第108話 報酬を得る

▽第百八話 報酬を得る

 細い男が椅子に腰掛け、何かを告げてくる。

 領主の家にモンスターを連れ込むわけにはいかない、とのことでシヲは消している。清々するものの、シヲがいなければボクは判断能力が乏しい。


 認めねばならないが、ボクはシヲよりも賢くない。


 正確にはシヲよりも考える力が不足している、ということだ。ボクは本来ならば考える必要がまったくない。神様が殺せと言えば殺す、それ以外は必要ないのだ。

 ゆえに、こういう時、ボクはちょっとだけ困る。

 神様がいれば最適な判断をしてくれるので、余計にそう感じてしまうのだろう。


「まず、ボクの言い分を言う」

 ボクは言う。

「ボクは攻撃された。お前はボクの敵。だから殺すだけ」


 ボクは殺気を込めて言う。

 ボクのレベルは高い。が、突出して高いわけではない。それでもボクの殺気は格上にさえも通じる。


 理由は簡単。


 ボクが邪神ネロさまの使徒だから。

 やや怯えたように領主が身を仰け反らせる。周囲の護衛が慌てたように前に出るも、ボクを止めるには力不足だと思う。


 固有スキルは厄介だけど、発動前に全員ころせそうだ。


 強い人間というのは意志が違う。最初から負けているような魂に、邪神に選ばれたボクが負けるわけがない。

 どんな強敵だろうとも噛み付き、殺す……

 邪神ネロさまはあらゆる悪を、弱さを、肯定してくれる。でも、その肯定とは「だから悪や弱さに溺れて良い」という甘さではないのだ。


 悪くても。

 弱くても。

 幼くても。

 矮小でも。

 つまらなくても。


 それを理由に怯えなくても良い……邪神ネロさまはそう言っている。


 でも、こいつらは自らの悪や弱さに怯えている。あのゼラクでさえも「自分の弱さ」を理解した上で牙を放てるようになったのに。

 こいつらは怖い敵に震えるだけなのだ。

 だから殺される、奪われる。……踏みにじられる。


 かつてのボクのように、だ。


「壁は引くなら殺さない」

「……お待ちください、アトリ殿? 貴女は少しだけ勘違いしているようだ」

「なに?」

「貴女が俺と敵対する理由がない」

「攻撃された」

「それは部下が勝手にやったこと。無論、謝罪しましょう? 何か物がほしいというなら贈りましょう? あくまでも俺がやりたいのは戦いではなく交渉。建設的なお話だ。貴女は門番を攻撃して強引に都市に侵入した。俺の部下は貴女を攻撃した。ならば手打ちだ」

「そうは思わない」


 こういう時、神様ならどうするのだろう。

 ボクの判断ではもう殺しても良いと思う。でも、実際のところは良く解らない。神様がいれば迷わずに動けるが、神様が居ないときは慎重に動かねばならない。


 ボクは神様と違い、全知全能ではないからだ。


 はあ、と目の前の男は大きな溜息を吐く。

 邪神の使徒たるボクを前によほどの余裕だ。戦士でも中々にいない。そういうことを考慮するならば、この相手は強いと言えるかもしれない。


 少なくとも、この男の前で形だけ警戒している雑魚たちよりは。


「アトリ殿。貴女は俺と敵対するメリットがなく、デメリットがあまりにも大きい。それは理解していますかね? 俺は国から正当に認められた領主。如何に貴女が優秀な冒険者であろうが、俺を害するということは国に敵対するということだ」

