたちが死亡する一部始終を確認しにかかりました。
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