第107話 気味の悪い幼女

▽第百六話 気味の悪い幼女

   ▽狩人のグラハム

 その幼女がやって来たのは突然のことだった。


 悍ましいほどに整った顔立ち。不吉を思わせる白髪と紅目。同じ人類種とは思えないほどの存在感に、村民の中でも最強のはずの俺が動けない。

 そして目を離せない。


 ぐるぐると焦点の合わぬ、悍ましい瞳は世界さえも眼中にないようで……


 そもそも頭の上の輝く輪っかはなんだ?

 その見たこともない翼のようなモノはなんなのだ。なんでたくさんあるのだ。背に負っている大鎌はよもや武器なのか? 本当にこんな幼女がこれを振るえるというのか?


 美しく、恐ろしく、異様で……不気味。


 そういう幼女だった。

 その幼女はしきりに周囲を飛ぶ黒靄に触れては「かみさま」と呟いている。その様はまるで取り憑かれた幼子のようでゾッとさせられる。


 俺はこの幼女の案内役にされてしまった。

 嘘みたいな話だが、門番どもが言うにはこいつはAランク冒険者。怒らせれば、ダートの手なんて関係なく、俺たちは全滅させられてしまうことだろう。


 思わず生唾を飲み込む。


「それでアトリ様。このような村になんのご用で? こんな辺鄙で商売のルートにもなりゃあせんところ、誰も来やしませんぜ?」

「だから来た。神様に珍しい素材を捧げるのだ……」

「まあ、誰も来ないんで珍しいものもあるかもしれねえですが」

「ギルドで情報をもらう。珍しい討伐依頼を受ける」

「ああ、いや、この村にはギルドはねえんですわ」

「そう……なら何か困ったことは?」


 目を剥く。


 この幼女は正体不明ながらもAランク冒険者だという。

 もしかすれば……俺たちを救ってくれるのではなかろうか。なんて幻想を抱きそうになってしまう。


 だが、無理だろう。


 俺たちはたくさんの冒険者たちを見てきた。その誰もが最後の最後は金次第。無論、それを悪いことだとは言えない。

 けれども、その事実は俺たちを苦しめ、打ちのめすのには十分なのだ。


 俺たち村人では、全員で金を出してもAランク冒険者を雇えない。


 何よりも、この幼女が本当に強いのかも不明だ。ひとえにAランクといっても多様な強みがある。単純に戦闘能力が強いだけではなく、政治力が高かったり、交渉が上手だったり、便利な固有スキルがあったり……強い以外のAランクだっている。

 この幼女がそうだ、と言われたほうが頷きやすいくらいだ。

 やはり無理だろう……俺は首を左右に振った。


「とくに、なにも。困ったことなんてありゃしねえですぜ」

「そう」

『――』


 幼女の従者のエルフが身振り手振りで何かを伝えている。言葉が話せないのかもしれない。このエルフも異様なまでの美人であるが、門番長のバラクさんが言うには魔物らしい。

 テイマーなのだ。

 もしかすれば、強力な魔物を偶然テイムできたのだろうか?


 そういうAランク冒険者は存在してしまう。

 圧倒的な存在に頼り切り。実力があるのではなく、ただ運が良かっただけの……そういう冒険者だ。羨ましい。


 俺だって強いテイムモンスターがいれば、こんな村のひとつやふたつ救って――


「そうだ!」

「?」

「アトリ様! どうか、どうかこの村をお救いくださいっ!」

「なに?」


 そうだ。

 目の前の幼女は……幼女なのだった。ただ偶然、強いモンスターをテイムしただけのテイマーだ。他の冒険者とは違い、実力ではなくて運だけで成り上がったのだろう。


 ならば、他の冒険者どもとは生き方の道理が違うはずだ。


 普通の冒険者ならばやらないことだってやるはず。今、この幼女の内部には「巨大な力を得た全能感」があるはずなのだ。それをくすぐって気持ち良くしてやれば、この幼女は常識的な判断をせずに助けてくれるかもしれない。


 俺はなるべく悲痛そうに。

 そして、幼女がその英雄願望を満たせるように告げる。


「この村は領主のダートによって搾取され続けております。奴は大商人。その金の力で領主の座におさまりました。奴の目的は支配。この土地を繁栄させるつもりなどありませんでした」


 奴がほしかったのは、自由にできる箱庭なのだ。

 通常の貴族や商人であれば、領地を得たら繁栄させて利益を欲する。しかし、ダートは表の仕事で十分に満足な金銭を得られるらしい。

 この土地はあくまで「王」として振る舞うために得たのだ。


 俺たちはろくな食事も得られず、あえて交通状態を悪化され、男は過酷な労働……女は……そういう最悪の循環を作られてしまっている。

 処女権、なんてふざけたルールさえも存在しているのだ。


「冒険者はすべてダートに買収されてしまう始末。買収されないような冒険者であっても、門番が所持している魔道具で洗脳されてしまうのです……どうか領主をどうにかしてください。せめて冒険者ギルドへ報告を!」

「断る」

「!? 何故ですか! 貴女はこの現状をどうとも思わないのですか!?」

「お前の言葉で判断はできない。ボクが動くべきかも解らない。時間がかかる案件。でもボクは半日で帰る」

「そ、それをどうか……! 我らを助けてください!」

「ボクは自由。他者のためには動かない」


 なんて自分勝手なガキなんだ!