「……」

「しかも俺は大商人。あらゆる都市の商人が、俺の敵対者に敵対する。商人を敵に回すのは面倒ですよ? 何も買えなくなり、売れなくなってしまう」


 たしかに面倒かもしれない。


 ギルドは基本的に冒険者のために動いてくれる。ボクたちが強力なならず者にならないように、だ。

 でも、ならず者になった冒険者は――敵である。

 この男と戦うということは、国や商人を敵に回しかねない。たとえば冒険者ギルドが調査をしてくれるとして、調査隊員が買収されないとは保証されない。


 なるほど。


 かつて神様が「貴族や王族、権力者は厄介」と言った理由が解る。

 強くはない。ただひたすらに……面倒なだけ。


 ならば、一回くらいの攻撃は見逃したほうが面倒が減る。どころか、こいつに協力するならば報酬すらも得られることだろう。

 きっと普通の人はそう考えるのだ。

 ボクは先程の案内人が言っていた言葉を思い出す。


 ボクの目の前に金貨がたくさん入った袋が置かれた。


「さて、話を戻そうか」領主が言う。


「貴女が私の部下を不当に攻撃した件……これでよろしいですね?」

「む」

「勝手な判断で貴女にご迷惑をおかけした部下は死にましたが、まあ、その家族には適切な罰を与えておきましょう。ただアトリ殿、いくらAランクとはいえ、裁くのは法であるべきです。今後、余裕があるときは殺さぬほうがよろしいでしょう」


 ボクとは違う人間だ、と思った。

 こいつは「悪かったのは門番一人。全部を金でなかったことにしよう」としているらしい。断れば敵と見なされ、厄介なことになるだろう。


 正直、どうとでもなる話ではある……と思う。


 でも、ボクに断る理由があまりない。攻撃されたので倒す必要はある。が、こいつは最初から敗北を受け入れているのだ。否、こいつは戦う意志がないのだ。

 敵対する気もないのだろう。


 現状、ここでこの男を殺すメリットが「殺すべきな気がする」くらいしかない。

 だが、ボクの判断は正解なのだろうか。


 ボクは自由だ。

 この男を殺しても良いし、殺さなくても良い。だが、自由とは責任を持つということでもある。そこまでボクはこの男を殺す必要はあるのだろうか。

 迷った末、ボクは言った。


「攻撃については許すことにする。お金は要らない」

「そうはいきません、アトリ殿。金を受け取ってもらわねば俺が安心できない。金を受け取らないということは敵対行動だ」

「べつに敵対しても構わない」

「本当に? お前の周囲にも迷惑がかかるぞ?」

「……」


 ボクの周囲とはすなわち神様だ。

 ボクは神様にだけは迷惑をかけたくない。ボクは溜息を吐く。


「解った」


 ボクはお金を受け取った。


       ▽

 端金を受け取ってから、ボクは帰ることにした。

 少なくとも領主はボクよりも上手のようだ。ボクの領分はあくまでも戦闘であり、それ以外についてはどうでも良い。


 この都市には大したモノはない。


 神様が喜ぶような素材もクエストもないようだ。神様はこういう場所にこそ、レアなイベントが転がっていると言う。

 しかし、やはり神様くらいの全知全能でなくば、レアなイベントは見つけられないようだ。

 領主の家から出てきたボクに、さっきの案内人が駆け寄ってきた。


「あ、アトリ様! どうでしたか? やはり、あの領主は悪逆非道! 今こそ邪悪な領主に、アトリ様のお力を見せつけてやりましょう!」

「お金をもらった。ボクは戦わない」

「っ! お前も結局はクズの仲間かよ……借り物の力を振るうだけの分際で。結局、拾いモノの力なんて金の力には勝てねえってか?」

「ボクはお前よりお金が大事」

「っ!」


 ボクの力はすべて神様によるもの。

 それを振るうことについて、そして振るわないことについてはボクの自由なのだ。何故ならば、神様はボクと「自由」を契約してくれたから。


 何よりも、ボクはこの男のために戦おうとは微塵も思えない。


 だってこいつはボクを支配しようとしてくる。

 何度もボクを試すようなことを言い、ボクの器を勝手な基準で定め、使えそうと見るや思考を誘導しようとした。


 ボクは愚かだ。

 武力以外は神に忠実なだけの幼女に過ぎない。

 神様のお力によって数字の計算ができるようにはなったけれど、あくまでもボクは何処にでも居る村娘の領域を出ないのだ。


 でも、そのようなボクでも戦場を練り歩き直感は磨いた。


 こいつのために戦うほど、ボクの力と自由と契約は安くない。

 あの領主はその点、自分の器というモノを理解していた。少なくとも、ボクを脅威だと見なし、ボクを退けるために万策を練ったのだ。


 この男があいつに勝てない理由がよく解ってしまう。


「じゃあね」


 ボクが立ち去ろうとすれば、案内人が腰のナイフを抜き放った。ボクに切っ先を向けてくる。使い込まれた刃。しかし、その刃には人の血を啜った道具特有の禍々しさがない。

 それは武器ではない。


「なに?」

「――――っ!」


 殺気を放つ。

 それだけで案内人は尻餅を着き、異臭を放ち始めた。最悪。ある意味、あの領主よりも器用にボクを攻撃してきた。


 逃げようとしたところ、腰の曲がった老婆が声を荒らげた。


「何してるんだい、グラハム!」

「ば、ばあさん、たすけ」

「ふざけるんじゃないよ! あたしゃ見てたんだからね! こんな小さな女の子に詰め寄って叫んで、勝手に期待して! ふざけてるんじゃないよ」

「で、でも……」

「ふざけるんじゃないよ!」


 老婆の声は大きい。

 皺だらけの顔からは想像もつかないほどの大声だ。神様は「大声は武器」と言っていた。たぶん、案内人が手にした刃物よりは、少なくとも武器たり得るだろう。


 老婆がボクに頭を下げる。


「すまないね。この村のことはアンタには関係ないこと。このガキがあんたに不当な迷惑をかけた。あたしゃ、あんたに頭を下げることくらいしかできない。許しておくれ」

「良い。弱者は強者に求めるもの」

「なんか凄いね、あんた。せめてもの詫びだ、ちょっと歓迎させてくれ」


 要らない。

 要らないけれども、無視をするほどのモチベーションもない。


「解った」


 ボクは老婆にお呼ばれされた。

 今にも倒壊しそうな朽ち果てたお家だった。欠けた椀が四つテーブルに乗せられている。よく磨かれているようで、このような家でも綺麗に光っている。


 新しく出された椀にお茶が注がれる。

 お茶というよりも薬草汁だろうか。【鑑定】しても毒はないようだ。老婆自身に【茶道】があるようで、お茶自体は驚くほどに美味しかった。


「いやあ、嬉しいねえ。これくらいの女の子をもてなすなんざ、中々にないからねえ」


 老婆は忙しなく世話を焼く。

 お菓子を出したいが、ない、と寂しそうに呟いていた。


 本日のボクはこの老婆の勧めるまま、この家でお世話になることにした。食材はたくさんあるので、むしろ、老婆の食事や物資はマシになったかもしれない。

 いくらボクでもこのような村で無料のご飯を強請ったりはしないのだ。

 老婆はボクが出した食事を申し訳ないと言いながら受け取ってくれた。


 ボクがさきほど貴族からの金を受け取った時を思い出す。


 まあ、あの時とは違うけれども。ほしくはないものをもらうしかない、という点においては同様であろう。

 今日は良いことがなかった。


 神様は帰ってこない……

 お買い物に行かねばならないらしい。神様にもお買い物は必要なのだ。ボクもお買い物が必要な時があるのでお揃いだ……


 貴族には言いようにあしらわれた。


 本来ならば神の下僕として勤勉に働くべきところ。しかし、さすがのボクだって神様が二日もおらず、敵に負けた日は……上手く動けない。

 このような状態で戦うべきではない。

 神の下僕たるボクは命を勝手に浪費できないのだ。己が不甲斐なさに怒りが込み上げる。ボクはダニまみれの布団を使わなかった。


 神様のくれたベッドがあるのだ……

 虫除けのポーションを使ってから眠りにつく。

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