 俺が叫びたくなるのを必死に抑えている中、幼女が唖然と震え始めた。


「……え、か、かみさま……?」


 幼女が黒靄に触れ、突如として絶望したような表情を浮かべた。すっかり無表情しか見せてこなかったことが嘘のようである。

 捨てられた子どものような顔になる。

 がっくりと肩を落として、幼女がすべてを投げ出しそうな声音で呟く。


「神様が帰ってこない……せかいのおわりだ」

「?」

「…………ボクはもうだめだ」

「あの、アトリさま?」


 そもそも、だ。

 この幼女は帰るつもりだがあり得ない。こいつは門番をひとり殺害しているんだぞ? 領主が呼び出すに決まっている。


 いくらAランク冒険者とはいえ、治外法権とはならないのだから。


 あくまでも偉いのは領主のほうだ。

 もちろん、Aランク冒険者のためならばギルドは動くだろう。その結果、ギルドの優秀な者がこの土地の真相を暴くかもしれない。


 しかし、通常の冒険者ならばダートの「権力と財力」に恐れをなして報告しないのだ。世の中には有能よりも無能のほうが多いから。

 ギルドの調査員が買収されて帰る姿なんて、何度も見た。


 項垂れた幼女の隣、美少女エルフ型の魔物が何かを言う。


『――』

「解った」


 項垂れた幼女が向かうのは、この村で唯一と言って良いほどに豪奢な屋敷だ。この幼女があのダートに勝てるビジョンが見えない。

 言いくるめられるなり、金や地位に負けるなり……ともかく、あの幼女は希望にはなり得ぬらしい。


 思わず空を見上げる。


 膿んだような灰雲が恐ろしくて、つい目をそらしてしまう。


       ▽領主ダート

 Aランクの幼女が現れた。

 この俺のためだけの楽園に。


 昔から支配欲が図抜けていた。小さなグループでさえも牛耳り、何もかもでトップに立てねば満足できなかった。

 金銭なんて手段でしかない。

 俺が上に立つための。


 しかし、俺は有能ながらに……頂点を取れる器ではなかった。それは子どもの時分に理解した。それでも諦めきれず、俺はようやく手に入れた。

 何をしても良い場所を。

 俺だけが頂点に立つことのできる、小さな世界を。

 俺だけの楽園だ。他の奴にとっては違うだろうがね。


 無数の女を抱いた。

 嫌がる女、自ら媚びてくる女、あらゆる女を手に入れた。飽きるくらいに女を手に入れた。


 遊びで人を殺した。飽きるくらいに人を殺した。

 窓から見下ろす腐った土地を見る度、俺の支配欲は満たされていく。こんなちっぽけな世界の崩壊で満ち足りるほど、俺の器は小さいのだ。


 そして、それを理解しているからこそ、俺は幸せなのだ。


 子どもを殺して泣き喚く母親を見た。

 その母親を犯して新しい子どもを与えてやった。


 地獄のような世界を作り上げた。俺以外、すべてが不幸になる世界を作り上げた。


「魔王がいる世界だ……世界はより強さを求め、そして強さを信奉する世界はすさみを作った。魔物なんてものがいなけりゃ、俺の悪逆非道だって許されねえ倫理の土壌があっただろうさ」

 だが、

「この世界は俺を許容する。神は俺を罰しない」


 だから、今回だって簡単だ。

 いくら敵がAランクだろうとも……俺の楽園は壊せない。


 やがて俺の執務室に幼女が案内されてくる。

 目を見開くほどに美しい幼女だった。何よりも幻想的だ。その白い髪は現実離れしており、紅い瞳は魅入られてしまうほどに綺麗だ。


 俺が持っている宝石が塵屑に見えてしまうくらい。


 こういうのも悪くない。

 Aランク冒険者といっても所詮は人間だ。俺が上手く懐柔してやれば、あの肉体を味わうことだって可能だろう。


 待機させている護衛で脅しても良いが……それは最後で良い。


「ようこそアトリ殿? まあ座りたまえ」

「要らない。隠れた奴が居る場所で隙は見せない」

「……ほう、さすがだな。気づいているのかね、私の護衛たちに」

「護衛? 精々が壁」


 幼女とはいえAランク。

 侮れない。天井や床の隠しにはAランクやBランク相当の冒険者が隠れている。いつでも幼女を殺すことが可能だ。


「アトリ殿が怖がってしまっている。全員、出てこい」


 俺の号令に合わせて八人の冒険者が現れる。

 けれど、そのうちの三人の顔色が優れない。怯えた様子で俺を見つめてくる。


「旦那、こいつは……ヤバい気がする」

「こいつに喧嘩は売らないほうが良い。さすがに数的に勝てるだろうが、何人かは殺されるだろう。あんたを守りながらなら、勝てる気がしない」

「だな。やるならあんたを逃がす戦いになる」


 息を呑む。

 よもや……そこまでの脅威なのだろうか?

 目の前の幼女を見ているだけでは、そうは見えないのだが……異様ではあるが。


「ま、まあアトリ殿。まずは我が領地の門番を不当に殺害した件について話し合おうではないか?」


 冷や汗が流れ出る。

 だが、ここは戦場ではない。ここは貴族の執務室。つまりは金と権力、政の戦場なのだ。このような幼女は何もせずにかみ殺せるだろう。


「まず、何か言い分は?」


 俺は領主として、大商人として……この不気味な幼女に戦を挑んだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る